第36話 鋼の音
「分かったか? 森野。もうお前は用済みなんだよ」
「小菅……お前……!!」
非情にも銃口を向けられるも、その剣幕の眼差しは崩れない。そのムカつく顔をグシャグシャにしてやる――右足を一歩踏み出した時、
「待ちなさい、小菅。あたしが相手をするわ」
抱き抱えていた篭手を鉄生に預け――いきなり渡されたそれを落としそうになるも抱える――水色のツインテールと黒いコートの裾をなびかせ、小さな体と左手で遮って前に出た。
「ホウ、こいつらを一人で守るつもりか」
「当たり前よ! それにあたしの
「フッ、果たしてその威勢がどこまで続くかな?」
戦闘力では歴然のイリアを前にしても、何やら自信満々な笑みを浮かべながらその銃口を向けた――が。
「お、オレ!?」
唐突に向けられたそれを前に、後ろに一歩後退る。回収すべき篭手を狙ってか、容赦も躊躇いもなく――ちょうど良い部外者――鉄生に向けられた。
「今、ここで抵抗するならば、そこの男の頭を消し飛ばすぞ」
「この銃には異能のチカラが宿った弾薬がこめられている。たとえ小さな体で身を投げ出したとしても、タダではすまないぞ」
イリアは唇を噛みしめ、小菅を睨む。
「ここぞという時にピンポイントでそんな物持ってくるとはね」
憎たらしい。ザコなのに。普通の弾丸ならばなんとかなる。だが、同じ異能となると話は別となる。もし防ぎきれなかったら――最悪、体のどこかが破裂しかねない。
いや、自分だけならまだいい。だが今回は守るべきものが二人いる。自分が動けなくなれば誰が守るのか。撃たせてはいけない。
「さあ、イリア。〈
指は見事に引き金に密着していていつでも引ける。こちらが先に引いても反撃で、不意打ちで接近戦に持ち込んでも、結局撃たれる。
どのような手を使っても放たれる。異能のチカラがこもりし特殊弾丸が。
終わった、完全に。もう……
「何をしてる、早くしろ!!」
威嚇する声が屋上に響く。
「……ふ、小菅」
軽くこぼした笑み。追い詰められてから一転、急に浮かべた真っ直ぐで余裕ある挑発的微笑。
「な、何がおかしい!!」
右肩が火花を散らす。突如弾ける爆発音。後ろから受けて反撃なんか出来るはずもなく、豪快な断末魔とともにうつ伏せになる。
銃は青い空を舞い、サングラスは転げ落ちる。
イリアだけではない。鉄生、森野の視線も集まり、背後から素早く手馴れた動きでそのだらしない倒れた背中から両手を引っ張り、手首に銀の手錠をはめる。
一瞬で目の前の敵が行動不能に陥ったのが信じられず、瞬きして我に返るとそこにいるのはよく知っているあの人。
「てめえは蔭山じゃねえか!! この野郎!!」
「小菅
続々と後ろから現れた他の刑事たちに小菅の身柄を預ける。もうこうなれば安全だと息をつく鉄生。
「おい、金田。ったく……勝手に抜け出しやがって。結果的にこうなったからいいものの、自分勝手な行動はやめてくれ」
近づいてきた蔭山から早速叱咤。そりゃそうだ、連れ出されたとはいえ抜け出したことには変わりない。
「この後、署でたっぷり話聞くからな。それとイリア、お前もだ!」
「えっ!? あたしも!? だってあたしは……」
「うるさい! お前が金田連れてったり
まるでダダをこねる娘を叱る父親のようである。それには鉄生も苦笑する以外ない。
「と、そんなことより」
「お前が森野汪だな。テロ事件の容疑で逮捕する。罪は軽くないと思え」
寄ってきた蔭山の手によって鋼と鋼が互いに混じり合い、非情にもはめられた手錠。だが、その表情はとても穏やかであった。
十四年の歳月にわたる因縁とあの日の失敗。互いの心の奥底にそれぞれ有り続けた絶望と後悔。
手錠がはめられた音とともに少しずつ浄化され、無くなっていく。
終わりを迎えた。この日をもってすべて――。
「あぁ、分かっている。これでいいんだ。おれは……」
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