第32話 森林魔装拳
鋼鉄の濃緑に覆われし手。
そこから伸びた伸縮自在な細い触手は、ドロドロと唾液のような滴を垂らし、所有者に操られるがままに、目の前にいる憎き僥倖野郎を捕らえるべく襲いかかる。
一瞬、蛇の頭かと錯覚する水気のある触手の先端。
走っても逃げ切れないだろうその触手の速さ、そして彼女の言葉を思い出し、両腕のそれに委ねて身を守った。
「――っ!?」
「クソッ! テメエも手に入れていたのか! 闇に魅入られた者だけが得られるこのチカラを!」
「お前の仲間のイリアがくれたんだよ。お前のチカラに対抗するためにな!」
慌てて触手を引き戻しながら唇を噛む森野に対し、余裕に満ちた表情で鋼鉄の右手を見せつける。
「チッ……このチカラで、テメエをギタギタのズッタズタにしてやろうと思ったのによぉ!!」
激昂して素早く繰り出される鉄拳――、
気がづいた時にはもう近くに来ていた。やばい油断した。遅かった。
その右手の文字通りの重い鉄拳が脇腹をヘコませ、一歩下がった後、右手から細い触手をいくつもしなやかに伸ばして胴体を縛り上げた。
――何も出来ない。両腕が動かない。まずい……
「――どうだ? おれが手に入れた〈
「こんなでかいチカラを手に入れるためにおれはなあ、十四年前のあの後、やってきたチャンスにしがみついて必死で頑張ったんだよ――とにかく頑張ったんだよ!!」
締めつける触手が強くなる。吐きそうになる痛みが喉から全身に伝わってくる。
「それなのに、テメエは……おれが苦しみと絶望を味わう中、陽のあたる道を歩きやがって! おれの怒りを、憎悪を、絶望を! このチカラにすべて注ぎ込んでやる……金田鉄生!!」
更に強くなる締めつける触手。抵抗しようにも、指だけを動かすのがやっとだ。振りふどこうにも両腕を固定されてどうにもならない。どうすれば――。
小さな破裂する爆発音とともに何かが弾けた。赤い粒子が飛び、あたりのコンクリートに跡を残す。右肩を抑えてもがき苦しみだす森野。
鉄生を締めつける余力も無くなり締めつけていた触手が急に緩まる。
その音がした方向に立っていたのはもうお馴染みの水色の少女。ツインテールが風でなびきながらも銃口を向けている。
「チッ、お前は……!」
痛みに耐えながら、その少女を睨みつける森野。
「森野汪。悪いけど、アンタの野望もこれまでよ」
銃口と視線を向けたまま、そっと歩み寄る。
「この裏切り者が!! 最初から……全部裏でこの時のために仕組んでいたのか!」
「ええ。そのために円川からの尖兵に志願してアンタの所にやってきたのよ。大人しく〈
組織の戦闘員はおろか、円川組さえやる気もない任務。
体が強くても裏社会では、弾よけにもならない雑用と事務方だけのガキについてくる者は皆無だった。
カネに困る殺し屋、食いついたギャングを集め、円川組および組織の末端が組長によって強制召集される中、渋る周りの者は一年になる新入り――だが仕事は出来る――一少女の挙手に感心した。
「組長……おれに復讐のチカラをくれると言っといて、こんな裏切り者をよこすなんて話が違うじゃないか!!」
作戦実行前のあの日、組長は確かにこう言っていた。十一年、組織で働き続けた力を認め、殺し屋百人を部下として与え〈
それで自分の思うようなデカイ事をやってみろと。
「お前は何者なんだ? 組織の上の誰の指示で動いて――」
銃声と同時に森野の近くのコンクリート床に火花が散る。
「喋らなくていいわ。降伏しなさい、森野汪」
今ならばイリアも銃口を向けていて森野は動けない。イリアに気を取られていてこちらに気づく様子はない。
――仕掛けるなら今だ。
よそ見しているその顔に横から痛烈なダイレクトパンチ。
横向きに赤い血を吐き散らした所で更に肩にもう一発。その拳は殴った瞬間白銀の光を纏い、殴られその場に横たわった。
手応えはあった。立ち上がろうとする所に向けられた非情なる銃口。
「動いたら撃つわよ」
耳元に向かって突きつけられる。
「ぐっ……」
「――待ってくれ、イリア」
ほぼ勝負あった――だがしかし、何も取り返せていない。
ここで封じ込めたとしても、コイツの十四年の間で蓄積された復讐心は到底それで収まりきるものではない。
生きている限り、たとえ地獄に突き落とされたとしても、何年経っても必ず這い上がってくる。何度でも。
このままでは根本的な解決には何一つなっていない。十四年前の失敗を取り返せてもいない。
だったら――。
「なによ、鉄生! 邪魔しないで――」
イリアを手で遮って、
「森野。お前はこれで満足か?」
「満足なわけねえだろ……! まだ白も黒もついてないのによ!」
「この〈
たった一人の人間を殺すこと。
他人から見ればくだらない大昔の話でも今のことだ。
十四年前、彼に柔道で負けたことが結果として自分の人生を大きく狂わせ、この世の現実を思い知り、生活のすべてを台無しにされた。
殺して排除しなければならない。そうすればもうこの憎悪の感情も向ける必要はない。
これまで背負ってきた怒りとか憎悪とか不条理とか、そういったすべてから解き放たれる。二度と過去を思い出さなくていい。それこそが美しい世界。
「――じゃあ、こうするのはどうだ? 白黒ハッキリさせる全力勝負、受けてやる。ただし一回だけだ」
無力化したと思われた大の男の背中が、突如立ち上がる。
右肩からドロドロと赤に染まり始め、でも急に立ち上がった男に驚いて思わず向けていた銃口を引いてしまう。
二人の男が向き合い、目と目で火を散らす。もはやその気迫に負けて外野から介入する余地はない。
「面白ェ……望むところだ――その言葉、後悔させてやる。テメエをこの手で叩き潰す……!」
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