第27話 やっちまった失敗

「どこに連れていくんだよ?」

「うるさいっ! いいから黙ってついてきて。こっちよ!」


 華奢で細い手に力強く引っ張られる。

 グイグイ引っ張るその手を一旦は振り払っても、すぐにコートの黒い袖を引っ張られ、彼女の口から出たによって、ついていくことを決めた――のだが。

 泊まっていたホテルからもう徒歩十分以上。街の中とはいえ、目的地も伝えられないまま、揺れる水色のツインテールの少女に引っ張られている。

 早く知りたい、会いたいというのに。焦らされている気がしてならない。

 尋ねても『うるさい! 黙ってついてきなさい!』と鋭い口調で遮られる。やれやれ。


 ただ普通に朝飯を食べていただけなのに、その穏やかなひと時は脆くも崩れ去った。

 ホテルの自室を出て、二人組の刑事の護衛を遠くから受けながら、一階の食堂のバイキングで朝食をとっていると、トイレに行きたくなった。

 トイレを済ませて通路を通って食堂に戻る――そこでいきなり強い力で背後から手を引っ張られた。いきなり現れた水色の少女に引っ張られると勝気な声で彼女はこう言った。


『森野汪に会いたければ、ついてきなさい!』

 イリアは敵だ――しかしある意味、状況打破の希望であるその一言はとても予想外で、覚悟を決めホテルを去った。


 ビルの並ぶ通りから裏に回った所で、黒い一台の車が見えた。

 先を歩く少女――イリアがリモコンでオートロックを解除しその運転席に乗り込むと、続いてそのまま後ろの座席に乗り込んだ。

 身長が子供のように小さいイリアのために、シートアジャスターとチルトステアリングが調整カスタマイズされた運転席は、シートは高く前方に寄せられ角度は直角、ハンドルの高さと角度は運転者の視界を遮らない。

 シートベルトをつけた途端、車が気合の入る音とともに小刻みに揺れ、どこかへ向かって走り出した――。

 だが、特徴的な運転席を見て一つ気になることがある。


「おい、お前いくつだよ」

「十九」

「は? てっきり中学生くらいかと――」

「バカにすんじゃないわよ!! これでもハタチ手前!!」


 視線はきちんと安全運転を意識して前に向け、ハンドルを握り、食ってかかる――。

 成人手前――海外では既に成人――なのに小さな身長と幼い顔つき、雰囲気からすぐに子供と間違えられ、面白おかしく笑われ、年齢制限がかけられたゲーセンなどの施設に一般客として入るのにも、気安く後ろから肩を触れられてはイチイチ身分証明書の提示を強要される。

 周りはみんなスクスク大きくなっていくのに、自分は全然成長せず小さいまま――成長してない小さな存在と見られる――。

 この不条理は思春期になってしばらく経った頃からイリアに重く突き刺さっていた。


「もしかして十八歳になってすぐ取ったクチか? だとしたら

「な、なによ! その褒めてるようでバカにした言い方! ……ええ、そうよ。誕生日迎えて……ソッコー教習所行ったのよ……」

 無論、初めて教習所へ行った時、身分証明書を見せるまでは子供と間違えられた屈辱は今も忘れていない。


 効率を求める生き方をしてきた人生の先輩が褒めるつもりで言った言葉。

 子供を可愛がる大人のようなイントネーションがカンに障った――だが、すぐに長い人生においてのの本当の意味に気づく。

 運転免許ほど大きいステータスはない。

 声量を落として頬を赤くしつつ、説明がメンドくさいのでこの場はその通りということにして言葉を零す。

 正直な所、良く見られるのはいい。しかし気安く褒められるのはあまり慣れていないのだ。


 車内の空気に慣れてきた所で、肝心なことを思い出す。ここに連れて来られた理由――。

「おい、森野の奴はどこにいるんだよ? そろそろ教えてくれ」

「国分寺のエメラルドタワーよ」


 駅から少し離れた敷地。十四年前は老朽化が進んだマンションがあった場所に、六年前誕生したのが全30階のオフィスビル。

 国分寺に生まれ育った鉄生は、母からその存在を聞かされたが実際、訪れたことはない。

 しかしビル付近には大きな本屋やファミレスなどがあるためサラリーマンを中心に賑わっているという。


「言っとくけど、アンタを無理矢理引っ張ってきたのはね、別にアンタのためじゃない――森野から連れてくるように頼まれたからよ」


 理由なんかどうでもいい――森野汪。あいつをこの手で止めなければ帰れない。

 警察は森野を一連の事件の首謀者として逮捕する方針だが、いつそれが出来るのかという保証は出来ないし効率も良くない。

 下手すれば、いつまで経っても捕まらないかもしれない。

 

「そうだ、金田鉄生――もう鉄生でいっか。唐突に連れ出してから言うのもなんだけど、これ罠だと思ってる?」

「思ってるよ。そしてお前も敵だ――だが、オレは罠にかかったつもりはない。自分から引っかかってやったんだ」

「フフッ、あらぁそう」


 可愛らしい可憐な笑い声をよそに、虚勢を張ったと言えば、その通りだ。

 先ほどはユニークな会話こそしたが、このイリアの案内も実は後から自分を嵌めるための罠ではないか――その可能性もまだゼロではない――安心出来ない。


 危険は百も承知だ。向こうから呼び出そうとしている以上、あいつは殺すつもりでかかってくる。

 止めなければならない――思い出した。

 いつの間にか忘却の彼方に消えてしまった、あの日病院送りにされた出来事を。


 そして、決意した。覚悟を決めた。

 ――あいつを止めることは、オレがをもう一度取り返すチャンスだと。


「あたしは今までアンタを森野のために殺そうと襲ったわ。

「え、表面的?」

「実はあたし、最初からアンタを殺そうなんて、微塵も思ってないのよ」

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