第9話 たどり着いた先で
「なんでここに……!」
マジかよと漏らす以前に『その気になればいつでも殺せる』という根拠もないあの言葉は、文字通り本当だったことを自信に満ちたその姿だけで思い知らされる。
「フン、アンタがここに逃げ出すという事はお見通しなのよ。先回りさせてもらったわ、ほら」
イリアは眩しく、澄み切った天を指差す。やかましいプロペラ音とともに丸い球体の形をした小型ヘリが渋谷上空を高速で通り過ぎていく。あれで追ってきたのは明確だ。
この瞬間、敵の強大な軍事力を思い知らされる。これではたとえ地上に出て車で逃げたとしても、空から追跡されて追い詰められるのがオチだ。
「これでアンタは終わり。その薄い頭を一発ブチ込めば、あとはトンズラするだけ。さあ覚悟しなさい!」
自信に満ちたイリアの人差し指が標的――鉄生に向けられる。
――何か対抗策はないか。
辺りを見渡す。なんでもいい。向こうはヘリを持っている。正面突破するのは無理だ。その腰にある二丁拳銃の的になる。
倒せないのなら、どうにか相手を一時的に止められるものでもいい――何かないか。
――! 辺りを急いでキョロキョロしていると何気ないハチ公前広場の風景の中に、一つだけ打開できる鍵はあった。今もその前で、お勤め中の黒い立派な制服を着た男性が道を親切に通行人に教えてあげている。
――あれだ。あれを利用しよう。
閃いた鉄生はしたり顔でイリアを見た。
「な、なによその顔は! どうして素人がこの状況でそんな平気な顔が出来るのよ!」
その顔が気に入らなかったのか、急に眉を上げるイリア。
「イリア」
「なに?」
「お前、
「へえっ!?」
突如、ピクっと不意を突かれたかのように高い声を出して目を丸くする。ハチ公前には電車のモニュメント以外にも目印になる場所がある。そう、交番である。
「ど、どこよ! あっ!」
慌てて辺りを見回すとちょうど鉄橋近くに交番があり、入口前には警官が立っている。窓の奥にも三人ほどいるのが見える。
いくら戦闘が出来たとしても、ヘリを操れるとしても、ここで銃声が響けば、大勢の警官がなだれ込んでくるきっかけとなる。
そうなればたとえここで標的を始末出来たとしても、逃げるのは困難だろう。
「今のうちだ!!」
「あっ、こら待ちなさいよ!!」
銃が使えない心境に追い込むと、そのまま全速力でイリアの横を抜けて、人混みの中へと消えていく。
抜けていった背中に向かって手を伸ばすも届かず、その直後、早歩きで来た通行人の男が無意識に壁となってその行く手を遮った。
避けて追って見えた鉄生と思われた背中は別人――見失った。戦闘力は高くても、所詮は身長150にギリギリ届かない小さな少女。
見知らぬ成人男性の体格はまさしく視界を遮る、動く
目的地は渋谷駅から少し離れた、街外れのマンション。
もしかしたらイリア以外にも追っ手が既に乗り込んでいるかもしれない。そう考えると自然と足が早くなっていった。
今ならばまだ間に合う。敵が大勢来る前に城崎を止める。
会ったらまずはどうしてやろうか――。
考えながら、小走りでその方向へ向かっていると、とうとうそのマンションの目の前に着いた。
街外れに建てられた全七階のマンション。
とはいえ、車が目の前を行き来し横断歩道の向こうにはコンビニがあり、五階ぐらいの建物が立ち並んでいる。常に人が右往左往する騒々しい駅前に比べれば、街外れなのかもしれない。
これが初めてではない城崎の家。
黒いタイルに茶色い壁のやや高級感溢れる廊下。敵が待ち受けているかもしれない。慎重に歩を進めてエレベーターの前で四階のボタンを押し、直行した。
城崎の部屋の目の前。ここまでに黒服の殺し屋とは遭遇していない。運が良いのかもしれない。
が、護衛として城崎の傍についている可能性はゼロではない。唾を飲み込み、意を決して、鉄生はインターホンを押した。聴き慣れた音が鳴り響く。
『はーい……』
「オレだ!! 城崎だな? 早く出ろ!!」
先ほどまで眠っていたかのようなマヌケな声に、思わず拍子抜けしそうになった。
それもそのはず、待っているとドアを開けて、城崎が現れた――そう、まだ眠っていたのかパジャマ姿で。
――自分の始末は殺し屋に任せて、自分はごろ寝かよとツッコミたくなった。ふざけるのも対外にしろと。
「城崎!! どうしてこんな非道な事を繰り返すんだ!!」
「なんだよ!? 非道な事って」
鉄生は力強く、状況を飲み込めていない様子の城崎の襟を掴み上げた。
怒りのあまり掴んでしまったが、今の自分でもまだこんな力が残っていたのかと掴んだ後に内心思うほどの腕力。
「とぼけるな!! オレの家に殺害予告の白い封筒送ったり、殺し屋を雇ってオレを狙わせてるのはお前だろうが!!」
「答えろ!! どういうつもりなんだ? まさかお前がこんな事をするなんて信じられねえよ!!」
掴み上げている両手に、同時に力が入る。力と声量に、怒りがこもる。
「お前がオレを殺したいほど怒りや憎しみが増大しているのなら、
「だから……なんのことだよ……僕はそんなの知らないぞ……? それになんだよ、白い封筒って。僕はそんなの知らないし、殺し屋? 一体どういうことだよっ……」
襟を上に引っ張られて喉元が苦しい中出た、現状を覆す言葉。
「へ? 本当に、何も知らないのか?」
「ホントだって……白い封筒とか殺し屋とか何言ってるか全然分からない。テツ、とにかく一度、座って話し合わないか?」
まだ疑念が拭えない。これはこちらを油断させるための演技ではないのか。
が、城崎が苦しみながらも喋るその様子がとても演技ではないと――長年の付き合いから――悟った。
真実を知りたいと、そっと手を離した。
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