第32話 Lys Gracieux
白鳥さんは、大小のカップの底をくっつけたメジャーカップにテキーラやライム・ジュースを入れてシェイカーに注ぐと、小刻みにシェイカーを振る。
映画とかではもっと大げさに振っていたけど、これが普通なんだな。
「お待たせしました」
戸辺さんの前に置かれるカクテルグラス。その縁には何か薄ピンク色の粒が付いている。
「これは……食塩ではなく岩塩ですか?」
戸辺さんの質問に白鳥さんが笑顔で答える。
「はい、当店では岩塩を使用しております。舌の上で転がせてからお召し上がり下さい」
戸辺さんは岩塩ごと口の中に含むと、あごとほっぺが少し動き”ゴックン”する。
そして頬を少し紅に染め、唇から軽く息を吐き出した。
なんかすごいエッチなものを飲んでいる雰囲気。気のせいかな?
「そういうわけですか……」
「はい、そういうわけでございます」
二人の言葉にポカ~ンとする私。
(はぁ……)
私に向かってため息を吐き出すお嬢様。いいモン、聞けばいいんだモン!
「織音さん、岩塩だと何か違うんですか?」
「マルガリータはグラスの
「へぇ~。でも私、喫茶店の買い出しも行っているんですが、岩塩は買って来たことないですけど?」
「隼さんが『普通の塩よりこっちを使え』と買ってきたんですよ」
「そうなんですか」
隼さんって元バーテンダーだったのかな?
いい具合に酔いが回ったのか、戸辺さんは白鳥さんとおしゃべりしている。
執事喫茶で見た硬い顔も柔らかくなり、笑い方も大人の女性っぽい。
戸辺さんって私とそんなに年が変わらなそうだけどな。
(年だけ取った女ほど
うっさい! でも一理ある。夕食も出来合いか簡単なものしか作っていないし……。
せめて誰かに食べさせられるものを……誰に?
私はともかく、戸辺さんと白鳥さんの空間に流れる大人の空間。それに見とれる私。
そんな柔らかな時の流れは、ほんのひとときであった……。
『いいですわねぇ~マルゲリータ様は。ウンベルト様と一つ屋根の下でぇ~』
え? 戸辺さん!? いや、確かマリーさん?
「あ、あの、マリーさん。確かに私もこの建物に住んでいますけど、部屋は別で……」
『あらぁそうでしたの? てっきりマルゲリータ様はお家は別で、喫茶店のお仕事の為にここに通っているとばかりに……これはいい情報が手に入りましたわぁ~』
あちゃ~。やぶ蛇だったかな?
『ごぉ安心下さぁい。マティルデお嬢様には申し上げませんからぁ~。
だめだこりゃ。戸辺さんかマリーさんどちらか知らないけど、完全にできあがっている。
『もしそうなったらぁ~、消防車よりも早くぅ~この私めが火消しにうかがいますからぁ~どうぞご安心くださぁい』
「”マリー様”、お代わりはいかがですか?」
白鳥さぁ~ん! 火に油じゃなく、マリーにマルガリータを注いでどうするのよぉ~!
『おう! じゃんじゃんもってこぉ~い!』
「かしこまりました」
白鳥さんの目がぁ、『稼げるウチに稼いでおこう』の悪徳商人の目になっているぅ。
『そうよ、いつも私はマティルデ様の”しでかし”の火消しばかり。この国の言葉では”尻ぬぐい”とも言うんでしたっけ? そうよ私はトイレットペーパーよ! マティルデ様のお尻を拭いたら下水に流される
あ~もう、めちゃくちゃだぁ。
白鳥さんはシェイカーを振って、次から次へとマルガリータを作っているし、
「かなりストレスが
織音さんは微笑ましい顔で、虎となった戸辺さんを眺めている。
いやいや、ストレスの一部は織音さんにもあると思うけどなぁ~。
「あの~織音さん。マリーさんも貴族なんですか?」
「ウンベルトに訪ねたところ、マティルデさんに仕えていたメイドみたいです。メイドと言ってもマティルデさんの親族で、いわば分家の娘が行儀見習いで仕えているって感じですかね」
「戸辺さんにマリーさんが取り憑いた理由が、何となくわかる気がします……」
まだ絡んだり、くだを巻かないだけましかな。
やがて戸辺さんはマティルデお嬢様への悪態と、平井お嬢様のグチグチを交互に吐きだし始めた。
平井お嬢様の愚痴ってことは、時々戸辺さんに戻ったんだな。
やっぱり、みんなストレス
戸辺さんの
アレ? 体が……乗っ取られたぁ。
ちょ、
『大丈夫よマリー、私がついているわ。さぁ、その身も心も私にゆだねなさい』
おいぃぃ! 何を戸辺さんの耳元でのたまっているんだよぉ~!
『マ、マルゲリータさまぁ~!』
ええ!? 抱きついてきたぁ!
『いい
『ああ、マルゲリータ様。私のお姉様ぁ』
私の手が、戸辺さんの髪をなでている。ちょっと枝毛がのぞいているのは見なかったことにしておこう……。
『でも、か・な・り、お胸が寂しいですぅ』
うっさい!
『肉体はしょせん仮の宿よ。でも、貴女のことを想う気持ちはこの世この時になっても変わりはないわよ。貴女もそうでしょ? マリー?』
『はいいぃぃ』
『さぁ、ウンベルトも見ているわ。貴女の素敵な”鳴き声”を殿方に聞かせてあげなさい』
お嬢様! 私の右手をどこへ!? 戸辺さんの太ももぉ!
『あはあぁぁ!』
ま、待てぇい! 手を”あそこ”へ向かって滑らせるんじゃない! その前にスカートがめくれるでしょうがぁ!
「あらあら、わたしはどうでもいいけど、
「な、何言っているんですか! お、お客様ですよ」
『さぁマリー。”二つの
今度は左手を戸辺さんの胸にぃ~……意外と大きい、チッ。
『あっはあぁぁん!』
その後、戸辺さんの肉体はお嬢様に操られた私の手や指で散々弄ばれ昇天してしまい、カウンターの上に突っ伏してしまった。
”ギッシ! ギッシ!”と、三人分の体重の響きが建物内をこだまする。
ベッドじゃないよ、階段の音だよ。
「すいません青田さん。事務所の場所は知っていますけどもう閉まっているでしょうし、戸辺さんの家は僕もわかりませんので……」
酔いつぶれた戸辺さんの体を織音さんが”お姫様だっこ”しながら階段を上り、その後ろを私がついていく。
投票日間近には平井お嬢様や戸辺さん、その他事務員さんも織音さんと一緒に事務所に泊まり込んだみたいだけど、いくら知り合いとはいえ織音さんの部屋に寝かせるのはと、私の部屋に寝かせることになった。
三階に着いたところで、織音さんの歩みが止まった。
「アレ? 織音さ……」
(貴女! あの
おお! そうだったヤバイヤバイ!
「ちょっと待って下さい。予備の布団を
慌てて部屋に飛び込んで、さぁ! 片付けだぁ!
”うおおおりぃやあぁぁぁ!”
脱ぎ散らかした下着からBL本まで、組み立て式の衣装ラックに押し込んで無理矢理チャックを閉める! どうだ!
おっと、布団布団と。
(香水!)
”アイアイサー!”
”シュ! シュ!”っと。これでよし!
さぁ! ど~んと来いってんだぁ!!
”ガチャ”
「あ、織音さん、いいですよ」
「失礼します。この布団でいいですか?」
「はい、お願いします」
織音さんが戸辺さんを布団に寝かせようとしたところ
『”織音さぁん”。私をめちゃくちゃにしてぇ~!』
え? 戸辺さん? ええええええ!?
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