第28話 Pandemonium
思わず想像してしまう織音ハーレム。
まつげがホウキみたいに長く、黒目にいくつかの白い瞳、腕も脚もあごも長い織音さんを中心に、六畳ほどあるベッドの上で戯れる平井お嬢様と戸辺さんと私。
織音さんは上半身裸で下はパンタロン風のパンツ。私たち三人は裸体にネグリジェ姿……。
ダメだ! 腐ったBL脳ではそれこそ小学生の落書き程度の情景しか浮かばない!
恋人どころか男友達すらままならなかった私の人生で、いきなり妾だの愛人だのセフレだの……どれも織音さんとは”ごにょごにょ”していないからピンと来ないのよね。
織音さんと平井お嬢様の間にちょっとした緊張感が漂う。
そこへ戸辺さんが軽く頭を下げた。
「失礼しました青田様。お嬢様には悪気はなく、思ったことをつい口に出してしまうのです」
「あ、大丈夫です。気にしていませんから」
戸辺さんは場の空気を変えるかのように、私に話を振ってきた。
「そういうわけで織音様を行方を捜していましたところ、喫茶『オール・アルジャン』へたどり着き、その上のアパートに住んでいらっしゃるとわかったのです。そして青田様が『オール・アルジャン』で働いているとも」
「……あの、もしかしたら先週の『Dragon's Tail』は、私たちを尾行して?」
我ながら失礼だな。でもおあいこだよね。
「いえ、それは全くの偶然です。『Dragon's Tail』にて織音様が『オール・アルジャン』の上に住んでいらっしゃることを報告しようとしたところ、あのようなご対面となりました。正直、青田様の同伴は予想外でしたが……」
だから会計の時、私のことをにらんでいたのか……。
会話のバトンが平井お嬢様と織音さんに手渡された。
「どうするの瑠夏? 私は貴方がなにをなそうとも口を出さないし、むしろ社会を知ってそのあとに父の後を継いでくれたらそれでいいわ。そんな女に対して、貴方の答えを聞かせてちょうだい。それくらいしても
「……」
「……それともまた逃げるの? お父様から、お兄様から、そして、この私のみならず、そちらの女性からも」
「!」
織音さんの眼が見開いた。
「僕は……僕は……」
のどを絞り出すような織音さんの声が、重いながらも澄んだ声に早変わりする。
『そう事をせかすでないぞ。輝美殿。いや、
《マティルデ・フォン・エスターライヒ》公女殿下よ』
これって……ウンベルトさん!?
「え? なぜ織音様がお嬢様の『中二病』の名前を!?」
戸辺さんもびっくりしている。そりゃそうだよね。ん? どっちにだろう?
『この国の言葉にあるではないか。
いや、むしろアンタが原因なんだろうが! ん? 平井お嬢様の様子が……。
『……よくもまぁぬけぬけと、公女である私の前に姿を現しましたわね。ジェノヴァ家にしっぽを振ったサヴォイア家の犬のくせに。同じ空気を吸うのさえ吐き気をもよおしますわ!』
ええ~! これってもしかして! 平井お嬢様もどこかのお嬢様の霊が取り憑いてぇ~!?
でも、ウンベルトさんのことをサヴォイア家? 確かウンベルトさんって
「お、お嬢様。織音様の前ですよ」
戸辺さんは両腕を伸ばしてあたふたしている。むしろ平井お嬢様もこうならないと話がかみ合わないのでは?
『男を見下し、追い詰めるような言動が、ハインリヒに振られた原因だとまだわからぬか?』
『そういう貴方こそ、ジェノヴァ家の乳臭い娘の尻をしかれ、すっかりふぬけになりましたのね。あの女との”まぐわい”がそんなによろしかったのかしら? いや、下賤の女には貴方のような雄犬との交尾がお似合いね。オ~ホッホッホッホ!』
”オ~ホッホッホ!”なんてリアルで初めて聞いたよ。ジェノヴァ家……って、ウチのお嬢様のことだよね? 聞いているかな?
あ、体を乗っ取られるこの感じ……。
『あ~ら~誰かと思ったらその声はマティルデ?
出てきたよ。もう知らん。好きにせい!
でもお願いだからとっくみあいのケンカと、織音さんを押し倒すのだけはやめてね。
『マ、マルゲリータ様!』
戸辺さんが私を見て驚いている。だよね~。
え? なんで戸辺さんがウチのお嬢様の名前を?
『《マリー》、不始末ですよ。”
『も、申し訳ありません。マルゲリータ様』
ち、ちょっと! ええ!? 戸辺さんもマリーって人が憑いて!?
『マリー! 人間の言葉が通じない雌犬に謝る必要はないわ! むしろ
『あらあら、喫煙癖が直らないからって、大公殿下に
まさか自分の口から”ホホホホホ!”と口に出すなんて夢にも思わなかったわ……。
『これはこれは、ピッツァなど下賤の物を食いあさった女にふさわしい
ピッツァ……マルゲリータ。え! もしやピッツァの名前のぉマルゲリータぁ!?
そりゃ私はピッツァは好きだけど、四六時中食べるほどでは……。
『人は死んで名前を残すのよ。貴女が今まで依り代にした女達が、私の名を冠したピッツァを食べる時、高貴なマティルデ様はさぞ
『ふん! まぁいいわ。しょせんこの世界でも貴女は下賤な女。貴族院議員の令嬢である私には刃向かうどころか近づかない方が身の為よ』
『あら? 貴族院議員のご令嬢は貴女ではなく貴女の依り代よ。相変わらず身内の権力を振りかざすのがお上手なこと。そもそも近づいてきたのは貴女達でしょうに。フフフ』
マティルデさん、あきらめなさい。役者が違う。
『お、お二人とも、どうか……』
秘書の出で立ちでおろおろしている戸辺さんは、なんかちょっとかわいい。ギャップ萌え?
『この国の言葉でいう両手に花。いや、両肩に小鳥のさえずりは、誠に
『『『アンタが優柔不断なせいだろうがぁ~!』』』
その後、カフェの個室に響き渡る悪口、
そして、これらを聞いたお嬢様達の
よくもまぁこんなにも悪口を思いつくモンだ。言葉の歴史は悪口の歴史と言っても過言ではないと、達観した表情で貴族とそのご令嬢様達の、優雅できらびやかな会話を眺めていた。
”コンコンコン”
「失礼します。お茶のお代わりをお持ち致しました」
ロマンスグレーの執事さんが見たモノは一人の紳士と三人の淑女が、口から自分の魂を吐き出しながら机に突っ伏した姿だった……。
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