第二章 Les Combattre Serveuse(戦うウェイトレス)
第18話 тюря, тюря, тюря, тюря, тюря, тюря-ря,
”チリンチリン!”
『いらっしゃいませ!』
あれから一ヶ月ちょっとたった。
前の会社の残務整理、ハローワークでや健康保険や年金等のお役所手続きに、三階の屋根裏部屋への引っ越しも済み、晴れて私は、
喫茶『オール・アルジャン』の魔法少女!
……もとい、ウェイトレスさんへと変身したのあった。
今だとこの呼び名はポリ何とかの対象になるかもだけど、自分で思っているだけだからいいのだ。
「嬢ちゃん、これ着やぁ! ちょっとぼっさい(古くさい)けどな。ひゃっひゃっひゃ!」
金剛先生から渡されたのは黒、
さすがにメイド喫茶にあるような極彩色ではなく、落ち着いた染め物だった。
胸元を強調する為、中に”ゴニョゴニョ”が入ってはいるわけでなく、さらにミニスカートでもなくロングスカートだ。
あれ? ちょっと残念がっている私が、心の片隅にいるよ。
それでも頭には白のフリフリカチューシャをつけるし、胸元にはリボンもある!
(よかったわね、大きめのリボンで……あら、これは失礼。フフフ……)
”フンッ! だったら”バインバイン!”の女性に取り
(大きい分だけ苦労も大きいのよ。貴女には”永遠に”わからないでしょうね。フフフ……)
無視っ!
中須商店街はヲタクの街でもあるから、そういう方々が商店街を闊歩しているのは何度か目にしたけど、まさかこの年になって自分がそうなるとは……。
だいじょうぶか!? 軽く放送禁止や公共良俗違反になりそうだけど、い、いや、まだまだ私イケるかも!
(あらあら、この国のことわざにありましたわよね。『猫に金貨』だったかしら?)
”『馬子にも衣装』!”
(ご自分で自覚していらっしゃるなら、それでよろしいですわ。フフフ……)
むっかぁ! わざと間違えたのかぁ!
ふぅ。
喫茶店の名前はもちろん、先生お二人のお名前から取っている。
サークル名と喫茶店の名前、どちらが先かは知らないけど。
禅寺の
年配の方が朝早くいらっしゃるので、六時にはもう店を
それでも職場まで水平距離にして0メートルだし、なにより時刻表や満員電車を気にする必要もない。それでも女の準備だけはと思ったが
「すっぴんでええがねぇ~。ジジババには見分けがつかにゃ~で。ひゃっひゃっひゃ!」
は、金剛先生談。
やっぱり飲食を扱うから、厚手の化粧や香水は御法度みたい。
さらに気をつけなければいけないのは髪の毛やツメ。
髪の毛は食べ物の中に入っちゃうし、ツメが伸びていると不潔だし、配膳する時にもお客様の眼に不快感を与えてしまう。
お日様が昇る頃には満員になる店内。
「みんなぁこの辺の人間だぎゃ~。とろくしゃ~(いいかげん)ことせんときゃ~、まだわきゃ~(若い)でぇ、
は、白銀先生談。
着物を召した方もいらっしゃる。呉服屋の方か、通りの演芸場の人かな?
「お姉ちゃんは先生ら~の”あしすたんと”かね?」
「えっ!? ま、まぁ」
「おう! 墨塗り(ベタ)なら書道一筋40年の
「あ、ありがとう……ございます」
「引退した
「は、あ、ありがとうございます」
喫茶店のお客様に手伝わせたのは本当だったんだ。
最初は物珍しげに見られた私だけど、一週間もたつと、路傍の石のごとく当たり前の存在になった。
ちょっと安心する。私がこの世界で受け入れられたのだから。
今まではお二人だけで注文取りから調理、配膳までしているかと思えば、さすがに配膳だけはお客様の方が危ないと感じていらっしゃるのか、セルフサービスみたいにカウンターまでトレイを取りに行ってたみたい。
だからといって、それに甘えるわけにはいかない。
お水から注文取りに配膳、レジまで店内を忙しく歩き回る私。
ドジっ子メイドみたいに、
レジも昔ながら”ピッピピ! ガチャーン”と思いきや、液晶画面に電子マネー対応の新しいヤツだ。
「
お客様は商店街の人がほとんどなので、九時にはほとんどいなくなり、遅い朝食が始まる。
といっても、ここのメニューのモーニングセットだけど……何でこんなに量が多いんだ!
トースト二枚にコーヒーはわかる。あとはコーン入りのスクランブルエッグにロースハム。
デザートにミカンや桃缶の小皿。
さらに小袋に入ったピーナッツ入りのあられや海苔巻き
二枚のトーストにスクランブルエッグとハムを挟み込んで一気にかぶりつく!
う~ん、ワイルドウェイトレス。でも焼きたては美味しい。
朝の片付けが終わると、すぐさまお昼の準備だ。
日替わりのランチメニューもあり、その準備に追われるのだ。
”でゅらでゅらでゅらでゅらでゅらでゅららぁあ!”
と、心の中で叫びながらキャベツの千切りにいそしんだり
”あらよ! ほらさ! どっこいしょ!”
と、豚ロースのスライスにパン粉を、鶏のもも肉に唐揚げ粉をつけるのであった。
お昼も朝と同じように動き回る私。
一つ違うのは、朝の注文はほとんどモーニングだけど、昼はランチとそれ以外があるのだ。
(7番テーブルにお冷やと注文を! 5番は天ぷらうどんじゃなくておそばよ。ランチは4番じゃなくて3番。1番食べ終わったからトレイの回収と食後のコーヒーも忘れずに)
お嬢様の
よく覚えているな。後で聞いてみると
(仕事の段階を番号にすればいいのよ。
お冷やが①、
注文取りが②、
配膳が③、
配膳の片付けが④、
食後のドリンクが⑤、
お会計とテーブルの片付けが⑥というふうにね。こうすれば『あのお客様は今②だな』とか『食べ終わりそうだから④と⑤をやらないと』ってわかるでしょ?)
”……ごめん、よくわからない”
(ウチのメイドでも我が家で晩餐会があった時、そつなくこなしたのに、アンタ、よく今まで生きてこられたわね)
面目ないです。てかそれってメイド長さんが、ご主人様やお嬢様の知らないところで徹底的にしごいた結果では?
二時も過ぎると遅い昼食になる。たいていはランチの残りだ。残りと言っても先生方が作る料理は美味しい。馬車馬から肥ゆる馬になりそう! ヒヒヒ~ン!
実はこれをもちまして、当喫茶店は閉店のお時間となるのだ。
お客様のほとんどは商店街の方々でご自分のお店があるし、なによりお二人が高齢の為、夜までできない……というのは建前。
そう! 執筆活動をなさるのだ! なんというスタミナ! なんというパワー!
さすがに毎日じゃないけどね。
それでも世紀や元号を超えてきた方々は違う!
閉店して後片付けも終わったから、これで私もお役御免……とは問屋が卸さない! ここは商店街だけど、問屋さんもあるのだ。なんのこっちゃ?
「こんだけ買ってきてちょ~!」
メモを渡され、私は商店街という名の戦場へと旅立つ!
行きはよいよいなのだ。なぜならウェイトレス姿で引っ張っているのは、空っぽのキャリーカート。
ちょっとできるメイド長さんの雰囲気を
ね、年齢でメイド長設定にしたんじゃ、な、ないんだからね!
すれ違う男オタクのみならず、中学生から営業マンの方まで、私にちょっと眼に止める。さすがに前の会社の人とは会わないけど、会ったところでそれがどうしたぁ!
でも、コスプレイヤーの皆様のお気持ちがわかる気がするなぁ。ああ、私は今、殿方の視線を独り占め!
(殿方が眺めているのはウェイトレスの服装であって、貴女自身ではないけどね。フフフ……)
フンッ! その程度の皮肉、この至福の時に比べたら蚊に刺された程度にも感じぬわぁ!
……帰りは一転、地獄なのだ。
なぜなら必ずキャリーカートに入りきれないため、カートに入れておいた二つのショッピングバッグが必要になり、一つをカートの上でベルトで縛って、もう一つは手に持つのだ。
さらに、食パンを『二本』!、ミサイルやバズーカ砲のように小脇に抱えて”ドスドス!”と地面のタイルを踏みしめる!
さすがに、あれだけモーニングに食パンを出したら、スーパーで売っている袋のじゃ足りないのだ。
ちなみに『一斤』とは、スーパーに普通に売っている、6枚や8枚斬りの一袋の単位らしい。長細い食パンは『一本』と数えるのだそうだ。う~ん、なんのひねりもない単位だ。
今の私は戦うウェイトレス! おう! 矢でも鉄砲でも持ってこいってんだぁ!
……できれば、やおい本がいいなぁ。
買い物を済ませると、やっと終業時間と相成った。
三階まで脚が重い。部屋に戻ると、せっかくの服がシワになっちゃいけないと、モソモソとランジェリー姿になってからベッドに倒れ込む。
(別名、”
”ふんっ! ウェイトレスにシミーズは必需品だい!”
会社勤めでは味わえぬ、明るいウチに感じるお仕事からの解放感。
でもそれは、ほんのわずかの休憩。ここからが『私の仕事』の時間。
――金剛先生から『ここに住んでいい』とおっしゃったところまで、時は巻き戻る。
「……あんなぁ、嬢ちゃんさっきまで下で飲んでたぁ~やろ~。ほんで~お客さ~、にゃ~にん(何人)来たがやぁ?」
「あ、私だけですが、でもまだ早いですし……」
「中須の夜は早いんだぎゃ~。ひゃちじ(八時)にはみ~んな店やぁ閉まってまうでよ~。ほしたらだぁれもおらん(いなく)なってしまうでな~。おそらぁ~(おそらく)今日のお金は嬢ちゃんがひゃらった(払った)分だけだぎゃ~」
「えっ!」
「ど~せ店にゃ~て(なんて)夜は空いとるでよぉ~、”好きにしてちょ”ってひよっこたちに貸したんだぎゃ~。んでもひよっこだからなにしてええのかわからんのや。わしら~古くしゃ~(古くさい)人間があれこれ口ぃ挟むのもあかんこと(だめ)だからな~」
「は、はい……」
「最近は中須に『冥土喫茶』や『羊喫茶』みたぁなもんがぎょうさん(たくさん)できてよぉ~。なんだしらん(よくわからない)けど、今のわきゃ~兄ちゃんや嬢ちゃんにめちゃんこ(めちゃくちゃ)人気なんだぎゃ。今すぐにぃ~とは言わんけどよ~ひよっこら~の為にそんなもんをちょっと考えてくれんがや~?」
「わ、わかりました。私でできることであれば」
「何かいるモンあったら、多少はお金ぇあるでよ~。今日、儲かったでなも。ひゃっひゃっひゃ! あと、なるべくひよっこら~にはだましかって(黙ってて)ちょ~よ」
体を起こし、フリースを身に纏い、机へと向かう。
古びているけど、机も椅子も堅牢な作り。クッションを置いた椅子の上に腰を下ろすと、ノートパソコンを開いた。
地デジから衛星放送のアンテナからWi-Fiまで、私がここへ入居する前に色々と準備してくれたみたいだ。
だからこそ、それに甘えちゃいけない。できることはやらなくては!
”プルルルル! プルルルル!”
携帯、織音さんだ。
「ハイ、青田です」
「あ、織音です。すいませんお疲れのところを」
「いえ、だいじょうぶです」
「じ、実はお願いが、あるんですけど」
「あ、はい、どうぞ」
なにかな? ちなみにこの部屋は水回りがない為、私が以前の部屋で使っていた小さい冷蔵庫と洗濯機は、二階にあるウナギの寝床みたいな共用台所に置いてある。
冷蔵庫は前からあったのを男性陣が使っており、幸いにも私のは私専用で使っている。
大罪の書を愛読しているのを知られているから、今さら冷蔵庫の中を見られてもどうってことはないのだ!
食材を恵んでくれかな? 私のフライパンや電気ケトルとか置いてあるし、それを使わせてくれとか?
洗濯機も、男性陣は一階にある喫茶店用の洗濯機かコインランドリーを使っているから、私のを貸してってわけじゃなさそうだし。
……もしや、デートのお誘い。まさかね。いや、まさか……。
「こ、今度の土曜日か日曜日、青田さんのお仕事が終わったら……で、デートしてくれませんか?」
……まさかだった。
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