第15話 Double Queen

 顔を上げると、周りのサークルの方々が、こちらをちらちら眺めている。

 そうだよね。目頭押さえて嗚咽すれば、第三者からは

《同人誌を売っているイタイ兄(の設定)》

を嘆いている妹に見られているかもね


 時計塔(実際は柱に付けられた丸いアナログ時計)の針が進み、日が傾き、やがて地平線へと近づく。

 乙女、淑女と呼ばれる腐女子、貴腐人、御超腐人が即売会という舞台で舞い、大罪の書が飛び交った宴も、やがて終演の時が来る。


 金剛さんが「おんや。ではそろそろおいとませなかんな」

 そこへ他のサークルさんのお手伝いが終わった四人が集まってきた。


 白鳥さんが「おや、これはこれはマダム。”こちら”にいらっしゃるとは珍しいですね」

 目黒さんが「ひょっとして、”カルラ”が心配で見に来たってか?」

 乾さんが「申し訳ありません。”あちらのお手伝い”もせずに……」

 隼さんが「ふん! 我らが本気を出せば、例え男色本であろうと売り切ってみせるさ」


 白銀さんが「ほんじゃ、”うちら”のおてつだぁ~(お手伝い)もおねぎゃ~(お願い)しようかにゃ」


 パイプ椅子を畳み、私は大罪の書が詰め込まれたカバンを、織音さんは周りのサークルさんに挨拶しながら、交換した大罪の書が詰まったカバンと空のペットボトル等のゴミを持って、舞台オフィス机をあとにした。


 先頭を金剛さんと白銀さん。

 そのあとを四天王のように四人が、その後ろを織音さん。

 私は織音さんの斜め後ろを歩いていた。


(どうせなら腕を組んでもいいのにね)

”現れたな”

(これでもKYには気を使っているのよ。女の涙は情事の時以外、同じ女が見ても気分がいいものではありませんものよ)

”例え無理矢理組み伏せられて、望まぬ情事の涙でも?”

(大罪の書や殿方向けの書の読み過ぎよ。それに、相手によるわね。組み伏せる側と、組み伏せられる側の、フフフ……)


 みんなが向かう先は、ごく普通の男女の恋愛物のエリア。

 普通といっても中身はレディースコミックばりの濃い絵柄に始まり、書いてある内容も、男性向け顔負けの《繁殖の儀式》から《倒錯した欲望の発散》が紙面という弁当箱に所狭しと敷き詰められた、


正に《性の幕の内弁当》売場!


(大罪の書といい、語彙ごいが豊富ね)

 軽く無視し、みんなが向かう先は、いくつもの舞台が並べられた劇場シアター

 え? え? ここって、私の押しジャンルじゃないからスルーしていたし、そもそも行列が絶えないから近寄ることもできなかった、正に王の貴賓席! その名も


 《壁サークル》!


 舞台の裏側では、エプロンをした年配の女性達が段ボールを潰したりしている。

「あ、先生! 兄ちゃん達、お帰りなさい!」

 年配の女性が金剛さんと白銀さんに声をかけてきた……先生ぃ!?


 ちょっと待って! 確かここは最大サークルの《オール・アルジャン》!


(フランス語でオールは”金”、アルジャンは”銀”って意味よ)

 えええええええええええ!!

”てっきりオールって”all”、アルジャンはallと絡めて”みんなあるじゃん”、オールジャンルって意味の造語だとばっかり!”


(前者はわからなくもないけど、後者はひどい勘違いね。幕の内弁当みたいなもうちょっとましな比喩を。いやそんなことより、貴女も少しは手伝いなさい。これからお世話になるんでしょ?)


 おっとそうだった。私も皆さんと一緒に黙々と段ボールを潰す。

 すごい……これみんな、中に同人誌が入っていたんだ。

 ひょっとして、織音さんのブースで周りの人がちらちら見ていたのは、私が泣いていたからじゃなく、最大サークルの大先生二人が現れたからなのかな?


「あ、青田さん、全部潰さないで下さい。残った同人誌は持って帰りますので」

「は、はい!」

「潰した段ボールは紐で縛って下さい。町内会の資源ゴミに出すそうですから」

「はい!」

 ビニール紐で段ボールを縛っていると


 白鳥さんが体をクネクネさせながら

「うう~ん。手慣れていますね。いつかわたくしも縛ってもらおうかしら?」


 目黒さんがビニール紐を振り回しながら

「おお、前世は女王様ってか!?」


 乾さんが真顔で

「目黒、マルゲリータ嬢は貴族の令嬢であって、女王ではないぞ」


 隼さんが鼻で笑いながら

「むしろ自分で自分を縛って、楽しんでいるのではないのか?」


 なんだろう、会社では男性上司や年の近い男性社員から、同じようなイヤミや皮肉を言われて、心が凍る想いがしたけど……したけど。


 今はむしろ、心が暖かい!


 ちなみに、ブースにいらした年配の女性達は、みんな金剛さんと白銀さんの親族みたい。

『旦那に内緒でへそくりが増えた!』

と、たいそうお喜びだった。そりゃ、あれだけ売れば、と生臭い考えをしてしまう私。

 お二人は挨拶回りしてから、車に乗せてってもらうみたいだ。

 さすがに自分では運転しないだろう。見てみたいが、乗りたくはない。


「このまま、お店に向かいます。僕らは夜のバーの仕事がありますので」

 売れ残りが入った段ボールや潰した段ボールをワンボックス車の後ろに押し込むと、なし崩しに助手席に乗る羽目になった。

「あ、はい。あの、いいんですか? 私が助手席で?」


 白鳥さんが「仕方ないけど、レディーファーストで譲ってあげる」

 目黒さんが「コイツがとろとろ走っていると、俺がアクセル踏みたくなるからよ」

 乾さんが「私が助手席に座ると、カルラがなぜかプレッシャーを感じてな」

 隼さんが「……助手席は、一番死ぬ確率が高いからな」

 みなさん、自分が運転する気はさらさらないんですね……。


 運転席には織音さん、真ん中の座席には白鳥さんと目黒さん、三列目には乾さんと隼さんと、私が束ねた段ボールが荷室から飛び出して鎮座していた。

 ちなみに私の足下にも売れ残りが入った段ボールがある。

 恐れ多くて脚を下ろせない。

 いや、それより見たい! 読みたい! 堪能したい! じゅるり!


 今気がついた。

 ……てかこれって! 私! 《お持ち帰り》だよね!

 いくら働くことになったからって!


 乾さんが「織音、走り出してから言う言葉ではないが、ご婦人の予定も聞かず我々の店へ連れて行ってもいいのか?」

 乾さんナイスツッコミ!


 隼さんが「安心しろ織音。こんなところに来る女は、買った男色本をすぐさま堪能したいが為に、夜の予定は空けておくのが定説だ」

 隼さん……当たっているだけになにも言えない。

 てかそれって、男性向けにも言える言葉なんですけどぉ!


「そういえば織音さん、お店ってどちらにあるんですか?」

「ああ、中須なかす商店街です」

「中須商店街って、観音様がある商店街ですよね。私もよくお参りに行ったり、服を買ったり……ほ、本を買いに行きますけど、昼は喫茶店で夜はバーってお店は……ああ、ごめんなさい! そういうつもりじゃ!」


(ああ、貴女がよく行く、《コミック天国》とか、《千尋せんじんの谷》のお店がある商店街ね。貴女、あそこで服なんか買ったことあったかしら? それに最近、駅前の《金星書房》はご無沙汰ね)


『アンタ! 一体いつから私をストーカーしているのよ!』


 ……やってしまった。

 あきれ顔の後ろの四天王。

 織音さんだけは、生暖かい目で私を見てくれた。

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