第9話 Matchmaking

 ただでさえストレス発散しに来たのに、これ以上ストレス溜めてどうするのよ!

 それに、このままじゃいろいろと”物色”できないじゃない!

 意を決して立ち上がると、机の下をくぐった。


『マルゲリータ様、どちらへ?』

「ホント不躾ね! 女の行き先を詮索するなんて!」

『あ~お手洗い、失礼、お花をつみに行かれるのですね。行ってらっしゃいませ』

『最っ低ぃ!』


 お邪魔虫が消えた安堵の声と、嘲笑のくすぐりも無視し、憮然ぶぜんとした顔で地を踏みならしながらその場を離れる。

 ふぅ~! と壁を背にし一息ついた私は、手にしたコーラを顔の前で傾けた。


(大丈夫よ。このぐらいの広さでも、彼は”蝶”を見つけることができるわ。存分に”宴”を楽しみなさい)

 ”私の想いを先んじて”、マルゲリータがささやいてくる。


”また私の体を乗っ取る気?”

(安心して。もうやらないわ。でも、《貴女が望んだり》、《心を閉ざせば》、どうなるかしらね……)

”ふんっ! ちなみに、アンタの好きなジャンルは?”

(それはこれから決めるわ。フフフ……)


 無心になってブースを回る。

 この時が一番好きだ。何もかも忘れられる。

 幸いにも、マルゲリータは体を乗っ取るどころか、「あれを買え」「これが見たい」と叫ぶことなく私の邪魔をしなくなった。


 戦利品をバッグに押し込み、一休みしようと会場の外に出た。

 広場のベンチで腰を下ろし、戦利品の確認をしていると


(片付けた方がいいわよ)

”ん? なんで?”


 ここに来ることは知り合いには言ってないし、私の周りにも同じ趣味の人間はいないはず……。


(彼がこちらへ向かっているわ)

”!”

 あわててカバンに押し込むが、


”よく考えたら、他のサークルと『大罪の書ボーイズ・ラブ』を交換しているし、私がここにいること自体、もう彼にはわかっているんじゃない!”

(さぁ、それはどうかしらね? フフフ……)


「……ハァ、ハァ!」

 自分に向かって近づいてくる、成人男性の熱い吐息。

 こんな場所にいる為、ついよからぬ想像をしてしまうが、頭を切り換えて一般人パンピーになりきろう!

 彼は私の足下で止まると


『申し訳ありませんでしたぁ~!』


と、いきなり土下座を敢行した。

 つい脚を閉じる私。

 でも大丈夫、淑女の宴同人誌即売会で推しメンと会う時は、いつも勝負下着だから。


「あ、あのぉ、ウンベルト……さん?」

「失礼な物言いに、いきなり抱きついてしまいまして! しかも、痴漢として突き出さず、あの場を取りつくろって下さいまして! 本当になんとお詫びと感謝をせねば!」


「だ、大丈夫です。気にしていませんし……。それにこちらも、せっかくの本に向かって怒鳴ってしまって……」


 しばし固まる両者。

 端から見ればどんな状況に見られたのだろう。


「と、とりあえず座って下さい。私の方も、その、色々とお尋ねしたいことがありますので」

 一人分のスペースを空けて、彼は私の横に座った。

 微妙な距離感が、逆に気まずい空気を生み出した。


(”ねんね”じゃあるまいし、私が代わりに話しましょうか?)

 これ以上体を乗っ取られてたまるもんですか!


「あの、ウンベルトさん……で、よろしいんですか?」

「あ、いえ、それは”コイツ”の名前で……あ、コイツって言ってもわかりませんよね。えっと……どこから話そうか」

 先ほどの陽気な話し方とは違い、たどたどしくも丁寧に説明した事柄をまとめると


 ・自分には「ウンベルト」と名乗る霊が取り憑いている。しかも、彼が生まれてから同時に。


 ・自覚し始めたのはここ数年。どうも、この霊の死んだ年齢に宿主の年齢が近づくと、体になじんで話しかけたり、体を乗っ取ることができるみたい。


 ・このウンベルト、元々どこかの貴族の執事だったらしく、離ればなれになった貴族のご令嬢を捜す為、元の持ち主が亡くなる度、別の肉体へ転生したみたい。


 ・その貴族のご令嬢が、私に取り憑いているマルゲリータらしい。


「あ、申し遅れました。僕は《織音瑠夏おりね・るか》と言います。……ちなみにマルゲリータさんはなんとお呼びすれば」


「あ、私は、《青田真里奈あおたまりな》です」

 なんか、お見合いみたいになってきたな。


 ・元々彼は引っ込み思案で、それで仕事もうまくいかず、何度も転職を繰り返して、今はアパートの大家さんのおばあさんが経営している、昼は喫茶店、夜はバーのお店で働いている。


「こんな自分よりも変わった先輩が大勢いて、なんとかやっています。それに、コイツ、ウンベルトから紅茶の入れ方や作法まで叩き込まれました」

「……そうですか」

 こんな相づちしかうてない私。


 漫画やアニメのキャラって、とんでもない状況になっても、自分に降りかかったことをよく理解できるなと、今さらながら感心する。

 もっとも、そうしないと話が進まないんだろうけど……。 


「あの……いいですか?」

「あ、はい! すいません、なんか一人で話してしまって……」


「なんで同人誌をお売りになっていたんですか?」

「コイツが何回転生してもマルゲリータ様に会えないとうるさいもんですから、


『なら本にして世に広めれば、そのマルゲリータさんが読んでくれるんじゃないのか?』


って入れ知恵したら、僕の体を乗っ取って書き殴り始めたんです。あ、イラスト書いたのもコイツです」

「だから女性向けの即売会にブースを出したんですね?」


「はい、マルゲリータさんが取り憑くのは女性ですから、ネットで申し込んで、コンビニで店員さんの眼を気にしながらコピーして……ほとんど徹夜でホッチキスで留めて……いざブースについたら……まさか女性向けってそういう意味だったとは……てっきり少女漫画的なモノだと」


「はぁ、お疲れ様でした」

 熟読して感想を送るっていってたけど、どうするんだろう?


「ありがとうございます。おかげさまでなんとか売れましたし、こうして貴女と出会うことができました。もし出会わなければ、下手したら死ぬまで……」


 彼、織音さんはようやく肩の荷が下りたかのように、息を吐き出しながら前かがみになった。

 でも……。


「私もいまいちよくわからないんですけれど、これって、どうすればいいんでしょうか? とりあえずウンベルトという人と私の中の、その、マルゲリータさんとはこうして出会ったみたいですし、成仏っていうんですか? してくれるんですか?」


「実は……コイツとマルゲリータさんが離ればなれになったいきさつが、青田さんがお買い上げになった本に書かれているんです。お読みになりました?」

 さすがに”戦利品”に夢中で読んでいないとは言えない。


「いえ、まだです。帰ってからゆっくり拝読しようかと……。あと、なんであれ、エセ名古屋弁なんですか?」


「コイツの心の声を日本語に翻訳すると、どうも名古屋弁みたいになっちゃうんです。青田さんのマルゲリータさんはどうなんですか?」


「こっちは普通の標準語です。でも、ウンベルトさんが取り憑いて話した時は古風ですけど、ちゃんとしたって変かな? 名古屋弁ではありませんでしたよ」


「せめて話し言葉はと、こっちが逆に”調教”しました。仕事先の先輩が持っていた、執事が出てくるアニメを何本も見せながら……」 

 調教という言葉に、少し反応してしまった。   


「つまり、本に書かれていることができれば、お二方は成仏すると?」

「はい、そうなんです。もう先にネタバレしてもよろしいですか?」

「あ、はい。どうぞ」

 正直、あのエセ名古屋弁の文章を最後まで読む、いや、読める気はしない……。


「マルゲリータさんのジェノヴァ家が没落して、二人は離ればなれになるんです」

「はい、先ほどうかがいました」


「家が没落するのは受け入れるとしても、その時にマルゲリータさんをお連れして、つまり駆け落ちですか? をコイツ、ウンベルトはやりたかったみたいです」

「はい、わかります」


「そして駆け落ちした暁には、人知れず遠い地で……」

 ちょっと待て。まさか、この人と……。


『カフェ、コーヒー・ハウス、つまり喫茶店をやりたかったみたいなんです』


「へ、へぇ~。そうなんですか?」

 危なかった。思わず”男性向け”の妄想をするところだった。


「青田さん!」

「はい?」


「僕が働いている喫茶店で、一緒に働きませんか!!」


「はぁ……は、は! はひいぃぃ!!」

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