異世界転生3年目の俺に、チートスキルは必要ない

藤宮カズキ

0-1

「はーい。本日もアナタの女神、リリアナちゃんがチートスキルをお届けに来ましたよー♪」

「いらない」

「何でですかぁ……」

 登場時のハイテンションはどこへやら。バッサリとした返答に斬り捨てられたリリアナは、膝から崩れると地面に手を着き、そのままめり込みそうな落ち込みっぷりを見せる。

「何でも何も、前々から言ってるだろうが。俺にはそんなチートスキルなんていらないって。お前も本当に懲りないな」

 無視しない程度には付き合いがいいのだろう。リリアナに言葉を投げかける少年は、もう呆れ果てたとでも言いたげに、ぞんざいな手つきで目の前の焚火に枝を放り投げ、嘆く彼女を見もしない。

「しかし、お前は本当にいつもいつもタイミングが悪いな。もう少し早目に来れば夕飯をご馳走出来たのに」

「む、それは聞き捨てなりませんね。そこはむしろ可愛いリリアナちゃんを待つべきだったんじゃないですか?」

「いつ現れるかもわかんねぇ女神なんざ待ってられるか。腹減って死んじまうっての。――ほら」

 少年が何気なく放ったものをリリアナはお手球しつつも捕まえる。

「もう、相変わらず唐突ですね」

「前触れなく現れるお前に言われたくねぇ。食えよ。この辺の名産果実だ。美味いぞ」

 言いつつ少年もリリアナに放ったものと同じ果物を口にする。静かな夜闇に、シャリ、と爽やかな食事の音が響く。

「女神に貢ぐからにはそれなりのものなんですよね? 半端なものですと天罰下しますよ、天罰。あ、美味しい」

 シャリシャリと二人が果物を食べる音が辺りを満たす。寄せては返す波のような心地良さに、騒がしかった空気も凪いでいく。

「って、何を和んでるんですか私は!? ああもう、これだからトネット君と話すのは嫌なんですよぉ。調子狂うんですから」

 果実を食べ終えたリリアナは気を引き締め直すように、ぐにぐにとほっぺたをこね回す。その可愛い仕草を横目に、トネットと呼ばれた少年は、また一口手にした果実を頬張る。

「チートスキルですッ!!!」

「いらねぇ」

「何でですか!? トネット君が転生してから二年半、つまりは異世界転生歴三年目ですよ? それだけの期間があったのに、使うのはどうしようもないクズスキルばかり。あまつさえ女神であるリリアナちゃんが新しいチートスキルをプレゼントしようとしても受け取らないなんて、一体どんな理由があるんですか!?」

 もーっ、と頭から湯気でも出てそうなぐらい怒りを顕にするリリアナに、トネットは一言。

「気分じゃねぇ」

 とだけ返す。

 それはそれでリリアナの望む回答ではないからか、さらに大きく頬を膨らます。

「もう、トネット君が何を考えてるのか全っ然わかりません。普通こんな環境にいたら、チートスキルを使ってチャチャッと始末をつけたくなりますよ!?」

 両手を広げリリアナが示す『こんな環境』。それは焚き火をして、名産である果実を食すのには似つかわしくない、惨たらしい戦場の跡地。

 荒れ果てた大地におびただしい数の魔族の死体。血の鉄臭さが漂うそこで、トネットはケロリとした様子で爽やかな食事音を響かせていたのだった。

「戦いぶりを見てましたけどね、今回こそはあわやって場面が何度あったと思います? 七度ですよ、七度。それだけの回数、死にかけたんですよ。気が気じゃなかったんですから」

 いきり立つリリアナの言葉にもトネットが動じる様子はない。黙々と手にした果実を口へと運ぶ。

「なんでいつもいつもそんな調子なんですか。ちょっとは心配する私の身にもなってくださいよう」

 涙目でへなへなとした声を上げるリリアナ。自分のことを心配だと言う女神の頭へと伸びたトネットの手は、しかし彼女のオレンジがかった美しい金髪を撫でることなく、形のいい鼻をつまんだ。

「へにゃ!?」

「ぶっさいくな顔」

「ふぁんですと!?」

 喋りにくいのか、ふがふがと怒りを露にするリリアナだが、せっかくの整った顔も鼻を摘ままれてしまえば形無しだ。どこかコミカルな表情に、トネットは可笑しそうに笑みを浮かべる。

「ふぁなしてくださいぃい」

「はいよ」

 抗議の声にトネットはパッとリリアナの鼻を開放する。

「トネット君はどうしていつもいつもふざけるんですか。私は至って真面目なんですよ!?」

「俺をこの世界から転生させないと、“神格”が上がらないから、か?」

 トネットがそう告げると、リリアナは胸を張って得意げな顔をする。摘ままれた鼻の頭がほんのり色づいているのが何とも格好がつかないが。

「ええ、その通りです。トネット君の転生事情が私の進退にも関わっているんですから、もっと真面目にやってもらいないと困ります」

「なんつーか、そういう事情も一切隠さなくなったよな。会った時は『私はあなたを歓迎します。どうぞこの世界を楽しんでください』とか言ってたくせに」

「だーって、しょうがないじゃないですかあ」

 ぼやくようにそう言い、リリアナは投げやりな仕草でトネットの隣に腰掛ける。

「どっかの誰かさんがチートスキルは欲しがらないわ、なのにどんどんそういうスキルが必要な場所に行っちゃうわで、私が思い描いていた異世界転生プランがおじゃんなんですもん」

 チクチクとした言葉と合わせて、リリアナはその指先でトネットをつつく。そのこそばゆさを堪能しつつ、トネットは隣に座ったリリアナの姿を盗み見る。

 整った顔立ちだけではない。女性らしい曲線を描く体も、身に着けた服飾品のひとつひとつまでもが、トネットにとって理想とも言える美少女としてそこに存在している。そんな存在が隣に座っているばかりか、こうして言葉を交わしているのだ。外面は平静を装っていても、内心はドキドキしっぱなしだ。

「自分の世界でどれだけの人数を転生させたかで神としての等級、“神格”が決まる。それが天界のルールだったよな」

「ええ、そうです。そしてトネット君は映えある千人目。君を転生させれば、私はまたひとつ神として成長するんです。だから、トネット君には早いとこ転生してもらいたかったのに、いつまでも居座るから。このっこのっ」

「いたいいたい。叩くなって」

「とか言いつつ、全然痛がってないのだってわかってるんですからね。全然チートスキルを使わない分、ちゃんと経験積んじゃってるからムダに逞しいのがむかつきます」

 唇を尖らせリリアナがペタペタと触るトネットの身体は、確かに逞しいと表現してもいい程度には筋肉がついて引き締まっている。動きやすさを優先したシンプルな服装に、清潔感のあるすっきりとした黒髪。17歳という年齢の割には落ち着いた雰囲気をまとう少年は、細かな傷が多くついた手に薪を握り焚火へと放り込む。

「俺はこの世界を気に入ってんだよ」

「こんな世界をですか?」

「こんなって……。仮にもこの世界を創ったのはお前じゃないか」

「ええ。すぐ転生したくなるように、割と難易度高目に創ってます。トネット君が元いた世界で人気な“スローライフ”なんて、この世界じゃ早々送れませんし」

「そりゃ、こんだけ魔族だのなんだのが入り乱れて暴れてればな」

 周りを見渡すトネットの視界に映るのは、先程まで自分が戦っていた魔族の成れの果て。成人男性の5倍はあろうかという体躯を持つ奴らは、群れを成してここら一帯を荒らしまわっていたため、トネットの手により1時間とかからずに皆殺しにされてしまった。

 横たわる無数の死体。正視に堪えないもの散見する、凄惨の一言に尽きる光景だが、こんなものは珍しくもなんともない。

 この地域はこと更に酷いが、これまでの二年半で旅をしてきた地域も多かれ少なかれ魔族の脅威に晒されていた。そうした状況に遭遇するたび、トネットは今と同じような光景を何度も生み出してきた。

「大規模魔法に最強の剣技、世界を指揮するカリスマ。望めば時間に干渉するスキルだって、私は君になんでも与えられます。もっと楽にこの世界を生きられるんですよ?」

「楽に、ねぇ。別にそんなことがしたいわけじゃないから、やっぱりいらねぇ」

「なんですか、それ。今までの転生者はこういう話をすれば、一も二もなく飛びついてきたのに。だったらトネット君は何がしたいんですか?」

 問いかけに目の前の女神を見る。

 まさしく自分にとって理想とも言える美少女がいる。だからトネットは、

「恋がしてぇ」

と言い、言った瞬間後悔した。

「あっはっはっはっはっはっはっはっはっ」

 リリアナ、大爆笑。

 夜の静けさなんてなんのその。月まで届けとばかりに笑い声を上げる。

「こ、恋。まさかの恋。なんですか、トネット君。世界中から『勇者』だの『英雄』だの呼ばれる君に似つかわしくないピュアな願望は。あはははは」

 まさしく抱腹絶倒。身をよじるリリアナに、さすがに動機が激しくなる。魔族との戦闘ですら涼しい顔をしていたトネットは、今や顔中に冷や汗を浮かべていた。

 悟った。人を殺すのは鋭いかぎ爪や牙ではない。羞恥心だ。恥ずかしさで人は死ぬ。

「いくらなんでも笑い過ぎだ性悪女神」

「ピュア勇者が何か言ってますね」

「ぐっ」

「おやおや、ぐうの音も出ないとはこのことですか? 大丈夫ですか、そんな調子で。告白の時に声が出なかったりしませんか?」

煽る煽る。それはもう楽しそうに、リリアナはニヤニヤとした嫌らしい笑みでトネットを見やる。

「もしよかったら私で練習しますか? 告白の練習ならいくらでも付き合いますよ。ただしちゃんと喋ってくださいね。『ぐっ』じゃ伝わりませんから」

 ぷーくすくす、と笑う顔の腹立つことと言ったらない。『落ち着いている』『怒らなさそう』『優しい』そう言われることの多いトネットですら、その小馬鹿にした表情には煮えたぎる怒りを覚えずにはいられない。

「あ、そうだ。せっかくだしスキルを使ってくださいよ。転生直後に私が渡した最強のチートスキル、その名も<オールクリア>。これを使えば、一国の姫だろうと身持ちの固いエルフだろうと、どんな存在だって君のことを好きになりますよ。まあ、そんな告白しか出来ない時点で器が知れちゃってるんですけどねぇえ」

 あっはっはっは、と笑い転げるリリアナ。しかし笑うことに夢中になっている彼女は気づかない。その人の良さが世界中に知れ渡るトネットが、これまで浮かべたことがないような表情をしていることを。

 その顔は正に虚無。一切の感情が読み取れない真顔。だが見る人が見れば、感じるはずだ。だからこそトネットはとてつもない怒りを秘めていると。

「リリアナ」

 呼びかける声すらフラットだ。余りにも平坦過ぎる声音は、時として怒鳴り声よりも余程恐ろしい響きを放つ。

「なんですかぁ?」

 笑いに支配されたリリアナはそんなトネットの迫力に気が付かない。未だにニヤニヤと性根の曲がった笑みを浮かべている。

「……そこまで言うならやってやるよ」

「え、何です? 喋るならそんな独り言じゃなくて、ちゃんと声を出してくださいよ」

 ス、とした眼差しからはすでにリリアナに笑われた羞恥心は失われている。視線は冷淡に、しかし絶対の意志を込めて目の前にいる女神を見つめる。

 <オールクリア>。

 その絶大なるチートスキルを、トネットはかつて一度だけ使ったことがある。この世界に転生してきた直後、右も左もわからない彼を導くように現れた女神リリアナから言われるがままに使用したことがある。

 その時は失敗した。絶大であっても絶対ではないと悟った。

 しかし、その当時から二年半の時が過ぎた。自分もすでに異世界転生歴三年目に突入した。多くの転生者がリリアナの作った世界に耐え切れず、次の世界へと転生したらしいが、自分は未だにこの世界で生きている。

 しかも、一切のチートスキルを使わずに、だ。

 いわば猛者だ。誰も到達しなかった転生歴三年目。そこにいる自分は猛者なのだ。

 だから、出来る。転生直後ではダメだったことでも、もう三年目になる自分ならば出来る。

 そう自分に言い聞かせたトネットは、実に二年半ぶりに<オールクリア>を使用する。

 そして、目の前にいる女神へと、こう告げた。


「お前が好きだッ!!」

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