第21話 共存
どうして俺は、放棄都市・東京で生活していたのだろう。
他人と接触することを控え、ひたすら悪魔と戦い、最後の場所を探していた。
けれど
「イズモへようこそ。いや――おかえり、神崎」
人間とは一緒に生きられないと思った。
しかしその裏側にある想いは逆だ。
かつてのように普通の人間として、手を取り合って人々と共に生きたい。そう根底で無意識に願っていたからこそ、一人になるしかない自分に絶望していたのだ。
「悪魔を倒してください、神崎さん……!」
そして怪我をものともせずに、刀を握って立ち上がろうとしている。
「やあーーっ!!」
高い気合の声が空気を震わせる。
振り向くと、白い髪の少女が棍棒を持って
ハル。
俺は戦う彼女の姿を見ながら、受け取ったヘッドセットを耳元に持っていく。
夏見の声が聞こえた。
『……神崎。聞こえるか、神崎』
「聞こえてる」
『北条君なら気にするな。彼はこれくらいで死ぬほどヤワじゃない。最新の世代になるほど、Uファクターで超能力と身体能力が強化されているのだ』
ラージフロッグは長い舌を振り回してハルを応戦している。
しかし博孝と違い、彼女は身軽に敵の攻撃をかわしていた。
隙を見て手にした棍棒をラージフロッグの胴体に叩きつける。しかし、敵の身体にダメージは微塵もなさそうだ。やはり、
俺の隣の博孝は、自分で脱いだ上着で傷口をしばって応急手当をしている。
内臓に損傷を負って吐血したというのに、青白い顔には生気がみなぎっていた。
『人間はそう弱くない。見くびるな、神崎。私たちはお前とも、悪魔とさえ、この世界で共存できる』
「夏見さん、あんた一体、何を」
『話は後だ。まずはそのカエルの化け物を片付けるとしよう。私がサポートし、お前が撃ち抜く。簡単な仕事だろう?』
夏見の冷静な声に、俺は戦闘に意識を戻した。
そう、昔もこうやって、夏見と軽口を叩きながら作戦を実行し、どんな窮地も乗り越えてきたのだ。
「……了解」
意識を研ぎ澄ませ戦闘に集中させる。
棍棒を持ったハルは、ひらひらとラージフロッグの周囲を飛び回っている。
その頭上に、影が差した。
ラージフロッグを屋上まで運搬してきたプテラノドンのような翼竜型悪魔が、夕焼け空を飛翔している。あれが戦闘に参加してきたらまずい。そう思った瞬間、
『問題ない』
その時、足元のクラウドタワーの床が振動する。
屋上にあった球体のガスタンクのような設備が回転し、円筒形の砲台が現れた。
砲台から光線が発射され、
「対空設備は使えないはずじゃ?!」
『念のため、節約した非常用電源の電力を、対空設備に回したのだ』
俺の驚きの声に、夏見が答える。
そうか。あの最初の停電の直後、夏見は「三十分間は非常用電源、それ以降は自前の電力で最低限の設備のみ稼働させる」と言っていた。約一時間もつ非常用電源の半分を、使わずにとっておいたのだ。自家発電に加え、非常用電源の電力を対空設備に回し、砲撃を復活させた。
相変わらず、一歩も二歩も先手を打つ男だ。
夏見の「念のため」と言って余力を残し非常事態に備える姿勢は、いつも俺たちの生死を掛けたギリギリの戦いを勝利へ導く、最後の切り札となった。
今回もまた、その慎重な作戦が俺たちを救おうとしている。
屋上の四隅に現れた、四基の砲台は、プテラノドンを射撃して近づけまいとする。
しかし屋上に居座るラージフロッグは別だ。
ラージフロッグを砲台で狙おうとすると、俺たちを巻き込み屋上の他の設備を壊してしまう。そもそも砲台の膝元にいる敵を狙えないというのもあるが。
だから、あのユニークモンスターは、俺たちで何とかするしかない。
『神崎、あのカエルを屋上から撃ち落とせ。上手くいけば、高所から落ちる衝撃で倒せるかもしれん』
「どうやって追い立てる?」
『北条君の
横目で見ると、博孝はよろよろと立ち上がり、刀を正眼に構えて集中している。
その身体から白い陽炎がゆらゆらと燃え立った。
ゆっくりと博孝の足元から白い炎が広がっていく。
「あっちいな……」
俺も半分悪魔なので、博孝の炎の影響を受ける。
だが、耐えられないほどではない。
炎に気付いたラージフロッグが長い舌を飛ばしてくるが、俺は前方に進み出て、
白い炎が屋上の床を這い、ラージフロッグの足元に迫る。
ヘリポートから動かなかったラージフロッグがここに来て初めて、炎を恐れるように動いた。
「ハル! 適当なところへ退避しろっ」
俺は悪魔と戦っている白い髪の少女に呼びかける。
あいつも悪魔と人間のあいのこだから、この退魔の炎にダメージを受ける可能性が高い。
ハルは俺と博孝を見て頷くと、屋上の端まで退いた。
「落ちろ、悪魔!」
ラージフロッグは蛙特有の、あのバネがたわむような跳躍を見せ、屋上の端まで逃げて俺の矢を避けた。もう少しだ。俺は口の端に笑みを乗せる。
今まで全力の矢を放たなかったのは、俺の攻撃でクラウドタワーの設備を壊さないためだ。
あのラージフロッグは屋上にへばりつくだけで、俺たちに対して人質をとったも同然だった。だが屋上から離れさえすれば、ただの図体のでかい悪魔に過ぎない。周囲を気にせずに戦えれば、それほど苦戦する相手じゃない。
白い炎に
博孝は
あまりこの炎を浴び続けると、俺もダメージを受ける。
ラージフロッグを追って、奴の近くまで踏み込んで追い立てることにした。
今や屋上を囲むフェンスの間際まで追い詰められたラージフロッグ。
窮鼠猫を噛む、という
ラージフロッグは、フェンスを凹ませて空中に退く直前に、長いピンクの舌を俺に向かって伸ばす。
咄嗟に矢を放とうとしたが、
悪魔としての俺が、腹が空いたから他者の命を喰わせろと叫んでいる。
飢餓に耐えるのには慣れているが、そろそろ限界だ。
「……神崎さん!」
背中に博孝の声を聞いた。
防御しようと前方に掲げた
奴は屋上から地上に落下する重力を乗せて、俺を引っ張った。
道連れにでもするつもりか。
六十階建て高さ三八〇メートルのクラウドタワーから、悪魔もろとも俺は空中に投げ出された。
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