File-01 自衛都市イズモ

第7話 合流

 俺は振り返って、葉月はづきと目を合わせた。

 葉月は真剣な顔をしている。

 参ったな。


「……俺みたいな、悪魔だか人間だか分からない奴を連れ帰っちゃ、面倒なことになるだろ」

「わ、私の母はイズモ中央ルーテル教会の司祭です! 母に頼んで、ユウさんに迷惑を掛けないようにします」


 どうしても俺とここで別れたくないのか、葉月は食い下がってきた。

 ルーテル教会とやらがどんな権力を持っているか知らないが、俺が悪魔イービルの力を持っていると知られれば、どういう反応が返ってくるか分からない。

 俺は葉月の彼氏と思われる博孝ひろたかに視線を向ける。

 無言で、どうにかしてくれと訴えた。


「葉月、俺は反対だ。どこの誰かも分からない奴を連れて帰ったら、俺たちのイズモの平和が脅かされるかもしれない」

「でも……」


 博孝は、正体不明の俺を警戒しているようだ。

 武器は降ろして戦闘体勢は解いたものの、眉間にシワを寄せている。

 いいぞ、もっと言ってやれ。

 このままいけば、すんなり別れられると思ったところで、邪魔が入った。

 イズモCESTの支援車両から、軍服を着た少女が降りてくる。

 

「ちょおっと待ったーっ」


 少女は大声で叫んだ。

 イズモCESTの支援車両は、赤色の塗装が施されていて、消防車に似ている。だが、特殊な加工のされた窓ガラスは内部が見えず、車の側面にはアンテナのような機器が取り付けられていた。

 車両の近くには、博孝の仲間と思われる銃を持った体格の良い男が、困惑した表情で立っている。


「みつる?」


 話に割り込んだ少女は、短めの三つ編みにピンク色のリボンを付けていた。

 大人しそうな外見に反して行動は積極性に溢れている。

 みつると呼ばれた彼女は、俺をギッと睨んで、人差し指を突きつけてきた。


「あなたの名前!」

「はい?」

「イズモCESTのデータベースに登録がありました! 神崎優かんざきゆう! 間違いないですね?!」


 唐突に名前を呼ばれて、俺は目を見開く。

 そうだ、イズモは元第一次EVEL対抗部隊の夏見さんが作った組織だと、葉月が言っていた。それならデータベースに俺の名前が残っていても、不思議ではない。


「……人違いじゃないかな」

「いーえ、黒麒麟ナイトジラフの反応もありました。私のESPは精神感応テレパス。嘘や隠し事はできませんよ!」


 誤魔化そうとしたが、みつるは一歩も引かない。


「データベースに残っているプロフィールは、虫食いだらけでした。第一次EVEL対抗部隊の狙撃手スナイパー、神崎優。十八年前の新京都EVEL侵攻事件の際に行方不明……想定される年齢より若すぎるので本人か不明ですが」

「いや若すぎるだろ。仮に当時二十歳だとして少なくとも四十近いよな? 俺と同じくらいの年齢に見えるぞ」


 博孝が胡散臭そうに俺をじろじろ見る。

 昔から若く見えると言われていたが、そのせいもあって今も十代に見えるようだ。


「だから本人かを確認するためにも、イズモに来て頂く必要があります!」

「勘弁してくれ……」


 みつるの主張に俺は溜め息をついて、無意味に空を見上げた。


「ユウさんが第一次EVEL対抗部隊にいたというのが本当なら、副隊長だった夏見おじさまと知り合いなんですか?」


 葉月が恐る恐る問いかけてくる。

 懐かしい名前に、頬が緩む。


「夏見さんは生きてる?」

「は、はい……お元気ですよ」

「そうか。良かった」


 それだけ分かれば十分だ。

 昔の仲間が元気だと聞いて嬉しいが、彼の方は俺と違い確実に老いているだろう。過ぎ去った月日は、俺と仲間たちを遠く引き離した。

 うっかり複雑な心境が顔に出ていたのだろう。夏見と面識がある事実が、雰囲気で周囲に伝わったようだ。博孝が「マジかよ」と俺を凝視する。


「それなら! 夏見おじさまと会ってください! おじさまもきっと会いたがっています!」


 葉月が勢い込んで言う。

 十八年経っても若い俺に、夏見はどう思うだろう。

 断ろうとして、躊躇う。


 俺は……夏見さんに会ってみたい。

 死ぬ前に一度は顔を合わせ、あの頃の俺たちの決断が正解だったかどうか、意見を聞いてみたい。彼の言葉を聞けば、この胸の奥で冷たい小石のように沈んだ想いが、少しは軽くなるだろうか。


「会う……だけなら」


 口の端からこぼれた言葉に、葉月の表情が明るくなる。

 俺はハッと我に返って続けた。


「まずは通信で問い合わせしてみろよ。神崎優を名乗る不審な男、しかもイービルウイルス感染者かもしれない奴を、街の中に入れてもいいかどうか」


 のこのこ付いていって、悪魔と勘違いされて捕獲、尋問されるなんて真っ平ごめんだ。葉月には悪いが、怪しい気配があれば逃げ出そうと、俺は心に決めていた。


「不審者って、自分で言うなよ……だがもっともな話だな。イズモが受け入れるかどうか、確認しないといけない。みつる、本部に報告して問い合わせてくれ。結果が返ってくるまで、 この件は保留で」


 博孝が指示を出す。どうやら彼はチームリーダーらしい。


 俺たちは場所を移動することにした。

 ここは悪魔の死体が転がり、火事が発生していて、落ち着ける場所じゃない。

 葉月も合流したので、東京に向かう必要は無くなった。

 イズモCESTの支援車両で、イズモ方面に移動を開始する。


 成り行き上、途中まで一緒に行くことになった俺は、気まずい気持ちを抱えながら、支援車両に乗せてもらった。

 車両内部はモニタールームのようになっていて、複数の座席がある。

 外から見るより内部の空間は広いが、俺と葉月、博孝とみつる、それに名前の知らない大男とポニーテールの美女、六人も入ると手狭に感じる。


 小一時間ほど車に揺られた。

 その間、車内は緊張感が漂っていた。

 見知らぬ俺という不穏分子を乗せているのだから、無理もない。


 いい加減、沈黙に我慢しきれず「やっぱり東京に戻ろうか」と思ったところで、モニターの前に座ってコンソールを操作していたみつるが振り返った。


「問い合わせ結果、来ました」

「なんて?」

「神崎さんをイズモに連れてくるように。ただし、くれぐれも武器を向けたり尋問したりせずに、丁重にもてなしてください。夏見総司令の友人として扱え、と」


 みつるの声は僅かに震えていた。

 車内にさっきとは別の緊張感が漂う。

 要はVIP待遇ってことか……? 大袈裟なことになってきたな。


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