第6話 招致

 俺の黒麒麟ナイトジラフは弓の形をしている。

 弓本体の色は漆黒。黒麒麟ナイトジラフシリーズが何故、黒いかと言うと、単純に戦闘の汚れ、血や汗が隠しやすいからだ。

 反りのある半月の弓は、和弓ではなく洋弓、リカーブボウと呼ばれる弓に似ている。

 

 裏話をすると、俺は悪魔の侵攻が始まった当時、剣も銃も扱ったことのない普通の高校生だった。

 お前には霊力がある、戦うために武器を選べと言われ、俺は消去法で弓を選択した。後ろで矢を射るだけなら、自分にもできるかと思ったからだ。それが甘い打算だったと今なら言える。弓兵も結構大変なのだ。


 ともあれ、昔は弦を引くのも苦労したが、戦闘に慣れた今は流れるように武器を扱える。


「……そこにいるのは分かっている」


 黒いきりで攻撃してきた相手の姿は見えない。

 だが俺には、亜空間に潜む奴の、だいたいの位置が分かる。

 あとは撃ち抜くだけだ。


 血のように赤い光の矢を、黒麒麟ナイトジラフにつがえる。

 滑らかに打ちおこし、狙いを定めて光の矢をリリースする。

 

 解き放った矢は途中で複数に分裂し、火事の炎と煙が舞う、何もない空に突き刺さった。

 キン、と空間が裂ける音と共に爆裂音が響く。


「よく僕のいる場所が分かったね。褒めてあげるよ!」


 先ほどまで何も無かった空に現れたのは、コウモリ型の翼と角を生やした、赤い目の少年の姿だ。

 少年は貴族の子供のように悪趣味な燕尾服を着ている。

 一見、人間に近い姿だが、赤い目を見るまでもなく、異質さが動作の端々から溢れていた。これは人間を真似しているだけの別の生き物だと、本能に訴えかけてくるような存在感だ。

 

 上級悪魔。

 この世界にイービルウイルスをばらまいている、異界からの侵略者だ。


黒麒麟ナイトジラフが二匹……回収の手間が省けてラッキーだな」

「へえ、奇遇だ。俺も幸運だよ。ここで上級悪魔を一匹やれるんだからな」


 俺は冷笑した。

 それまで新たに現れた敵に呆然としていた博孝ひろたかが、刀をにぎりしめて動く。


「この悪魔め!」


 博孝は少年に向かって斬りかかる。


「はははっ、人間が僕と鬼ごっこするなんて、百年はやい!」


 哄笑をあげる悪魔の少年の姿が、すうっと空に溶ける。

 博孝の刀は空振りに終わった。


 奴は空間を渡って逃げようとしている。

 俺は目を細めて、弓に光の矢を装填した。

 素早く何もない空を撃ち抜く。

 空間が割れる。

 被弾した片腕をおさえて、驚愕した顔の少年悪魔が再び出現した。


「な、なんだと?! 偶然じゃないのか? 空間ごと、僕を捕捉するなんて……こんなことができるのは」


 少年悪魔は、今ようやく気付いたという風に俺を見る。


「お前は、突然変異抗生体ゼロイレギュラー! 東京から出てこないと聞いていたのに!」

「なんだよ。最近、遊びにきてくれないから退屈してたんだぜ。お前ら、俺を避けてたのか?」


 放棄都市・東京にこもったのは、そこに巣くっていた上級悪魔を倒す目的もあった。

 ただ、苦労して倒した後、上級悪魔は俺を避けるように現れなくなっていた。


「う……」


 少年悪魔の顔に恐怖が浮かぶ。

 おかしいな。お前らが、俺たちの世界を侵略してきたのに。殺す覚悟はあっても、殺される覚悟はなかったというのか。


「……"あけ天泣てんきゅう"」


 連続して放った矢で敵の動きを止めると、とどめの一撃に力をこめる。

 俺の周囲で螺旋を描いて赤い光の粒が収束していく。


「うああああああっ!!」


 少年悪魔は悲鳴を上げると、いきなり自分の手足を引きちぎった。

 そして赤い靄になって拡散する。

 

「ちっ」


 俺は舌打ちして必殺の一撃をキャンセルした。

 どうやら奴は敵わないと考えて、自分自身をバラバラにして亜空間に転送したらしい。力は失っても、生き延びることを優先したのだ。

 親玉が退却したことに気付いたのか、周囲を取り巻いていた下級の悪魔が次々と去っていく。

 戦闘終了。

 黒麒麟ナイトジラフを、自分専用の亜空間に送還する。

 空間を操作できるのは、俺が悪魔イービルと人間のハイブリッドだからだ。


「あんたは……」


 博孝が戸惑った様子で俺を見ている。

 瞳の色をもとに戻したので、今の俺は一般的な黒目黒髪の日本人に見えることだろう。

 事情を説明するのは面倒だな。


「割り込んで悪かった。俺は、東京で偶然、葉月はづきと会って保護しただけだ。お前らと敵対するつもりはない」


 何を言おうか迷っている博孝に、先手をうって説明する。


「葉月を連れて帰れ。ちゃんと好きな女の子は、最後まで守り抜くんだぞ」


 余計なお節介だろうな、と思いつつ、片手をひらひら振って言うと、そのまま背を向けようとした。

 東京へ帰ろう。

 水をやらないと、ベランダの野菜が干からびてしまうからな。

 別れる気満々だった俺の背に声がかかる。


「待ってユウさん!」

 

 葉月だ。


「助けてもらったお礼がしたいんです。イズモに、一緒に来てください!」


 

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