第5話 DNA鑑定

「そうなると今、お前が入部している部活を辞めて剣道部に入る、ってことになるわけだな?」


 浅野は自分に言い聞かせるように尋ねた。


「はい」


「今のお前の部活は確か…」


「新聞部です」


「そうか…、やはり文科系の部活の部員にロクなヤツはいねぇな…。まあ良い。お前がそこまで覚悟しているのならお望み通り、DNA鑑定でも何でもしてやるよ。でも、やっぱりタバコを吸ったのは吉良たちだと思うがな…」


 浅野はニヤリと笑った。


「どうしてですか?」


「ゴミ箱に捨てられてた10本のタバコの吸殻のうち1本だけ、タバコの吸い口に微かだが焼け焦げた痕があったんだよ」


「焼け焦げた痕?」


「そうだ」


「それが吉良たちがタバコを吸ったことと一体、どう繋がると言うんですか?」


「タバコを初めて吸う奴が犯しがちなミスなんだよ」


「犯しがちなミス…」


「ああ。恐らくタバコの吸い口に間違って火を付けちまったんだろう、それで慌てて消した、ってところだろうぜ」


「でもそれだけでは…」


 照雄がそう言い掛けると浅野は煩そうに手を振ると、


「分かった、分かった、それだけじゃあ果たして吉良たちが本当にタバコを吸ったかどうか分からない、ってそう言うんだろ?」


 と答えた。


「はい」


「だからDNA鑑定をさせてやるよ。それで良いな?」


「はい」


「但し、もしやはりタバコを吸っていたのが吉良たちだ、ってことになったら、その時は…」


「分かっています。俺も剣道部に入部します」


「分かっているならそれで良い」


「ですがもしタバコを吸っていたのが吉良たちでなければ、どうなさいますか?」


 照雄の疑問は当然過ぎるものであったが、浅野にとっては意外なものであったらしく、「なに?」と驚いた様子で聞き返した。


「もしタバコを吸ったのが吉良たち図書部の部員だった場合、吉良たち図書部の部員と共に俺も新聞部を退部して剣道部に入部する、という形で責任を取るわけですから、その逆の場合、つまりもしタバコを吸ったのが吉良たち図書部の部員でなかった場合、浅野先生は果たしてどんな責任を取られるんですか?」


「何を馬鹿なことを…」


「馬鹿なこと、ですか?」


「当たり前だろうがっ!教師が生徒のために責任を取る、なんてそんな馬鹿な話がどこの世界にあるんだっ!あっ!?」


「それはおかしいっ!図書部を廃部にする上、図書部員の吉良たちは剣道部に強制入部、というとんでもない条件を吉良たち呑まされるわけですから浅野先生だってそれ相応の責任を取られることをDNA鑑定の条件とすべきでしょうがっ!」


「うるせぇっ!誰が責任なんか取るかっ!」


 誰が責任なんか取るか、そのあまりにも身も蓋もない責任回避の抗弁に士郎は最早、腹も立たず、それどころかある種の爽快感さえ覚えるほどであった。


「もう良いから」


 士郎は照雄と浅野の間に割って入った。


「良い、って何だよっ!これはお前だけの問題じゃなく、図書部の部員、全員の問題でもあるんだぞっ!?」


「確かにそうだ。部員全員の問題だ。だがこのまま、責任を取る取らないの水掛け論に終始しても仕方ないだろう?それは時間の無駄、ってヤツだろう?」


 士郎がそう諭すと照雄も直ぐにその通りだと悟り、黙り込んだ。


「そにれDNA鑑定を受けられるだけでも御の字さ。俺たち図書部の部員が潔白であることを証明する機会に恵まれたわけだからな」


「吉良…」


 そこへ浅野が、「大した自信だな」と割って入った。


「ええ。事実、俺や部員はタバコなんか吸っていませんから」


「どこまでそう強がっていられるかけだし見物だな」


「浅野先生」


「何だ?」


「条件、というわけではありませんが、もしDNAが一致しなかった場合、図書部廃部と剣道部への強制入部は取り下げて頂けますね?」


 士郎がそう提案すると流石に浅野もそれは尤もな提案である、と悟ったらしく、


「良いだろう」


 と答え、「それで良いですね?」と学園長の保科にも同意を求め、保科もそれにうなずいた。


 士郎は浅野に微笑してみせた。


 その日の放課後、士郎たち図書部の部員は浅野の運転するワゴン車に乗り込むと霞が関へと向かった。霞が関にある法科学鑑定研究センターという研究機関でDNA鑑定を受けるためである。付添人として図書部の顧問でもある喜連川と、それに照雄も同乗した。


 この法科学鑑定研究センターを推薦したのは学園長の保科が大塚学院の3号理事として迎えた弁護士の千坂(ちさか)であった。千坂は元刑事、という異色の経歴の持ち主であり、保科は元刑事でもある千坂にDNA鑑定の件を相談したのだ。正確なDNA鑑定ともなると、警察OBのいる研究機関にDNA鑑定を依頼するのが良いだろうと、は考えて元刑事である千坂に相談した結果、この法科学鑑定研究センターを紹介された、というのが推薦にいたった経緯である。


 法科学鑑定研究センターで士郎たちは研究員からDNA鑑定に関する説明を受けた。その研究員もやはり警察OBであった。千葉県柏市にある警察庁の外局にあたる科学警察研究所の法科学第一部の生物第三研究室で研究員としてDNA鑑定に携わっていたという正にDNA鑑定のエキスパートであった。その研究員の説明によるとタバコの吸い口に付着しているであろう唾液からDNAを採取するのは極めて困難であり、仮に採取に成功して、尚且つ士郎たち図書部の全部員のDNAとを比較照合出来る成功率はタバコの吸い口に付着しているであろう唾液の保存状態によっては5%以下であること、更に鑑定期間はやはり唾液の保存状態によっては最長で1ヶ月以上もかかるかもしれないこと、といった説明を受けた。士郎は思わずゴクリと唾を飲み下した。そして研究員からの説明を受けた後、士郎たち図書部の部員はDNA採取の合意書面にサインしてからめん棒を使って口内からDNAを採取してもらった。


 帰り際、士郎は浅野からの「家まで送ってってやろうか?」という申出をにべもなく断り、その別れ際に、


「もしDNA鑑定が不首尾に終わったら?」


 と尋ねた。それは部員のみならず顧問の喜連川や照雄も聞きたがっていたことでもあった。


「その場合はお前たち図書部の部員がタバコを吸ったものと看做す」


「…推定無罪の原則はない、ってことですか…」


「そういうことだ」


「一つ、お願いがあります」


「何だ?」


「鑑定結果は保科学園長宛てに届くんですよね?」


「そうだ」


 通常は被験者、即ち、士郎たち図書部の部員に鑑定結果が届けられるのだが、今回は士郎たち図書部の部員に降りかかった疑惑、つまり図書室のゴミ箱に捨てられていたタバコの吸殻が果たして士郎たち図書部の部員が吸ったタバコなのかどうか、その真偽を正すための鑑定である。もし仮に士郎たち図書部の部員にとって都合の悪い鑑定結果、即ち、士郎たち図書部の部員が吸ったタバコの吸殻である、との鑑定結果が出た場合、士郎たちにその都合の悪い鑑定結果を送付すれば廃棄するかもしれない…、実際にそんなことをすればタバコを吸ったのは自分たちですと自白したも同然でそんな馬鹿なことをするわけがないのだが、それを危惧した浅野が士郎たち図書部の部員に鑑定結果を送付することに強硬に異議を唱え、俺の手元に鑑定結果をと主張し、それに対して士郎たち図書部の部員は元より顧問の喜連川までもが異議を唱えた。もし鑑定結果 がその逆、浅野にとって都合の悪いものである場合、即ち、士郎たち図書部の部員が吸ったタバコの吸殻でない、との鑑定結果であった場合には今度は浅野が鑑定結果を廃棄するかもしれない…、士郎としてはそちらの方の可能性が大いにあると思っていた。結局、折衷案として第三者の立場である学園長の保科宛に鑑定結果を送付することで合意を見た。


「その鑑定結果ですが、もう一度、体育館に全校生徒を集めてそこで開封してもらえませんか?」


 士郎の提案に浅野はニヤリと笑った。


「それは中々、良いアイディアだな。全校生徒の集まる前でお前たち図書部の部員の恥を晒せるわけだからな」


「それでは了解して下さいますね?」


「良いだろう」


 士郎以外の部員は信じられない、といった表情で士郎を見詰めた。


「他に何か言い遺しておきたいことはあるか?」


「ありません」


 士郎がそう答えるとワゴン車が動き出した。


 士郎以外の部員と喜連川を乗せたワゴン車が士郎の前から走り去るのを照雄と共に見送った。照雄もやはりも、士郎と同様、「車で送ってやろうか」という浅野の申出を断ったクチであった。


「ったく、無茶苦茶だな…」


 ワゴン車が走り去るなり、照雄はそう呟いた。


「全く同感だな」


「でももし鑑定不能だったら…」


「その時はその時さ。それにお前は俺と違って頭が良いんだから何とか逃れられるだろう」


「吉良…」


「それに鑑定不能、なんて事態にはならないと思うぜ」


「どうして?」


「それは…、研究所の技術力をもってすればタバコの吸い口に付着した唾液から必ずやDNAを採取出来ると思うぜ」


「随分と自信があるんだな」


「まあ、な…」


「あの研究員も言ってた通り、タバコの吸い口に付着しているかもしれない唾液から確実にDNAが検出出来るとは限らないんだぜ?」


「いや、確実に検出出来ると思うぜ」


「えっ?」


「あっ、いや…、ただそう思う、ってだけで…」


「そうか…」


 照雄は訝しげに士郎を見た。


「…それにしても体育館で全校生徒の前で鑑定結果を開封する、だなんて一体、どういう料簡だ?」


「別に…、ただギャラリーは多いに越したことはないからな」


「ギャラリー?」


「いや、俺の独り言さ」


 士郎は微笑した。


 浅野は図書部の部員と顧問の喜連川を家まで送り届けてやると再び学校へと戻って行った。法科学鑑定研究センターへと向かう前に久しぶりに学校に姿を見せていた理事長の内藤から、顧問と部員を家に送り届けたら学校に立ち寄るようにと命じられていたからだ。久しぶりに学校に姿を見せた内藤は浅野から喫煙の件を打ち明けられた上で、DNA鑑定のことも伝えられてあった。事後報告ではあったが内藤はうなずいた。


 浅野は駐車場にワゴン車を定位置に駐車させてから理事長室へと向かった。


 そして浅野は理事長室に入ると、「DNA鑑定の件、本当にうまくいくんだろうな?」という理事長の内藤の声で出迎えられた。


「勿論ですよ」


 と浅野は胸を張った。


「図書室のゴミ箱に捨てられていたあのタバコの吸殻は間違いなく、吉良たち図書部の部員が吸ったものだ、と言うんだな?」


「ええ」


「だが…」


「良いですか?あの図書室でタバコを吸える人間、と言えば図書部の人間以外にはいないんですよ」


「それはそうだが…、どうも出来過ぎているような気がするんだが…」


「出来すぎている?」


「その誰か…、吉良たちに罪を被せようとする何者かが仕組んだ罠、とは考えられないだろうか…」


 内藤は浅野をちらりと見た。浅野はそんな自分に対して向けられた内藤の視線の意味するところを察して、


「まさか、この俺がそんな…、吉良に罪を擦り付けるような、そんなマネをしたとでも思っているんですか?」


 そう抗議した。


「まあ、少しは、な…。どうやらお前は吉良に対して遺恨があるようだからな…」


 内藤も浅野と吉良との因縁については学園長の保科より報告を受けていた。


「確かにその通りですが、そんな教師生命を危うくしかねないような馬鹿なマネをする筈ないじゃないですか」


「それはその通りだが…」


 と内藤は一応、そう答えたものの、その一方でこいつならやりかねん、とそう思う自分もいた。


「良いですか?吉良たち図書部の部員が図書室でタバコを吸ったと思われる昨日の火曜日、その日も司書の勤務時間は午前8時15分から午後4時までです。朝、出勤した司書はまずは図書室を掃除します。その際には当然、図書室のゴミ箱を確認します。ゴミ箱にタバコの吸殻はあればその時点でこの俺に報告がある筈です。だがそんな報告はなかった…」


「つまりタバコを吸ったのは昨日の午後4時以降、ということだな?」


「そういうことです。そして今も申し上げた通り、司書の勤務時間は午前8時15分から午後4時まで、途中、昼休みがありますが、その場合には代わりに司書補が図書館で目を光らせています」


「つまり昼休みにタバコを吸うことも不可能、ということだな?」


「そうです。そんな司書や司書補の目が光っている図書館でタバコの煙をくゆらせれば直ぐにバレますから」


「確かにそうだな」


「つまり司書や司書補がいなくなる午後4時以降に図書室でタバコを吸った、ということですよ」


「そうだな…」


「そして午後4時以降にあの日、図書室を利用したのは図書部の人間だけです」


「そして昨日は吉良が図書室を施錠したんだったな?」


「その通りです。昨日は吉良が他の部員たちを見送ってから施錠したそうですから」


「他の部員たちを見送った?」


「ええ。これはさっき部員たちとそれから顧問の喜連川先生を家に送り届ける際に聞かされた話なんですが、吉良は昨日は調べ物があるから、ということで部員っちを見送ると図書館で調べ物をしていたそうです」


「調べ物をねぇ…」


「ええ。ですがそれは本件とは関係のない話ですから。それよりも大事なことは今も申し上げた通り、吉良が施錠した、ということですよ」


「そうだったな。吉良が施錠すると図書室の鍵を喜連川に返し、それ以降、喜連川から図書室の鍵を借りに来た人間は一人もいない…、つまり図書室は完全なる密室、というわけだな?」


「そういうことです。つまり図書室でタバコを吸ったのは図書部の部員だけ、という状況証拠になるわけですよ」


「だがあくまでも状況証拠に過ぎん…」


「だからこそのDNA鑑定なんですよ」


「確かにそのタバコの吸い口に付着しているであろう唾液から検出されるかもしれないDNAと吉良たち図書部の部員のDNAとが一致すればそれはもう吉良たちがタバコを吸ったという動かしようのない物的証拠、ということになるが、問題はDNAが一致しなかった場合だ。その時はタダでは済まさんぞ?」


 内藤はジロリと浅野を睨んだ。浅野は立ち竦んだ。


「はあ…」


「良いか?今回のタバコの一件を利用して、図書部の顧問であり2号理事でもある喜連川を図書部の不祥事に関して顧問としての管理責任を問わない代わりに我が内藤派に引き入れることができれば、学園長の保科を追い出すのに必要な理事数に達する…、そう言って今回のタバコの一件を大事にすべくDNA鑑定をすることにしたと、そう持ちかけた、と言うよりは事後報告したのはお前なんだからな?」


 今、この大塚学院の経営を巡って今、理事長の内藤と学園長の保科の二人が抗争を繰り広げていた。勿論、表立って対立することはないが、それでも裏では暗闘を繰り広げていた。特に学園長である保科は1号理事でもあり、隙あらば理事長の座を狙っていた。勿論、理事長の内藤もそれは知っており、その前に保科を解任すべく理事会に諸々の工作を施していた。即ち、理事会の構成員である理事を自陣営に引き入れるべく工作を施していたのだ。尤もそれは保科にも言えることであり、やはり理事を自陣営に引き入れるべく内藤と同様、理事を自陣営に勧誘していた。


 今の大塚学院の理事会のメンバーは理事長の内藤、1号理事の保科、それに2号理事として副学園長の奥野、教務主任の喜連川、学年主任の進藤、進路指導主任の小山、生活指導主任の浅野がおり、更に3号理事は大塚学院のOBで占められており、DNA鑑定の場に同道した弁護士の千坂と、それに同じく弁護士の色部、公認会計士の芋川というメンバーであった。このうち理事長である内藤派には副学園長の奥野、学年主任の進藤、進路指導主任の小山、そして身内に当たる生活指導主任の浅野がいた。


 学園長である保科を大塚学院から追い出した暁には副学園長の奥野には念願の学園長の座を、学年主任の進藤には二階級特進、教務主任である喜連川を飛び越えて副学園長の座を、そして進路指導主任の小山には進藤の抜けた学年主任のポストを与える、という手形を切ることで自陣営へと引き込んだのだった。


 翻って学園長である保科派には3号理事の千坂、色部、芋川がいた。3号理事は全て保科が連れてきた人間であり、内藤の不正を発見すべく陰で帳簿を引っくり返して調べさせていることも、やはり内藤は知っていた。


 保科が3号理事を使って内藤を追いつめようとする理由はただ一つ、2号理事には保科派と呼べる人間が一人もいなかったからだ。


 辛うじて教務主任の喜連川は中立派であるが、それでも保科派というわけではなかった。そこで保科は内藤の不正を発見することで、中立派の喜連川を自陣営へと引き入れようと狙っていたのだ。内藤解任の口実を見つけることが出きれば場合によっては内藤を刑事告発することも可能であり、そうなれば喜連川とて保科派につく可能性があり、それどころか今は内藤派のツラをしている奥野らも、不利と悟ればあっさりと内藤派を裏切り、保科派にそれこそ雪崩をうつが如く、つく期待が持てた。それゆえ保科は内藤の不正発見に血道をあげていたのである。


 内藤はそのことを熟知していたので、喜連川を何としてでも自陣営に誘わねばと思っていた。何しろ自派には奥野、進藤、小山、それに身内である浅野という4名もの2号理事がいるのに対して、保科派には千坂、色部、芋川の3名の3号理事がいるのみであったが、しかしその数の差も1名差のみであった。無理やり数の力で保科を解任に追い込もうとすれば、場合によっては中立派である喜連川がそんな強引なやり方に反発して保科派につく可能性もあった。そうなれば共に4名の同数となる。いや、喜連川にそこまでのガッツがあるとも思えなかったが、しかし、何事にも絶対ということはあり得なかった。そこで喜連川も内藤派に引き入れることが肝要であった。


 本来ならば教務主任の喜連川には副学園長のポストで釣るのが順当であろうが、副学長のポストに関しては既に学年主任の進藤に副学長昇進という手形をきってしまったので喜連川にも同じ副学長昇進、という手形をきってしまえばどちらかの手形が不渡りとなってしまう。


 内藤を学園から追い出した後でどちらかに振り出した手形を空手形にしてしまう、という手もあったが今後の学校運営を考えた場合、人事の手形を不渡りにするのは避けた方が賢明ではあった。それよりは確実に喜連川を自陣営に引き入れられるためのネタを今こそ使うしかないと、内藤は決意していた。


 そのネタというのは喜連川が教務主任として教科書会社や旅行会社からバックマージン、それもかなりの額を手にしているという事実であり、しかもその金でもって荻窪に女を囲っていることまで内藤は握っていた。無論、女の素性についても知っていた。それをネタに揺さぶればあの優柔不断な喜連川のことだから直ぐにこちら側へと引き入れられるだろうと、内藤はそう確信していた。


 そこへ降って湧いたような喫煙疑惑であった。図書部の顧問でもある喜連川の管理責任を不問に付すかわりに自陣営へと引き入れる工作を浅野から事後報告に近い格好で内藤は打ち明けられたのであった。問題は果たして本当にタバコの吸い口に付着している唾液のDNAが吉良たち図書部の部員のそれと一致するかどうかであった。


「…分かっています」


「分かっているなら大変、結構。精々、タバコの吸い口に付着している唾液のDNAが吉良たち図書部の部員のDNAと一致することを祈るんだな」


 内藤はそれだけ言うとさっさと出て行け、とばかりに、まるで犬を追い払うかの如くにしっしっ、と右手を払って見せた。

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