柔術とある日常

雲出鋼漢

第1話 コオロギ

 自分が思い出せる限りのもっとも古い記憶は、素手でコオロギを潰したものである。

 祖父が捕まえ、渡してきたコオロギを、力加減を誤って潰してしまった。

 泣いたのを覚えている。


 それを原体験としてか、自分は他者に対して全力を出すということにひどく抵抗があった。


 学生時代の少林寺拳法や、自衛隊時代の徒手格闘もそうだった。本気にならなくてもそこそこ通用したせいもあった。

 柔道やレスリング、ボクシングなど、競技人口が多くてちゃんと強い人間が多い競技をやっていれば違ったのだろうが、型メインの軟弱な護身術や日本拳法もどきでは、このトラウマは消えなかった。


 しかしブラジリアン柔術は違った。

 山奥にある小さな道場でやっている、少人数の団体だというのに、全員が強かった。

 体重90キロ弱の自分が60キロの人間にいいように遊ばれた。

 今の自分では何をやっても勝てないと思った。


 そうやってトラウマを克服し、今でも柔術を続けている。

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