少女達は花を捨てて
突然のお手紙をお許しください。それも十分な故あってのこと。何もかもを告白しなければ、ここを去ることはできぬのですからー。
まるで、昨日のことと同じように覚えています。
細い、やわらかなお髪を、淡い紅色のリボンで結ったお垂髪が、萌黄の銘仙に寄る辺なく揺れておりました。海老茶袴の裾にまろびそうにしながら、数いる新入生の中でも小さく、可愛らしい貴女。
ホールに入ってきたそのときから、私はもう、目が離せませんでしたの。
まだあの頃は、髪を一人で上手に結えなかったでしょう。校舎や寄宿舎で見かける度、不思議な形に結わえられたお垂髪を、細いあごの両側に奔放な蝶々が飛んでいるようだと、微笑ましく思っておりました。
本当にずっと、見ていたの。そして、日に一度、二度、すれ違うだけで私は十分幸せでした。
上手く行き合えない日は物寂しくやり過ごし、明日、きっとお元気な姿を見られるようにと祈りました。遠くに見かけるだけで弾む胸を、袂を擦り合わせた日にはもう、あの、空まで飛んでいけるほど、私は幸福に満たされましたの。
いつも一人、物憂げに遠くを見やると気がついた頃、貴女の美しい横顔に見惚れる同志がもう、たくさんいました。本当は、胸の奥にそっと秘めていたかったものを、彼女たちは囁きかわすことで結束を強めます。私はただ、貴女を遠くから見守るだけの存在でありたかった。
けれど、色に出けり我が想いは、ついに、問われてしまった。
あの、子雀と呼んだことをお許しになって。そう呼ぶことで、ほんの少し、可愛らしいお顔が曇るのさえ、貴女に触れられたようで、本当に嬉しかった。それが、どれだけ残酷で、非道なことであったでしょう。思い至ったときにはもう十分に遅かったのです。皆、貴女の同級生でさえ、子雀と呼ぶ。
子雀と、呼んでしまう。
僅か噛みしめた唇に、滲んだ心は如何程であったでしょう。私は本当に残酷でした。
無邪気な少女達の戯れと、ただひたすら、赦しを乞うことしかもうできません。せめて、貴女がうなずいてくれるのを目にできればよかったけれど、勇気のないために、懺悔のお手紙を認めることが弱い私の精一杯なのです。
これをお読みになる頃には、つい数日前まで同じ境遇であった、うら若い生徒たちの前に立っていることでしょう。愛らしいひとのいない校舎で、寂しい心を抑えて、日々を送っていることでしょう。
しかし、桜を見上げれば、必ず思い出します。貴女に初めて目を奪われた、あのとき、肩口に揺れたやわらかなリボン。淡い紅色はまさにかの花片、そのものでしたので。
あわれ、あえかな少女時代を捨て行くことでしか、生き延びられない明日よ。
どうか、貴女に集う一人がこうして、美しい想い出を抱え去ったことを、忘れないでくださいまし。
さようなら、可愛らしいひと。
一花さん――
早 咲 き の 桜
昨日去る人より
差出人の名はありません。洋紙を丁寧に畳んで、淡い紅色の封筒にしまいました。
「どなたから?」
無邪気に尋ねる友人に曖昧に微笑んで、一花は外を眺めやりました。真っ青に晴れた空、学舎の入り口には、今まさに、桜が満開を迎えていました。
折しも、春風が少女たちの袂をさらいます。吹き込む風は非道にも、淡い花弁を引きちぎる。声なき悲鳴を上げ、わっと舞い込んだ吹雪に、友は思わず顔を背けました。一花は、ただ凛と、立ち尽くしました。
まともに風を受ける少女の白い面を、悲鳴は容赦なく打ち据えます。しかし、その一片はひたりと、やわらかな唇にしがみつく幸運を得ました。
「とてもお優しい方から、お手紙なの」
小さく呟いた言葉は、全て、あえかな花が吸いとって、少女は唇にそっと、白い歯を立てました。
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