第36話・わたしの後ろにあるものを

 そろそろ落ち着いた頃かなー、と思って電話してみた。

 …緒妻さんに直じゃなくって大智の方に、ってところが気後れってやつだと思うのだけれど。


 『そりゃーまあ、オズ姉のことだから問題ないんじゃね?』

 「ちょっとー、試験の間中ずっと会場前で待ってた割には頼り無い感想なんじゃない?」

 『リン姉、なんでそう見てきたようなこと言うんだよ』

 「違うとでも?」

 『…違わないけどさ』


 やっぱりね。


 『けどセンター試験の中身なんか俺に聞かれてもわかんねーもんな。二日目終わって出てきた時には、会心の出来だった~、って言ってたけど』

 「なんだ。じゃあ大丈夫なんじゃないの」

 『って思うだろ?だからさ、問題ないだろ、って』


 わたしが聞きたかったのは緒妻さんの試験の出来じゃなくて、緒妻さんが試験をどう終えたか、なんだけどね。ニュアンスが微妙過ぎて大智には伝わらなかったらしい。

 でも大智がそー言うんなら、センター試験の結果はそんな悪くはないんだろうね。二次試験に向けて頑張れ、緒妻さん。


 『…あー、それとさ、リン姉』

 「ん?なに?」


 話は終わったので通話を終えようとしたとき、大智がなんだか遠慮がちに聞いてきた。珍しい。


 『…あのさ、アキとつきあい始めたって、マジ?』


 ………言ってなかったなあ、そういえば。

 隠すつもりもなかったんだけど、わざわざそのことだけ大智に言うのもなんか違うような気がして。


 「秋埜に聞いた?」

 『他に誰から聞くんだよ。めっちゃ嬉しそうに惚気るもんだから、俺もオズ姉のこと惚気返してやったい』

 「他の人が聞いてたら糖尿病になりそーな会話だったろーなあ…」


 けど、秋埜が大智にわたしのことを惚気てた、って話を聞くと…にやける。うん、とっても嬉しい。秋埜マジラヴ。恋愛はひとを莫迦にするっていうけど、バカで何が悪い。


 『…まーその、俺が言うのも筋違いかもしんないけど、よかったな』

 「ありがと。素直に受け取っとく」


 スマホの向こうで大智の、ちょっとホッとした声。


 「…でも大智。女の子同士でつきあうとか、変だと思う?」


 だからまあ、ちょっと気が緩んで、普段なら聞けないことも聞いてしまうわけで。


 『変とゆーか、他の人がどーかは知んないけどさ、リン姉とアキなら別にありなんじゃね?って思う。あんだけ仲良かったんだし、むしろ当然じゃねーの』


 少し構えてたわたしへの大智からの返答は、朝食の目玉焼きが半熟でラッキーだったー、みたいな調子なのだった。

 正月の別れ際、秋埜のことを大事にしろ、って言ってたから多分勘付いてはいたんだろうけどね。

 けどまあ、大智に聞いてもあんまり参考にはならないのかなー、って思う。わたしと秋埜の共通の知人、みたいなポジションじゃあ、大智が大概呑気な性質だとしても悪いようにとるわけがないし。

 そんな風にわたしがちょっと警戒するのも。

 わたしと秋埜の関係を察する人が増えて、かえって後ろめたさが増してきてるからだった。




 証言その1。


 「鵜方さんと?別にいいんじゃないの。あ、そういえば鵜方さんに怒られたわ。中務さんに変なこと教えるなー、って。かわいいわね、彼女」


 証言その2。


 「まあそうなっちゃったのなら別れさせようなんて気はないけどね。ただ、不幸な結果にだけはならないよう、頑張りなさいよ。応援は出来ないけど相談くらいなら聞くからね」


 証言その3。


 「あっきーがしあわせならいいことですな。…あの子、小学校の頃はすごい暗い顔してたけど、先輩に会えてから本当に変わりましたし。だから、あっきーのことよろしくお願いしますね、先輩」


 証言その4。ただし、LINEで。


 【とっても素敵なことだと思うわ。秋埜ちゃんかわいいしね。でも大智もとっても(以下略】



 さ、参考にならない…いいひと揃い過ぎて。


 なんだかなあ。わたし、変に臆病になりすぎているんだろうか。

 秋埜がわたしを好きでいてくれることと、わたしが秋埜を好きでいることの違い、ってことが気になり始めて、それがどんどん拡大している。

 秋埜がわたしを好きなのは、女の子だとかそういうこと関係なくわたしのことが「好き」なのであって、わたしが秋埜のことを好きなのは…。


 「センパイ、今日は不機嫌っすね?」

 「そんなことはないけど。どう、美味しい?」

 「センパイのお弁当久しぶりですからねー。ゆっくり味わわないとバチがあたります」


 そんな大げさな。

 といっても、確かに秋埜に作ってあげるのは久々だったので、めちゃくちゃ気合い入れた。

 いつもなら冷食をつかうチキンカツも、朝六時前に起きて眠い目をこすりながらわざわざ油で揚げたものだし。

 …ただね。そんなことしてたら、お父さんに冷や水浴びせられたんだ。


 『なんだかえらい一生懸命に作ってるが、まさか…かかか、れし…とか、出来たのか…?』


 いえ、彼女です。


 …とか言ったらおったまげるだろーなあ、と思いつつもそうは言えず、お父さんの方も自分の想像で動揺してたからそれ以上は追求されなかったけど…秋埜のことが家族にバレるのも時間の問題、って気がしてきてる。

 そこんとこどーなのかと、秋埜に聞いてみたけれど。



 「秋埜はさ、わたしとこーなったこと、お父さんに言うのに何か葛藤ってあった?」

 「んー…金曜日にセンパイが帰った後、オバさんとちょっと話し合ったくらいですけど。でも、基本的にはうちのこと大事にしてくれてるんで、曲がったことをしない限りは反対されるとかは。…センパイ、もしかしてお家のことが心配です?」

 「まーちょっと、正直。不甲斐ない恋人でごめんね」

 「あーいえいえ。むしろうちの家が特殊なんで」


 やっぱりあんまり参考にはならない。予想してたとはいえ。

 ふと、今の秋埜をうちの家族に会わせたらどうなるかな、と思う。

 わたしの誕生パーティの時に来ているから、もちろん顔は知ってるし、後で「とてもいい子だね」っておばあちゃんは言ってたから、印象は悪くない、はず。

 …誕生パーティの日の秋埜かあ。あの後、キスしたんだよね。そういえばそれ以来、一度もしてないなあ。


 「センパイ、どしました?」

 「秋埜とキスしたい」

 「…ここ、学校っすよ」


 そうでした。わたし、欲求不満なんだろうか。

 お昼休みは今は、そんな感じ。




 「それじゃセンパイ、また放課後に」

 「…あ、ごめん秋埜。放課後はちょっと…頼まれごとがあって」

 「えー…麟子センパイ、麗しの恋人を放っておいて浮気ですか…?」

 「前半は大いに同意するけど、後半は全力で否定するわよ。まあそんなに時間かからないとは思うから、待てるなら相原先生のとこで雑談でもしてて」

 「仕事の邪魔にならなければいーですけどねえ。ま、終わったら連絡ください」

 「ん。じゃ、ね」


 小講堂の出口で別れる。

 手を振ってるわたしを何度も振り返って見ながら、秋埜は行ってしまった。

 …一年は今日の午後は集会だからって、直接体育館に行っちゃったんだよね。弁当箱はわたしの家のだし。

 さて。


 「あたまいたぁ…」


 …そう、今日の放課後の用事の件。

 面倒だというのは…その、いつも通りというか割とご無沙汰というか、また本気側の告白の件がありまして、ね…。ただ、ちょっとその人間関係的にややこしいとゆーかなんとゆーか。

 重っ苦しい顔のわたしが教室に戻ると、星野さんが「何ごと?」と声をかけてきたから、よっぽどな顔色だったのかもしれない。

 あー、放課後が永遠に来ないといいなー…。でもそれだと秋埜に会えなくなっちゃうかー…。



 ・・・・・



 そして放課後はやってくる。

 おあつらえ向きというか、定番というか、体育館裏とゆー、この寒い季節にこのチョイスはどうなのよ?って場所に呼びだされる、わたし。

 その前で鯱張ってるこの男の子は。


 「はっ、はじめましてっ!一年五組の、桐川駿っていいます!きょっ、今日は…中務せんぴゃい…先輩に来てもらって、う、う、嬉しいです!」


 …回れ右して帰ってもいい?

 いや、別にこの男の子についてはいーんだ。わたしの作ってきたキャラ的に、下級生からの告白、って実はあんまり無かったけど、それくらいなら応用は利くし。

 まー、問題は、ですね。


 「…………」


 この、桐川くんの隣で複雑そーな顔をしてる、同じ一年の女子生徒なわけで。


 …遡るほど一日前の話。遡るほどじゃない気もするけど、まあそれはいい。

 こっちの女子生徒、円藤抹理さん、っていう一年生の女子に声をかけられたのだった。


 「あの、中務先輩、ですよね?ちょっといいですか?」


 その時の表情がひどく苦しそうで、そんな様子に心当たりのあったわたしは取るものも取りあえず、話だけは聞いてあげたのだ。

 それによると…幼馴染みの、同じ学年にいる男子生徒がわたしに告白しようとしていて。

 その男子はこの円藤さんに仲介を頼んだのだとか。

 わたしとこの円藤さんは全く面識がないにも関わらず。

 なんでそーいうことになったのか、わたしが理解出来ずにアタマがくらくらしているうちに。

 なんだか場所と時間をセッティングされてしまっていた、と。

 そういうわけだった。


 それなら無視すればいいじゃない、って誰かさん星野さんとかは言いそうなんだけど…この、円藤さんの様子がどーしても他人事とは思えなくて、ねー。

 だから、女の子に告白の手伝いさせよーとかいうふざけた真似するバカ男はさておき、円藤さんのコトは放っておけなかったんだ。


 「…それで、お話ってなに?」


 いや、カマトトぶる演技も我ながら堂に入ったものだ。この状況でお話ってなに?も何もないだろーに。


 「はいっ…えと、その…おっ、俺とつきあってくださいっ!」


 ストレート。球速百五十キロくらい。

 でもキャッチャーじゃなくてセンターに向けて投げてますケド。

 きみの投げるべきストライクゾーンはねー。


 「あのっ…そんなこと言われても、わたし君のことよくしらないし」

 「はいっ!俺も先輩のことはよく知らないですっ!おそろいですね!」


 おい。面白告白は何度か聞いたけど、今のは斬新過ぎるでしょーが。

 ちらりと円藤さんの方を見ると、涙を堪えるような顔で、わたしを睨んでいた。…いや、わたしに何かあるっていうより、睨んででもいないと涙がこぼれ落ちるから、なんじゃないだろうかって、思うのだけれど。

 ………仕方ないなー、悪者になっておくか。


 わたしは、純真というよりもやっていいことと悪いことの判断がついてない系の無邪気さを装おうと、軽く首を傾げて人差し指でおとがいの右を押さえて、言う。


 「でもー、よく知らないのにおつきあいって、わたしには無理ですよぅ」

 「そんなことないですよっ!それは、これから知っていけばいいと思うんで!」


 人のこと言えた義理じゃ無いけど、いちいち絶叫しないと会話も出来ないのかね、この子は。まあそれだけ余裕がないんだろうけど、誰か来たらどーするつもりなのかしらね、って……案の定かー。


 「ごめんなさい。やっぱりわたしには無理です」


 ぺこりと、しおらしくお辞儀。

 ショックを受けた顔を見ないで済むのが、この恰好のいいところ。


 「わたし、君のことあんまり趣味じゃないので。それじゃ」


 …まあ、断られるにしたって、わたしだったらもうちょっといい思い出にしてくれるよーなフラれ方を想像してたのかもなあ。

 そう思うとちょっと可哀想ではあるけれど。でも、君がボールを投げるべき相手を間違えてるのが悪いんだから。

 本来投げるべき相手はね。


 「…ごめんね」


 すれ違い際に、円藤さんにだけ聞こえるように言う。


 …あとは本人たちに任せよう。

 まだわたしに執着するのか。傷心を幼馴染み癒してもらって、気持ちに気付くのか。

 なんだかわたしが緒妻さんのポジションみたいなことになってるけど。わたしは、あの人ほど優しくはないからね。




 「センパイ。似合わないことしてますねー」

 「うん。まあ、自分でもそう思う」


 二人から見えなくなると同時に、秋埜が声をかけてきた。


 「…どこから見てた?」

 「ほぼ最初っから。っつーか、円藤さん、うちと同じクラスですんで。むしろ最初に相談受けたのはうちの方っすよ」


 なるほどー。と、いうことは。


 「…秋埜。自分が悪者になりたくないからって、わたしに丸投げしたわね?」

 「スイマセン、いちおークラスメイトなんで、心証悪くしたくなかったんすよ。円藤さん、けっこー思い詰めるタイプでしたし」


 頭の後ろで手を組みながらわたしの後をついてくる秋埜は、悪びれる様子もなかった。

 まーいいけどね。わたしなら、多分これっきりのことだと思うし。


 「もう今日の用事は終わったけど。帰る?」

 「…そーですね。うちも特に無いんで。どっか寄り道してきます?」

 「いいよ。でもわたしは別に行きたいとこもないし。秋埜は?」

 「…そーですねー。ちょっと、人気の少ない場所で、センパイとゆっくりお話したい感じ、です」

 「分かった。ちょっとカバン持ってくるから」

 「ういすー。玄関で待ってます」


 わたしは小走りで、秋埜を引き離していった。


 …予感が、あったのかもしれない。

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