第31話・これが思春期…?
少なくとも、わたしにとっては事件だったわけで。
「中務、ちょっと、いい?」
「うん?」
微かに緊張した、思い詰めたよーな顔。
言いたいけど言い出しにくい、でもいっそ何もかもぶちまけて楽になりたい。
そんな空気を隠そうとして隠せてない態度。
つまるところ。
本気寄りの方の、告白タイム、とゆーやつだ。
…困った。
何が困るって、クラスメイトからというのが、困る。
四限目が終わり、いつも通りに秋埜がやってくるまでの、数分間…って、冷静に考えるとあの子とんでもないことしてるな。
とにかく、四限目現国の片桐先生がいつもより数分早く切り上げたので、時間としてはいつもよりあるけれど、どっちにしても時間は少ない。
そんな中、わたしに声をかけてきたのは、あんまり目立たない印象の井之口くん。まあ目立たないといってもわたしから見て、だから実はスポーツ万能だったり成績ちょー優秀だったりするのかもしれないけど。
ああいや、話がずれた。わたし自身がこの間振られたばっかりだから神経質になってるのかも…、って改めて考えるとわたしってひどいことしてたなあ。
いやね、真剣に誰かに告白するっていうのが、あんなに心磨り減らすとは思ってなかったもの。増してそれがかなわなかったのなら尚のことだし。
そう考えると、もーちょっと断り方というものも考えた方がいいのかもしれない…。
「中務、聞いてる?」
「聞いてますとも。それで、どうかした?…えーと、井之口くん」
…早速やってしまった。名前を言い淀むとか「わたしはあなたに大して興味ありません」って言ってるよーなものじゃない。
えっと、失点回復のためには…確か、こお。
「……ふふっ」
わたしは久しく忘れてた営業スマイルで、席の前に立つ彼に微笑みかける。
ああいやそうじゃない、これはやったら秋埜に怒られる。やり過ぎて気があるように見られたら拙い。誰に対して拙いのか、とか一瞬考えてしまったけど。
「…あの、あんま時間ないんで」
「ふひゃいっ?!…え、ええどうぞ。どうかした?」
…ホントに、どーした今日のわたし。
なんか気持ちの悪い汗が背中を伝ってる。男の子の前で余裕ぶるのくらいお手の物だったじゃない。ああもう、これも全部大智が悪い。今度会ったら緒妻さんにあることないこと吹き込んでやる…あ、緒妻さんセンター試験もうすぐだっけ。それが終わったからかなあ…。
とか、どーでもいいことを考えているわたしをよそに、井之口くんは困った顔を取り繕おうともせず、わたしにこう告げたのだった。
「…あの、いつも来る後輩の子。紹介してくれないか?」
「……………え?」
新年早々。面倒が起きた。
・・・・・
「いや何が可笑しいって、センパイが『じいしきかじょー』でしどろもどろだった、ってことっすねー」
そーいう割には秋埜はあんまり面白そうでもなかった。
あの後、四限目終了の鐘が鳴るとほぼ同時に秋埜がやってきたものだから、続きというか詳しい動機…じゃない、どーいう事情なのかを聞き出すことも出来ず、井之口くんはいつもよりだいぶ早い秋埜の到来にギョッとして、わたしからそのまま離れていってしまったのだった。
だからまあ、いつも通りに学食で、秋埜が手製の弁当、わたしがサンドイッチ定食(サンドイッチにサラダとスープがついていて、当然サンドイッチの一つは秋埜に譲られた)、というお昼ご飯のなかで、半端な話をしなければならないわけだ。
「誰のせいだと思ってるの、誰のせいだと」
「誰って…チー坊じゃないんすか?センパイが男の子簡単にあしらえなくなったのって、チー坊のこと意識しだしてからだと思ったんですけど」
「ちがうわよ、秋埜に男の子に色目つかうなー、って言われてからでしょーが」
「え、あれってそんなに影響あったんすか」
…いや、あったもなにも、その辺の変化がいろいろ連鎖反応起こしてたんだけども。秋埜、あんなにうちのクラスに顔出すくせに、そーいう空気の変化とか感じなかったのかなあ。
「…秋埜は自分の言葉の力ってのをもー少し自覚した方がいいよ」
「?うい、よく分からないですけど、じちょーします」
別に自重はしなくてもいいんだけどね。わたし自身が一番影響受けてるわけだから。
「って、そうじゃなくって。どーするの?」
「どー、とは?」
「だ、か、ら。わたしのクラスの男の子が秋埜に興味持ってるんだってば。紹介した方がいい?しない方がいい?」
秋埜、くわえ箸。あんど、わたしを半目で睨み。
…あー、うん。秋埜の普段っていうか、わたしのことを好きなんだ、ってことを思えば結構ひどいこと言ってると思うよ。わたしも。
でも、さ。
このままでいいのか、ってわたしが思うのも当然のことで。
例えば秋埜がずっとわたしを好きで、わたしも秋埜が好きだからずぅっと一緒にいるとしよう。
…そーなると、その、結婚だとか…子供が産まれるだとか、そーいうことが無くなるわけで。
秋埜もわたしも一人っ子だから、お父さんとかお母さんをがっかりさせたり、しないかなあ、とか。
余計な心配だってことは分かるんだけれど、大智と緒妻さん見てるとどーもなあ…そういう幸せを周囲が望んでいるように思えるんだよね。
誰かに話せば先走りすぎ、って笑われるかもしれない。でも、そもそもこんな話出来る相手、いないんだもの。
…いや、一人いたか。
「秋埜、放課後空いてる?」
「空いてません」
速攻断られた。うーん、これはわたしが何考えてるか察して先回りしたなー。
って、そりゃそうか。あの人に相談したら、秋埜の望まない方に話持っていくに決まってるもんね。
「センパイ、いいですか。そもそも、です。うちは怒ってるんです。うちの気持ち知ってて、そういうこと言うのか、って」
「うん。分かってる」
「分かってるなら、そーいうこと言わないで下さい。うちの答えなんか決まってます。お断りです」
まあ、そうだよね。この件だけに限ればそう答えるに決まってるよね。
それはそれとして、考えないことはあるのだけれど。どーしよ。
…って、仕方ないか。わたし一人で相談室行こ。
「…センパイ、いいお知らせがあります」
「うん?」
頭の中で放課後の予定を組み立て始めたわたしに、秋埜がとっっってもイイ感じの笑顔で、言う。
「オバさんなら今週いっぱいいませんよ?学会だったかで、大阪行ってます」
「なん…だと?」
「だから、オバさんに相談したくても無理です。センパイは、自力で悩んでくださいねー。そいじゃ、ごちそーさまでしたーお先にー」
「あ、ちょっ…秋埜ぉ……」
止める間もあらばこそ、上機嫌になった秋埜はスキップ混じりの足取りでさっさと行ってしまった。
何ごとかと驚いた何人もの他の生徒が、その後ろ姿を見送っていた。
………それにしても。
この肝心な時に不在とか、ほんっとーーーーーに使えないなあ、あの人!もおっ!!
・・・・・
そういう話だったので、井之口くんには放課後早々に秋埜の返事を話してしまった。
まあまだ本格的に踏み込む段階じゃなかったみたいで、がっかりはしてたけど絶望はしてなかったのが救いと言えば、救いなのだけれど。
…けれど。
…わたしに橋渡しを頼むのだけは止めて、欲しかった。こんな複雑な立場でどーしろっていうのよ、わたしに。
恋する少年?ならではの押しの強さでわたしに協力をせがむのはまだいいとして、困り果てたわたしを遠巻きに眺めるのは止してもらえませんか、クラスメイトの皆々様方。
でも本当にどうしたらいいのかと泣きそうになった頃、教室に戻ってきた星野さんが止めてくれなければ、本当に泣き真似くらいはしてたかもしれない。
「まったく。そんなにイヤならきっぱり断ればいいじゃない」
そうは言いましても。自分のことならいくらでも強く言えるんだけれど、秋埜の評判にも関わるからあんまりキツくも言えなかったわけで。
「…まあそれだけでもなさそうね。中務さん、今ヒマ?」
「別に用事はないけれど」
「そ。じゃあちょっと付き合うわ。行きましょう」
え?付き合うのならわたしの方じゃないの、この場合。
なんて細かいツッコミを許す気配もなく、先に立ってさっさと行ってしまう星野さんだった。
なんだかなあ。いいひとなんだけど。こう、たまーに、相手は自分についてくるものだという前提で行動するトコがあるっていうか。生粋の委員長気質っていうんだろうか。
まあいいか。どーせ、誰かに話聞いてもらいたかったところだし。
最近すっかり寄り道が板についてしまったなあ、と思う。
秋埜とか今村さんと一緒のことが多いと思えば、大智の病院つきそうのだって寄り道みたいなものだったし。
お母さんはともかく、お父さんとおばあちゃんの見る目が最近ちょっと厳しめだったりするので、今日はお土産でも買って帰ってご機嫌取りしておいた方がいいかな。
「…ここでいい?」
「あ、スタバじゃなくてミスドで」
お土産買いやすいし。
「…スタバじゃだめ?私、好きなんだけどな」
「…いいけど」
小首を傾げて愁眉の星野さんが、妙に可愛らしくてちょっとドキッとしたわたしはあっさり日和った。
なんだ、こういう顔も出来るんじゃない、と少し見直すわたしだった。
「…と、ほめられてもね。わがまま通す時の常套手段だし」
…のだけれど、その感心はあっさり覆された。
席についてすぐの軽い話題に、さっきの表情の話をしたらそう言われてしまったのだった。
「連れだって遊びにいった時にああいう顔すると、結構意見が通るのよ。だからしてるだけで、素ではないわね」
大概なことを言ってるような気はするけれど、考えてみればわたしだって四六時中猫被ってたようなものだ。あまりひとのことをとやかくは言えない。
ただ、わたしの被り物と違って星野さんのは、どちらかといえば人心掌握術の一種なんじゃないかなあ、とは思った。
「まあ、スタバ好きなのは本心だけどね」
「でしょうね。でなければ、あの場でその顔する必要もないでしょうし」
中務さんにはもうこの手は使えないか、と苦笑する星野さんだった。
冬の、もう夕方のことなので窓の外は暗い。照明もあえて少なくしてある店内は、他の客が誰なのか分からなくて、存在を隠すにはちょうどいい具合だった。
…って、別に後ろ暗いところがあるわけでもないんだけど。
「…それで、一つ忠告しておきたいのはね」
星野さんはコーヒー。わたしはお土産を断念したので、ちょっと奮発してキャラメルマキアート。ただし甘さ控え目。香りが好きなので。
店内用のマグカップから立ち上るいい香りを間にして、星野さんは殊の外真面目な顔で話す。
「鵜方さん、うちのクラスの男子からは結構人気あるみたいだから、はっきりさせないと今後も続くわよ」
「…え?」
「…だからね」
何を言われたのかよく理解していないわたしに、少し苛立ったようにやや前のめりで星野さんは言葉を続ける。
「彼女、明るくて気取りもないし、自分でお弁当作ってくるような家庭的なところもある子でしょ。そりゃあ男子も放っておかないわよ」
「それにキレイだしね」
「…真面目に話する気ある?」
だって大事なことだし。まあわたしから見れば秋埜はキレイっていうよりかわいい、だけど。
「とにかく、フリーなのは分かってるんだから、中務さんと一緒にいる限り巻き込まれるわよ。どうするの?」
「どうするって言われても」
「…好きなんでしょ?彼女のこと」
「うん。好き」
「……………」
「自分で振っておいてその反応はないんじゃないのかなあ」
わたしの胸元を指さして糾弾する姿勢のまま固まってる星野さんを、呆れた目で見る。
「…だって認めるって思わなかったもの」
「自分で否定するのが嫌なだけ。気持ちに嘘つきたくないしね」
「そう。一応聞いておくけど、その、友だちとして好きとか、恋…として好きとか…」
「そこのところはまだハッキリしないかな。ほら、男の子相手に好き、っていうのは分かりやすいじゃない。子供が欲しいなー、とか結婚して幸せな家庭を築きたいなー、って分かりやすい将来像があるし。でも女の子相手だとね…そういう想像がしにくくって」
「………」
「例えば、同棲?…ってなんかイヤらしいなあ…えっと、大人になって一緒に暮らしていくとしても、女の子同士だと普通にすごく仲が良い友だちです、って風になるんじゃないかな、って思うんだけれど」
「…えっと」
うん。なんだか熱くなって話過ぎた気がする。何言ってるんだろ、わたし。星野さんも呆れてポカンとしてるし。
とりあえずキャラメルマキアートじゃなくて水で喉を潤しておく。
「…その、なんていうか…、中務さん変わったな、って思った。冬休みの間に何かあったの?」
「……………」
それを聞くかー。
言えるわけないでしょうに、大智との間のことなんか。
「…黙秘する、ってことは鵜方さんのことじゃないわね。男の子にでもフラれた?」
「……ぶぷっ」
…ニヒルに笑おうとして口に水含んだままだったの、忘れてた。
「図星か」
「…ほっといて」
手渡された紙ナプキンで口元を拭う。制服まで汚れなかったのが幸いだった。
「それじゃあどんな格好いいこと言ったって説得力がね…うん、逆にあるわね。この場合」
「そ、そうかな…」
余裕を取り戻した星野さんが、ちょっと小憎たらしい。何か反撃の手段でもないものだろうか。
「それなら分かるんじゃないかな、って思うけど。ねえ中務さん。男の子との関係において、友情と恋の違いってどこになると思う?」
「どこと言われても…気にしたことないなあ、そんなこと」
「…気に障ったらごめんね。直球で聞くけど、中務さんはその男の子とセックスしたいって思ったこと、あった?」
「へ?せっ………ちょっ?!」
何言い出すのいきなりっ?!
わたしは立ち上がりかけて、イスの背もたれが後ろの席にあたってしまったことに気付き、慌ててそっちの人に謝ろうとしたのだけれど誰もいなくてどーしようもない、って醜態をさらしてしまった。
「あ、あ、あるわけ……なぃ……」
………こともなかった。腰を下ろして、思う。
あー、うん。それはまあ、大智のことを思ってなんだか胸がもやもやして眠れなくなったりした時はあったけど、そーいう直接的な想像とかは、まあ無かったといえば無かったし、あると言えば…あったかもしれないし…。
「セックスしたいって欲求と愛情がわくのとが関係あるとは限らないみたいだけど、中務さんの反応見た限りじゃあ、直結してるのじゃないかな」
…さすがに人の耳をはばかる単語が出てきてるので、星野さんもひそひそ声になってる。そのおかげでいくらかはわたしのアタマも冷静になって、言われたことを整理する余裕もできた。
その、そーいう話となると、だ。
わたしが秋埜と…まあなんだ、その、そーゆーことをしたいかどうかって話になって……いやいや待って、女の子同士でどーやってするの。
「別に直接的に肌を重ねるとか、そういうことじゃなくてもね、もっとくっついていたいとか、そんな風に考えたことってないの?」
「くっついてって…それはまあ、秋埜は結構わたしに…あ、そういえば最近はあまりないけど、前は何度か抱きつかれたり…あ」
秋埜のにおいが好きって言ったりとか、その、秋埜にせがまれてわたし、自分から、その…。
……ヤバい。
わたし今、秋埜とキスしたくなってる。ちょっと…待って…、何このドキドキしたの。あれを、思い出して、なんか胸が熱くなってる…って、待ってよ、その、何コレ。何なの?!
「…それって、恋なんじゃないかな」
心の底から呆れたように言う星野さんの言葉が、わたしのどこか遠くで、響いていた。
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