第29話・わたしたちの問題

 わたしは、ベッドに起き上がり。

 カレンダーを見て。

 深く深く、絶望した。



 ・・・・・



 「…だからあの時、センパイに確認しようとしたんすよー。今日がクリスマスイブだってこと、忘れていませんかって」

 「何か言い出してたとは思ったけど…そぉぉぉいうぅぅぅことならぁぁぁ、もっと早く言ってよっ!!」


 クリスマスイブに衆目の前で絶叫告白してその場で本気お断りされるとか…この絶望の深さが誰に分かるというの…っ。


 「無茶言わないでくださいよ…あの時麟子センパイが何しようとしてるかなんて、全然分からなかったんですからー」

 「…そりゃそうだろうけど……」


 …ん?ちょっと待っておかしい。わたしが大智に告白しようとも思ってなかったのなら。


 「…じゃあ秋埜は、なんでその時クリスマスイブの話なんか、しようとしたの…?」

 「…え、あ…あー、ええとですね。何と言いますかー……だってセンパイが分かりやすすぎるんですよっ!!うちじゃなくたって誰でも気付きますってばっ!」


 うん、そーかもねー。大智以外は気付くかもねー。

 って、さらっと言って、なんの拘りもない自分にちょっと驚いていた。




 病院中庭でのしょーげきの告白から一夜明け。

 今日の土曜は終業式で終わり、午後から秋埜と一緒にお出かけ中。

 …といって、特にあてもなく、朝起きたら秋埜から電話がかかってきて、学校が終わったらどっか二人で遊びにいかないかー、ってお誘いだっただけのことだ。

 何もそんなこと、学校に来てから相談すればいいのに、わざわざ登校前に確認するとか、まったく秋埜も初いやつよのう。うふふふふふふ。


 「…センパイ、気持ち悪い笑い方してどーしたんですか…」


 とと、顔に出てたみたい。自重自重。

 まあそんなこんなで、わたしは昨夜はほとんど眠れなかったわけで。

 おでかけと言っても特に遠出するとか、そんなこともなく駅前のスタバで駄弁るあたりが関の山、ってトコ。


 「…ふわぁぁぁ~~っ、………」


 …それでも油断してると睡魔に首絞められてたりするんだけどね。


 「…ふああーっ……わぁー……ふぅ」


 わたしが眠いのは分かるけど、どーして秋埜まで眠そうなんだろう。

 そういえば今日の秋埜、ちょっとばかりメイクが濃い、っていうか普段化粧なんかほとんどしないくせに。


 「…秋埜、もしかして寝不足?」

 「うあ…分かりますか。そーゆーセンパイも眠そうじゃないすか」

 「そりゃあ昨日あんなことがあったんだし。なかなか寝付けなくても当然じゃない?」

 「それもそーですねー…ふぁわぁぁぁ…」


 秋埜、わたしを上回る大あくび。

 スタバの店内からも不躾な視線を一つ二つ、浴びてるよーな気がする。全く。わたしの秋埜を不埒な目で見ないで欲しい。


 「わたしより秋埜の方が眠そうなんだけど」


 眠くて半目の秋埜はかわいいけれど、ここで先に寝られたらわたしも一緒に寝てしまいそうで、困る。


 「…うーん、そっすねー…結局ほぼ徹夜でしたし」

 「一体何やってたのよ」

 「やー、昨日のセンパイがきゅーきょくにかわいくって、思い出して一晩中悶えてました」


 そんなアホなことをにっこりとわたしに笑いかけながら、言う。なんだこれ。


 「麟子センパーイ?顔が真っ赤っすよー」

 「うううっうるさいなぁっ!秋埜がいきなり素っ頓狂なコト言うからでしょっ?!」

 「しーっ!センパイここ店内ですって!」

 「…あ」


 終業式の終わった日の駅前スタバになんか、ご同輩がたくさんいるわけで。

 そんな中に一人、顔見知りがいることくらい珍しいことでもない。


 「中務さん?何騒いでいるのよ」

 「うえぇ?!…って、なんだ星野さん。どしたのこんなところに一人で」


 わたしの絶叫てれかくしを星野さんが耳ざとく聞きつけたと見えて、マグカップののったトレーを手にした星野さんが声をかけてきた。うわぁ、タイミングわるぅ…。


 「…ちょっと約束に振られちゃってね。仕方ないから一人で時間潰しでもしていこうかと思ってたところ」


 振られた、ってところでちょっとグッサリくるわたし。

 …うんまあ、大智に対して含むトコなんかもう何も無いけれど、男の子に振られた、という事実だけはけっこークるものはあるっぽい。しばらくは神経尖らせて傷心をいたわってやらねば。


 「校内デートが出来ないからって校外で逢い引き?なかなか隅に置けないわね」

 「えへへー、そーゆーことっす。麟子センパイを愛でる機会は見逃しません」


 人見知りしない秋埜が星野さんに物怖じもせず応じていた。

 まああれだけ毎日顔出してれば互いに顔くらい覚えてても当然か。


 「ふふ、ごちそうさま。一緒しても、いい?」

 「うちはもちろんおっけーです。麟子センパイ?」

 「え?ああ、別に構わないけど。…しょっと」


 四人がけのテーブル席の椅子にのせてあった荷物を足下におろす。


 「ありがとう。…いつもこんなことしてるの?」

 「あんまり。折角明日から休みなんだから、どっか遊びに行きたいな、って話だったんだけど、もー二人して睡眠不足だったもんだから、動けなくなってた」

 「すいみんぶそく……ふぅぅぅぅぅん、なるほどー……」

 「…何か変な想像してない?」

 「あら、いつもの『ご想像にお任せしますわ』ってのを期待して先回りしてたんだけど」

 「…その想像は禁止しとく」

 「残念」


 慣れた手付きでカップにミルクとスティックシュガーを投入してる星野さんを、わたしは横目で睨んだ。まったく、口は災いの元とはこのことだ。


 「………うーん」

 「あ、ごめん秋埜。ほったらかしにしてた?」

 「いえ、そーゆーわけじゃないんですけど…」


 見ると、対面の秋埜が妙な顔をしてた。妙、っていうか、ちょっと上から目線とゆーか、孫を見守るおばあちゃん風というか…。


 「センパイ、ちゃんと友だちいるじゃないすか、って安心してました」


 ああ、そういうことか。けど星野さんが友だちかというと…。


 「友だち?中務さんの友だちというなら…まあ、そうかもね。ふふ」


 あれ、否定されなかった。それはここで真顔で否定されたりするとちょっとショックというか、秋埜に面目が立たないというか、そんな気もするから助かったけど。

 でも、秋埜にそう言われてなんだか嬉しそうにしてる星野さんは、秋埜とはちょっと違う意味で「かわいいな」って思えるわたしだった。


 「あ、ごあいさつが遅れましたー。うちは…」

 「鵜方秋埜さん、ね。うちのクラスでは有名だからもうみんな知ってるわよ」

 「あ、そーすか…うちと麟子センパイはもう全校公認のかっぷるですかー…」

 「なんでそうなるの…」


 時々タガが外れる秋埜がコワイ。


 「私は星野彩友ね。よろしく」

 「ういうい。星野センパイっすね。よろしくです」


 星野さんがそつの無い対応なのは予想通りだったのだけど、秋埜も意外に如才が無くってちょっとビックリ。

 もともと人懐っこいっていうか、人当たりはいいと思うけど、星野さんみたいなクラス委員長なひとの懐にもあっさりと入っていったんだから。


 「それで、鵜方さんと一緒の時ってどんな感じなの?」

 「麟子センパイはですねぇ…それはとーってもうちに優しいっすよー?」


 …なんだか余計なことまで話してしまいそうで気が気じゃ無いけど。星野さんも結構聞き上手だしなあ。




 そんな感じで、最初はどうなるかと思ったけどなんだか不思議と楽しく時間を過ごせた。

 帰る時間になったからと先に席を立った星野さんが、ちょっと残念そうにも見えたのはわたしだけじゃなかったと思う。


 「えーっ、帰るんすか…もう少しお話してきません?」


 …とか、秋埜も珍しくわがまま言っていたくらいだしね。

 名残惜しそうに手を振ってた秋埜の横顔を見て、そんなことを思う。


 「はー、楽しいひとでしたねー、星野センパイ」

 「そ、そう?星野さんと話してそーいう感想は結構ユニークだと思うけど…」


 わたしと話すときはもーちょっとシニカルというか、気難しいとこもあるんだけれど。


 「それは麟子センパイとそーいう会話するのを面白がってるからっすよ。相手に合わせて話してくれる気のいいひとだと思いますよ?」

 「ふぅん…そーいう見方もあるのか」

 「ですです」


 最近、秋埜と一緒にいたり話をしてると、こういう風に自分じゃ気付かなかったことを気付かせてくれることが多いと思う。

 って、最近でもないのか。思えばずっと秋埜はわたしの気付いてなかったことを教えてくれてたもんね。


 「ありがとね、秋埜」

 「なんだか分かりませんけど、どういたしまして。センパイ」


 ふにゃっと気持ち良く笑う。いいなあ。やっぱりこの笑顔、わたし大好きだ。


 「…今センパイのラブを強く感じました」

 「変なモノ受信しないの」


 こういうやりとりも含めてね。

 さて、そろそろわたしたちも帰ろうか、と時間を確認すると、秋埜が急に声をひそめて真面目な顔に改まる。


 「…あ、そうそう、麟子センパイ。あのー、ちょっと聞きづらいこと聞きますけど…いーすか?」

 「うん?いいけど。なに?」


 今さら秋埜に隠すことなんかないし。


 「…えっと、緒妻センパイとは、その……どうなりました?何か連絡とか、ありました?」

 「ああ」


 そっか。秋埜にまだ話してなかったっけ。

 わたしはスマホを取り出して、昨晩届いたメールを見せる。


 「…また不穏な件名っすね…『うらむわよ~』って、どゆことです?」

 「本文読んで、本文」

 「うい。えーと、なになに…『昨日は大智がたっっっくさん大事にしてくれた、はぁと』……って、これどー見てものろけじゃないすか」


 そう。確かに届いたメールの最後の方で、帰りしな担当の看護師さんに散々からかわれたことを恨み言風の冗談にしたためてあったんだけど、大部分はあの後大智との間にあったことを甘味たっぷりまぶして説明してくれてたのだ。

 流石に三行目以降はわたしも胸焼けがして、最後のところまでは流し読みにしてしまったんだけど、とりようによっては勝利宣言にも思えたそのメールを見終えてわたしが思ったのは、「ほんとーに可愛い人だなあ、緒妻さんってば」だったりしたのだった。


 「で、センパイはこのメールになんと返信を?」

 「…これ読んでまともにレスする気になると思う?めんどくさくなって直接電話したわよ」

 「うあ…それはお疲れ様でした」


 まったくね。




 『でね、でね?その時の大智ってばすっごく真剣な顔して、『俺、オズ姉一筋だからなっ?!リン姉のことは大事だけど、一番大事なのはオズ姉なんだからな?!』…って。私それ聞いてもお、胸がきゅんきゅんしちゃってもうどうしよう、私一生大智のために生きていこう!!…って思ったりしたわけなのっ!!ねえ、ねえどう思うお麟ちゃん?!』

 「あー、わたしもフラれ甲斐があって満足してますー。お幸せそうでなによりー…」

 『でしょでしょ?!あーんもう今日は寝られそうにないわ!今日の大智の言葉だけで入試の日まで一睡もしないで勉強出来そうよっ!』


 ホントにやりそうで気が気じゃないったら。体は大事にしてくださいよ、もー。


 『…でも、お麟ちゃんがああ言ったのは…ちょっと怖かったわ。…ねえ、お麟ちゃん。いつから大智のこと好きだったの?』


 ついさっきフラれた女の子に聞くことじゃないなー、と普通なら思うんだろうけれど、不思議にわたしにはそういう感覚がなかった。きっと秋埜の胸の中でそういう感情が何か別のものに昇華されたんじゃないか、って思う。


 「大智と緒妻さんが婚約者っぽいことになった後、大智ってすごく男らしくなったじゃないですか。きっと緒妻さんを意識し出したと思うんですけど、その頃からじゃないかな、って」

 『…やっぱりね。私も、お麟ちゃんの後ろにいつもいた大智が前に出てきて、私の正面に立つようになってから、急に意識しだしたもの』

 「ですよね…なんだかいきなり格好良くなったですもん」


 ちょうどその頃、大智も背が伸び出して、一年足らずでわたしを追い越し、それで心の方まで追い越していっちゃった、って気がついたのはつい最近のこと。

 気付くのが遅かった、って思うかといえばそうでもないのだけれどね。それくらい、わたしにとって緒妻さんは敵わない存在だったわけで。


 『私はね、お麟ちゃんのことが怖かったの』


 でも、緒妻さんにとっても、わたしは似たような存在だったのかもしれない。


 『大智は、ああいう鈍い男の子だから、お麟ちゃんが大智を想ってることに気がついたら、私のことなんか放ってお麟ちゃんの方を好きになっちゃうんじゃないかって、ずっとそう思っていたから。女の子としては私なんかよりお麟ちゃんがずうっと魅力的だし』


 「まあ、そーいう風に意識してましたし。今となっては無駄な努力でしたけどね」


 わたしの自嘲に、緒妻さんは電話の向こうでため息で応える。


 『そういうことじゃないわよ。お麟ちゃんが意識してかわいい風に装ってたことぐらい分かってる。でも、そんなものがお麟ちゃんの魅力じゃあないもの』

 「えっと、それはどういう…」

 『あなたはね、大智や秋埜ちゃんを襲ってた困難に、二人が自分から立ち向かえるように支えていた。それでそうすることが出来るようになったとき、笑ってそういう人たちの背中を見送ることが出来る、そんな子なのよ。それが、お麟ちゃんのかわいらしさ。誰かの成長を喜んで、送り出せる優しさ。それがお麟ちゃんの、中務麟子っていう女の子の、ひととしてのかわいさじゃないのかな』


 うー…また随分と持ち上げてくれるなあ…。


 「そんないいものじゃないですって。やってたことって言えば、二人をいじめてた子を叩いたり叱ったりしてただけですもん」

 『うん、そうね。女の子ながら随分とわんぱくだな、って思っていたわ』


 あはは、と二人揃って笑う。


 『でも、そんなことが出来たから、秋埜ちゃんだって転校していったあともお麟ちゃんのことを覚えていて、今もお麟ちゃんのそばに居てくれるのだと思うわよ』


 そーなのかな…。秋埜がそう思ってくれていれば、わたしも嬉しいけれど。


 『そうね。それは本人に聞かないと分からないことなのでしょうけど』

 「そんなこと聞けませんよ…わたしが恥ずかしくて」

 『ふふ。いつかそんな話が出来るようになると、いいわね』




 …秋埜がなんだか目をうるうるさせてる。


 「…そーすかー…緒妻センパイそんなこと言ってくれてたんですかー…」


 ………って、なんか言ったらアレなことまでわたし言ってない?!


 「あー…あのね、秋埜。わたしが言ったことじゃないからね?緒妻さんが言ったことだからね?!」

 「分かってますって。緒妻センパイが、うちの憧憬の形をそういう言葉にしてくれて感動してただけです」

 「そ、そう…ならいいけど」


 何がいいのか分からないのだけれど。


 「でも、なんだかスッキリしました。麟子センパイ、そーいうことですからこれからもよろしく、です」


 勝手に納得しないで欲しいんだけどなー。

 わたしの困惑なんか何処吹く風、とばかりに上機嫌の秋埜。


 「わたしの問題」は確かに片付いたのかもしれないけれど、今度は「わたしと秋埜の問題」、っていう更に厄介なものが横たわっていることをひしひしと感じずにはおれない、明日から冬休み、という日の出来事だった。

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