一晩あけても十人のインディアンのことで頭がいっぱいだった。凝り性のやつには心当たりがあると思う。いきなりハマってご飯も忘れるくらいに没頭してしまう経験が。まあ、冷めてしまえばそこまでのことだ。

 俺の場合は翌日の授業にまで響いていた。特に英語の時間がひどかった。いつ十人のインディアンの話が出てくるかそわそわしてたまらなかったからだ。結果、十人のインディアンには触れず終わったわけだが……。

 俺の様子は部内でも話題に上がった。


「もしもしー、ゆうやくん?」

「……おう」

「薄ら返事ですね。大丈夫ですか?」

「……おう」

「元気ないですね」

「……おう」

「……いなりんの好きないちごは、あま……」

「……おう」

「今晩のさんまは焼こ……?」

「……おう」

「ぬ、ぬぎたてのくつしたは……っ。……く、くさ」

「……そう。って何をもここに言わせてんだ」


 爆散しそうな顔を隠してうずくまっている彼女のそばで二人の魔女がにひらと笑っている。悪魔め、どういう遊技をしとるんだ。


「俺で遊ぶんじゃない」

「だってゆうやくん、うえの空でしたから」

「うわの空な」


 もーっと抗議してくる琴葉の打撃はいつ受けても痛い。外傷はもちろんないけれど、こう、内側からくるものというか。くすぐったあの防御不能の感覚に似ている。

 子供のように暴れ回る琴葉をなだめつつ、もここが言った。


「琴葉ちゃん、稲荷くんに用があったから声かけてたんでしょ」

「はっ、そうでした!」

「用?」

「はい。わたしたち三人が部活寮で一緒に生活してるのは知ってますよね?」

「たしかそうだったな」


 ここ縣(あがた)高校は部活動に力を注ぐことで有名だ。有名どころか、力の入れ具合に引いてる教育者もいるくらいで。

 簡潔にいえば部活のための寮があった。それも男子寮・女子寮の双極に分かれるのではなく部活単位で住居を与えられるのだ。


「野球部とかサッカー部くらい強いとこならマンション丸ごと部活寮なんだっけ?」

「その辺は容赦ありませんからね、うちの学校は。わたしたちのような小規模な団体ですと一軒家ですが」

「……ちなみに寮費はすべての学生に均一」


 つまり、豪遊したければ部活動に励んで結果を残せということだろう。大会に優勝したり人材を輩出すれば学校の知名度が上がり生徒数も右肩上がりのフィーバー状態だ。理事長とか絶対まともな思考回路をしていない。

 それはさておき。


「部活寮でお前らが生活してるのは知ってるけど、それがなんだ?」

「わたしたち寮でやらなくちゃいけないことがあるんです。お先に失礼したいんですけど、今日は生徒会の方が部室の点検にくるそうで」

「なるほど。俺に留守番を頼みたいってことか」

「すみません、どうしても外せないので……っ!」


 まあ部活を維持するために必要なことだ。こういうことは部長である琴葉に任せきりだった。会計やら副部長やらも、もここと泡子がやってくれてるみたいだし。


「それくらい引き受けるよ。早めに言ってくれればよかったのに」

「ありがとうございますっ! いやあ、ゆうやくんもたまにはデレますよね」

「そういえば鳥ミンチ十パー引きのセールがあとちょっとで終わるな」

「すみません帰らないでくださいあと今日は豚ミンチのはずです」

「なんで知ってるんだよ……」

「もここ先生のおかげです」

「?」


 可愛く小首をかしげるもここだが、なるほど寮の中でもお母さんポジションなのか。そりゃ逆らえないはずだ。

 とりあえず、なんだ。ここで無駄話してる時間もないだろうし。

 俺は三人に支度させ、ささくさと帰らせることにした。


「…………」


 一人きりの部室は珍しく異様に静かだ。怪奇現象ばかり解決してきたこともあってか、どこか肌寒く感じてしまう。

 まもなくして生徒会役員がやってきた。

 何十とある部活動を管理する組織だ。どんな強者がそろってるのかと思いきや、案外真面目そうな人たちだった。

 考えてみれば我らがゲンカクの三人でさえ個性の強い者ばかりなのだ。他の部活も相当ヤバイだろうに校内の平和は保たれている。統制する者が真面目でなければ実現できないことだ。


「そんなやつらに限って、ふたを開けるととんでもないんだろうなあ。おそろしや、生徒会役員共」


 帰る準備を進めながら他愛もない考えにふけっていた。

 仕上げに机の上のUNOを片付けていたときのことだ。


「この手鏡……琴葉のか?」


 カードの隣に置かれてある綺麗な手鏡が目に入った。

 手に取ろうとしたところで、


 ポポポ、ポポポ、ポポポ、ポポポロン


 例の、高校生なら日常茶飯事であろう通話アプリの着信音が部室内に反響した。うっかりマナーモードを切っていたらしい。

 授業中でなくてよかったと安堵しつつスマホを耳に当てる。


「もしもし?」

『もしもし、ゆうやくんですか?』


 画面の向こう側は琴葉だ。

 なるほど、わかったぞ。

 俺は得意げに片目をつむって、こう言ってみた。


「当ててやろう。部室に忘れた手鏡を持ってきてほしいとかだろう」

『ゆうやくん……その言動が許されるのは本の中だけですよ?』

「……すまん、さすがに反省してる」


 さっきまで推理小説を読んでいたせいでつい影響を受けていた。さすがに恥ずかしいから今後は注意するとしよう。……うわあ、今まで何回やったっけ……。

 とかく、俺は話をうながした。


「一応合ってるのか?」

『はい。もしよろしければですが……ぜひ持ってきていただきたいですっ!』

「謙虚なのかそうじゃないのか、どっちかにしなさい」

『もうぜひ部活寮まで来ていただけるとありがたいです!』


 それから少しのやりとりがあって通話を切った。

 あの様子。

 手鏡を持ってきてほしい。

 そして、昨日の帰り際の怪しい会話。


「これは何かたくらんでるな?」


 そう一睨みして、不敵に笑った。

 俺を愚策にはめようったってそうはいかないぞ。



 しかし誰が想像できただろうか。

 これから一時間以内に起こる出来事が、俺に初めてのトラウマを刻みつけようとは。



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