第9話melt down...3
遠くの方でゆっくりゆっくり呼吸をする音が聞こえる。
暗がりの中にじわじわと白い明かりが差しこもうとしていた。
そっと目を開けると、目の前には彼がいる。
お互い服を脱ぎ捨てたままで、同じシーツにくるまっていた。昨日よりもはっきりと映る彼の姿に、恥ずかしさと愛おしさを感じる。
自分で尽きておいて、なんて身勝手なんだと思いつつ、彼に触れたい気持ちが私の手を伸ばす。離れたくないな。
彼の呼吸の音が止まると、うっすらと彼が目を開け応えるように私に手を伸ばす。
肌が触れ合う感触が心地いい。触れていたい。近づきたい。
ふと彼のやわらかい唇を感じて目を開けると、彼はまたキスの雨を降らせた。私はまたすぐに彼を感じることに夢中になってしまう。
なんでこんなにも彼に反応してしまうのか不思議でしょうがなかった。自分の身体は彼を好きなんだと感じたが、それを理性で好きだというのは違うと、言い聞かせていた。私の酔いはとっくに醒めているはずなのに、なぜこんなにも優しさを感じるのか。自分で自分をコントロールしきれない。
「ごめん、していい?」
なんで謝るの?私が彼を待たせていたのに。それに私だって求めていたのに。
余裕なさそうに聞いたのに、彼はどこまでも優しかった。
ゆっくり、確かめるように彼が入ってくる。ふと私の声が漏れる。
彼が眉間にしわを寄せると、なんとかバランスを保ちながら言った。
「…ヤバいかも……」
え?と答えるよりも早く彼が動き出す。
「…ぁ…んっ…」
呼吸が彼と共鳴する。
全身に力がグっと入って、彼が私のなかで動きを止めると、すべてが解き放たれるように溶け落ちた。
彼の目覚ましの音で目が覚める。それぞれ服を着て支度を始める。
なんで今日も仕事なんだろうと思いながら、彼と同じ動作をしているだけで何故か嬉しかった。
「行きましょうか。」
彼と歩く彼の通勤路。
わたしと歩くいつもの道、朝を彼はどう感じているのだろう?
さっきまでの出来事は何もなかったかのように、自然に話をしていた。
すぐ向いのコンビニが明後日オープンすること、朝はいつもそこでおにぎりを買っていること、私の朝はヨーグルトと決まっていること。彼は末っ子だということ、家族の中ではかわいがられていたこと。
気づくと乗り換えの駅に着いていて、お互いに手を振った。
「仕事頑張ってね。」
「そっちもね。また飲みに行こうよ。」
「うん。またね。じゃあ。」
少し歩いて、振り返ってみたが、人ごみの中で彼はもう姿を消していた。
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