第7話melt down...1

「久しぶり。来週時間あったら飲みにいかない?」


SNSで繋がっているだけに等しい関係。同じ会社の部署違い。同期が仲が良くて2、3度、何人かで飲みに行ったことがある。

まっすぐに見る目は濁りなくて、少し細身で、身長は高め。誰に対しても敬語でしゃべる癖があってちょっと壁を感じていた。でも彼は壁を作りたいわけではなく、ただそれが彼なのだった。空気を読み取ってそこに乗っかるのが上手だった。そして乗り遅れないようにまわりの人を救い上げるのも上手だった。輪の中心、というわけではないけれども、彼のおかげでつまらなそうにしている人はひとりもいなかった。


―――そんな印象。

目が思ったよりも細い、でも優しい瞳。よくしゃべる、でもちゃんと聞いてくれてる。

こんな人だったっけ?

「ほんと聞いてて思うんだけど、クソ真面目だよね。」

楽しそうにしゃべるなあ。それ悪口じゃないかと分かってるのに嫌な気持ちにはならなかった。

「へえ、意外と向上心も持ってるんだね。」

落としたかと思うとすぐに褒めて、彼のアップダウンに振り回されっぱなし。気づいたら完全に彼のペースに持っていかれていた。でも嫌な気分じゃない。うまく私を扱ってくれている気がした。

4時間もしゃべり通していたのは、きっとそんな彼のペースにはまってしまっていたから。

「このあとどうします?もう一軒行きます?」

いつもの口調だが、ときどき辻褄が合っていない。酔ってるな。

二件目では一件目とは打って変わって、お互い物静かになっていた。酔いが醒めたとかではなくて、少し暗い店の雰囲気と懐かしいBGMがそうさせたんだろう。

「この曲、中学生の時に流行りましたよね。」

そうだったっけ?独特なダンスがウケて女子の間で流行っていたのは覚えている。あの頃、この曲を聴いて懐かしむ日が来るなんて想像できただろうか。この曲をあの頃は知らなかった彼と聴く日が来るなんて想像できただろうか。彼はその頃どんな学生だったんだろうか。

そういえば何も知らない。例えばこの曲のボーカルが不倫をしていて隠し子を持っていたことは知っているのに、彼の事はなにも。元カノがどんな人だったのか、どうやってその人を愛していたんだろうとか。あなたはどんな人なの。


じゃあ帰りましょうか、と言ったはずなのに、彼は私のために呼んだタクシーに一緒に乗っていた。車内は寒くないのに、雪がちらつく窓がなんだか寒々しくて、私の右半分と彼の左半分はぴったりとくっついていた。


気づいたら彼の家に着いていた。

酔っていて楽しい気分だった。飲んで帰るのが面倒になって、男友達の家に泊めてもらうことなんて経験したことはある。ただ私は彼のことがもっと知りたくてしょうがなかった。昨日まで私の頭の中にいなかった彼が、今は私の頭を埋め尽くす。

彼の部屋はそのまま彼を映し出しているようで興味を惹かれた。整頓されている本棚。清潔感のあるキッチン。オープンラックに並べられた数個あるブランド物は、どれも私好みのものだった。

私が部屋に入って脱ぎ捨てたコートは、気が付くときれいにハンガーに掛けられていた。彼は自分の着ていたシャツを脱ぎハンガーにかけると丁寧にしわをのばし、洗濯物をまとめていた。

私は目の端で彼を捉えながら、居心地のいい部屋を見渡していた。

「これ、どうぞ。」

すらっと足の長い彼のスウェット。お礼を言ってはみたものの自分が履けるか心配だった。彼が着替えている隙に履いてみると、思ったよりブカブカで裾は引きずる長さだった。

「Tシャツもいります?」

頷くと、きれいに畳まれたシャツが出てきた。ふわっと柔軟剤の香りがして思わず顔が緩んだ。

「どうしたんですか、気持ち悪い。」笑いながら彼が言う。

そんなこと言われたって緩んだ顔は戻らなくて、愚痴を言いながらTシャツに着替えた。この空間で、この時間が続けばいいと思った。

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