第5話 『格の違い』

 アデルたちが連れてこられたのは広場だ。雑草が生えていないどころか小石一落ちておらず、遮る物がない大地は黄土色に輝き、綺麗に整備されている。広場の隅々には人型を象った大木が設置されている。新品の状態の物もあれば原型を崩した物もある事に加えて整備された広場から修練場として使用されていたことが分かる。やや前時代的な修行方法ではあるが対人修行が望めない環境にある以上は致し方なく、魔獣を相手する方法では偏った経験だけが身に付くのは避けたい。あらゆる状況で応用を利かすことが出来る人間相手に魔獣と同じように戦っていては痛い目を見ることは常識だ。

 

 広場の中央で足を止めたイーヴァルは背後に立つアデルたちに振り返った。


「察しの通りここは修練場として使用しています。そして自分が支配する絶対領域。魔獣たちもここに侵入してくることもありませんので存分に力を奮うことができるでしょう」


 一通り説明したイーヴァルは主武器となるグローブを両拳に嵌めた。焔の紋様が刻印された手甲だ。書庫にあった記録書にも記載されていたベーオウルフ一族の長に継承されていく象徴の武具でもある。


 手甲を嵌めた両拳を何度から開いて感触を確かめた後、胸の前で拳同士をぶつけ合った。


「問答は無用でしょう。闘争の果てに互いの求める答えを知るだけです」


「ミリアは下がっていてくれ。もちろん援護も不要だ」


 ミリアが戦闘に巻き込まれない安全な場所まで下がったのを確認してからアデルは腰帯に差していた一本の刀剣を抜刀した。一切のくすみがない綺麗な刀身は敵味方関係なく魅了してしまう程に美しく、武器というよりも芸術品に等しい。


 だがその刀剣も所持者によって様変わりする。魔王の魔力に当てられた刀剣の美しい刀身は禍々しい色へと変化していく。変化は色だけに留まらず、衣を纏うように刀剣そのものを包んでいった。


その顛末に二人が驚きを隠せないなかでイーヴァルは先代の長から教えられたことを思い出していた。


「魔王の武器“魔剣”。どの時代でも魔王討伐した後に人間たちは探しても発見されることのなかった謎が多き一刀。その真実を目の当たりすることになるとは……」


 芸術品の如く美しかった刀剣の変貌を見届けたイーヴァルは先代たちから教えられてきた謎の解明に至れた。


 元々、魔剣と呼ばれる刀剣は実在しない。それぞれの時代に魔王が手にした武器が魔剣と化すのだ。そこに刀剣だけという縛りはなく、あらゆる得物でも魔王の魔力に当てられた武器は全て魔剣となる。今回は魔王城の武器庫から持ち出したこの刀剣が依代となったわけだが、魔剣となるのに条件が一切ないわけではない。魔力に耐えられるだけの強度がなければ魔剣と変化する前に得物が砕けてしまう。その基準は厳しく、そのことからアデルが手にする刀剣の完成度が窺える。


「さて、それでは始めようか」


 魔剣の剣先をイーヴァルに突き付ける形で構える。


「全力で行かせていただきます!」


 姿勢を前傾にしたイーヴァルが地面を強く蹴った。


                       ◇


 得物のリーチが極端に短い拳闘士の戦闘スタイルはおのずと接近戦になる。鋭い蹴りから衝撃波を放つ使い手もいるが、本来の戦法からかけ離れた攻撃は時に大きな隙を作る。それが実力者同士の戦いであればあるほど致命的な失敗へと繋がる。


 だからイーヴァルは離さない。反撃の暇を与えることも許さない手数の拳をアデルに放つ。その一撃は盾替わりに使用している魔剣を通して本体に衝撃を与えてくるほどに強い。その勢いはイーヴァルを更に加速させて優勢に働いているはずにも関わらず表情には余裕はなく、まだ戦闘開始して間もないのに汗を流しだす。


 ――堅い! いや、それよりも……。


 全身に圧し掛かる重圧が心身共に削っていくのを実感する。その結果が表面化した汗の数。武者修行の末に培ってきた経験がいとも簡単に崩された気分に陥る。修行の中には軍隊でも討伐できなかった魔獣や賞金首として名を馳せていた悪党との勝負もあったが、アデルはそのどれよりも圧倒的な威圧感を纏わせていた。


「どうした? 随分と苦しそうだが?」


 傍からでも分かる程に勢いを失っていくイーヴァルにアデルは余裕の笑みを浮かべる。その態度に苦虫を噛み潰したように表情を歪めたイーヴァルは咆哮した後、先程を上回る威力と手数で押し込むもそこに工夫はなく、一度見せた組み合わせの攻撃が通用するほどアデルは甘くない。


 これまで盾として利用していた魔剣でイーヴァルの拳を跳ね上げた。その反動に体勢を崩したイーヴァルは覚束ない足取りで後退していくもアデルは追撃をすることはせずに静観する。動きを見せないアデルを他所にイーヴァルは慌てて体勢を立て直す。それを見届けたアデルは戦闘前の時と同様に魔剣の剣先をイーヴァルに向けた。


「まだやるか?」


「――っ⁉」


 挑発とも取れるアデルの余裕な態度にイーヴァルは怒りよりも悔しさが込み上げてきた。それ以上に追撃もなく見逃されたことに安堵してしまった自身の心の弱さに落胆した。


「確かにお前は強い。魔獣の棲み処でヌシとして君臨していることにも納得できる。だが世界は広い。俺たちを超える強者などいくらでもいるんだよ」


「魔王様よりもですか?」


 アデルは頷く。帝国やその他の国家にも達人と噂される人物が多くいる。それこそ神々の寵愛を受ける人類の可能性と言える。


「俺は死が定められている。だからといって簡単に首を取らせるつもりもない。だがその為にはお前が必要なんだ。俺と共に切磋琢磨して高みに挑み、そして魔王の剣として戦ってくれる忠実な配下が」


 アデルの想いをぶつける。一人で事を成せないのは魔王も一緒なのだ。


「……分かりました。どちらにせよこの戦いに負けた自分に拒否する権利もない」


 何より、とイーヴァルは続ける。


「今の俺にとっての最強は貴方だ。そして強き者に忠誠を誓うというのが一族の掟」


 イーヴァルは片膝を地面に付けて胸に手を添え、頭を垂れる。


「これよりイーヴァル=ベーオウルフはアデル様の剣として貴方様の運命を共にしましょう」


「期待しているぞ、イーヴァル」


「はっ!」


 激闘を繰り広げられると思われた二人の戦いはアデルの一方的な力の差を見せつけることで静かに決着するのだった。

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