第十話 大きなぽこぽん

「もう、鬱陶しいなあっ!」


 おびただしい量の岩がマレスに襲いかかる。しかしこの殆どの岩は実体を持たない。ぽこぽんの幻覚能力。一瞬で見分けることは難しく、視界は埋め尽くされる。異常なレベルの精度と規模だ。


 しかしマレスとて普通ではない。ちょっとやそっとでは尽きない膨大な魔力量は、彼の戦闘にブレーキなどないことを意味する。


 見分けがつかないなら全て消してしまえばいい。


 彼は飛んでくる全ての岩を巻き込む広範囲の炎の渦を繰り出し続けた。


「まだ来るわよ!」


 岩を防いだその直後、炎を掻い潜ってきたぽこぽんがマレスを襲う。


(どっちだ!?)


 迫り来る強靭な爪を前に、思考を必死に巡らせる。


 幻覚で厄介なのは量よりも精度である。幻覚だと見分けられるのであれば受ける必要は無い。しかしそれを見分けることができず、実体か幻覚かの二択に迫られたとき、実体を想定して立ち回らなければならないのだ。


 剣にも振り上げてから振り下ろすという動作があるように、魔法を使った直後は魔力が不安定になってすぐに魔法を使える状態ではない。だから、この実体か幻覚か不明なままの攻撃を、実体による攻撃としてマレスは剣で受けなければならなかった。


「おわっ!」


 中途半端に受けることは許されない。結果、それが幻覚だった場合、バランスを保つことができず、故にマレスは攻勢に回ることができなかった。


 いっそのこと渾身の魔法を放ちたい。しかし洞窟を崩落させかねない大魔法は避けたい。だからといって中途半端な威力ではぽこぽんに致命傷を与えるまでには至らない。


 だからこそハイレベルの魔力制御が必要だ。


「ごめんやっぱ無理 ! お願い!」


 マレスは迫り来る岩から顔を背け、後ろで待機している彼女を見た。


「はぁ……情けないわね」


 しかし、こちらには彼女がいる。魔法都市ラプラにおける魔法御三家ガレミアが長女。次期ガレミア家当主として得た知識を、冒険家になるためにより戦闘向きの技術へと昇華させた恋慕の魔法オタク。


 魔力制御のプロフェッショナル。それが彼女、エル=ガレミアである。


 彼女の姿が滲む。いや、無数の水滴が彼女の周囲を球状に覆っているのだ。


「【雫玥だげつ】。飛沫の一矢が遍くを貫くわ」


 投擲された岩が突然、空中で雲散、粉々になった。エルの操る無数の水滴が針のように長く鋭く変形し、岩のことごとくを貫いていた。


「やっぱすごいね。うにバリア」

「そのダサい名前をやめなさい」


 エルが杖の先でマレスの頭をコツンと叩く。


「でもこれはあくまでカウンター用。攻めには使えないわ。守備は私がなんとかするから、あんたはどうやってあの狸を倒せるか考えなさい」

「難しいこと言うなあ……ま、やってみるしかない、か!」


 困り顔の青年は決心したと同時に強く地を蹴った。放たれた矢のように迷いなく一直線に進んでいく。それは決して無謀ではない。エルがほとんどを処理してくれるおかげで最低限の攻撃だけをいなして進めるからだ。


 舞う飛沫と焔。その向こうから獰猛な唸り声。こちらの攻撃を掻い潜って突撃してきたぽこぽんの爪が、碧灯石の光に照らされ青緑色を帯びる。


 マレスはそれを真正面から堂々と受ける。しかし魔物相手に正々堂々なんてものが通用するはずもなく、剣は呆気なくぽこぽんをすり抜けた。


 だが、マレスとてそんなことは身に染みるほど理解している。空振りして宙に投げ出された身体を剣の勢いそのままで回転させ、おそらく続くであろうぽこぽんの攻撃に合わせて体勢を整えた。


 予想通り、前を向いたらそこにはやはりぽこぽんの姿。また合わせ、すり抜け、体を回転させて次に備える。


 そして六回目の襲撃で遂に来た手応え。甲高い金属音が空洞内を反響する。


 ようやく攻撃をまともに受けることができた。そう思ったマレスだが、それとは裏腹にその身は後方に突き飛ばされていた。


 これだ。全力で受けていたつもりでも連続で幻覚を相手すれば、どうしても力が抜けてしまう。中々自分の土俵で戦わせてくれない。思い通りにならない。いつまで経っても攻勢に立てない。


 マレスが悔しさを滲ませながら顔を上げた。その視線の先には数えきれないほどのぽこぽんが壁のように立ちはだかっていた。


「うわぁ……」


 彼は心底げんなりした。


 手応えのない相手と戦わされ、彼にしては珍しく苛立ちを抱いていた。大量の岩を処理したと思ったら大量のぽこぽん。幻影の過剰摂取である。ため息の一つや二つ出ても文句は言われないだろう。


 そんな彼の心情など察してくれるはずもなく、一斉に雪崩れ込んでくるぽこぽん。


「それはちょっとずるいんじゃないのかなあ!」


 マレスは迎撃しながら後退した。やはり受け身に回らざるを得ない。


 しかしエルが側方をケアしてくれるおかげで負担は少ない。パーティが上手く機能している証拠だ。それに二人とも魔法のレベルが高い。攻勢に回れないとはいえ、幻影を消す手段は多く、決して相性が悪いわけではない。


 完全武闘派のウィタたちが相手していたらきつかっただろうか。いや、彼らなら獣並みの勘で本物を見極めてあっさりと倒してしまうかもしれない。マレスは幻影を消し飛ばしながら苦笑する。


 そうこう考えている内にたくさんいた幻影は全て消滅していた。大空洞内が綺麗さっぱり掃除した後のようになった。


 いや、本体は?


「――ッ! 上よ!」


 エルが叫んだ。後方にいた彼女は、マレスの脅威にいち早く気が付くことができた。


 マレスの頭上から降り注ぐぽこぽん。腕を振りかぶった状態で隕石の如く落下している。


そのままマレスのいる地点へ突撃。ぽこぽんの腕は地面にめり込み、そこを中心に地面が裂けている。マレスは、なんとかすんでのところで回避していた。


 しかし攻撃は止まらない。ぽこぽんは地面に突き刺さる腕を掬いあげて地面を抉り、散弾銃のように砂礫をマレスへ飛ばした。


 マレスはもう一度回避しようと踵で地を蹴った。しかし――


「しまっ――」


 濡れて状態の悪い足場。ぬかるみに足を取られ、無防備に地面に投げ出された。砂礫の弾丸がマレスを襲う。


「させない!」


 マレスの眼前に薄く広がる水の盾と、ぽこぽんを狙う水の槍。そしてローブをはためかせる彼女の後ろ姿。


「今のうちに早く立て直しなさい!」

「……」


 エルが叫ぶ。しかしマレスは地面をじっと見つめたまま動かなかった。


「ちょ、ちょっと! 何してるの危ないわよ!」

「ちょっと考えがあるんだ。しばらく時間を稼げないかな」

「……任せたわよ」

「うん」


 マレスの奇妙な言動に対して、エルは特に詮索するわけでもなく、ただ一言だけ交わして前衛に立った。


 その後ろで、ふぅー……と呼吸を整え、意識を沈める。繰り広げられる攻防の中に静寂の隙間を作る。


(思い出せ。僕と、勇者だった僕が見た、あの魔法を)


 マレスは『夢』を思い出す。


――――


「魔法のコツ?」


 ガレミア家の庭園で魔法の練習をしていたマレスがエルの言葉を聞き返した。


「んーと、イメージ……かな?」 

「そ。昔レドリー先生も言ってたけど、魔法はイメージが大切なの。何でか分かる?」

「分かるけど……なんて言ったらいいのかな。普通のこと過ぎて説明するのが難しいなあ。イメージが魔法の出来に直結するから?」


 稽古用の細い杖をふるふると回しながら問うエルに対して、マレスは視線を斜め上にして自信なさげに答えた。


「ちょっと曖昧ね。じゃあ、あなたは剣の稽古で何か考えてることってある?」

「ウィタに負けたくない!」

「……魔法でも、多分剣でも動きの一つひとつって意味があるの。魔法なら魔力の流れとか波とか」


 マレスのトンチンカンな回答を無視して彼女は続けて言う。


「私も最近気が付いたんだけどね、人って慣れると基礎を意識しなくなっちゃうの。応用ができると気持ちいいからね。だから新しい魔法を覚える時とか、一からじゃなくて二とか三とかから始めがちなのよ」

「ああ、なるほど。二とか三とかから始めても一応形にはなる。でも理想形にはならないってことね!」


 今度は自信ありげに答えるマレス。


「そういうことよ。だから魔法で重要なのはより具体的なイメージ。そして、そのイメージを正確になぞれるか」

「具体的なイメージかあ。といってもちゃんとやってるつもりなんだけどなあ」

「一生懸命頭の中で考えることが具体的ってわけじゃないのよ。端的に言えばリアリティかしら。文献を呼んだり、直接見たり。そうやって培える力。イメージはつまり妄想力じゃなくて知識と経験よ」

「へー」


――――


 雷は古来より神の逆鱗だと恐れられた。故に人にとってそれは縁遠いもので、故に雷魔法を使える人間はほとんどいなかった。そのうえ、使えたとしても性質上、制御が難しいことも使い手の少ない要因である。


 しかし青年は見たことがある。あの日、あの頂上決戦で彼は直接見たのだ。かの魔王、――――の【雷槍】を。


 バチ……バチ……


 彼の剣に小さな稲妻が僅かに帯びていた。


(違う。こんなんじゃない。あの日見たアレはもっと……)


 白く迸る樹枝のような。


 空を這う亀裂のような。


 いいや。そうじゃない。あれはそんな綺麗な言葉で取り繕える代物じゃあなかった。神の逆鱗。それを意のままに操る彼の【雷槍】は、とても美しく……


 そう、泥臭かった。


 バチバチバチッ


「……っきた!」


 蒼白い轟雷が宿る。槍の形に制御することはできなかったが、剣に迸るそれは確かに雷の魔法である。今にも暴れだしそうなほどけたたましく喚き、繊細である。気を抜けば制御できなくなるだろう。


「あ、あんたそれ」

「いっくよぉぉぉぉおッ!」


 マレスはその轟雷の剣を両手で抑え込むように地面へ突き立てた。稲妻が濡れた地面を伝う。


 地形を利用した広範囲攻撃。それを浴びた幻覚が次々に雲散する。そして見晴らしの良くなった景色の先にぽこぽんの本体が稲妻を浴びて苦しんでいた。


『ポ、ポ……ン……』


 電撃がぽこぽんの体の自由を奪う。


『ポ、……ポオオォオォォォン!!』

「はぁ!?」


 しかしこの筋肉狸はそれを力尽くで振り払った。所詮は付け焼き刃。本体に致命傷を与えるには至らなかったのだ。


『ポポポォーーーーンッ!』


 ぽこぽんは激憤した様子だ。荒くなった呼吸が熱を帯びている。身体を仰け反り、哮り立つと分身が滲むように現れ、空間を圧迫する。


 しかし先程の雷は全く効いてなかったわけではなかったようだ。分身の数は数えられる程度――ざっと三十といったところか。


 だが、それでも多いことには変わりはない。一斉に動き出す。


「私だって何も考えてないわけじゃないのよね」


 彼女は凜然と笑ってみせた。目には緊張。


 彼女の前方の空間には拳大くらいの飛沫が宙を漂っていた。それは彼女の放った水魔法の残骸。コントロール下からは外れているため制御はできず、やがて消えてなくなるだけの物体。


 それがピシャリ、弾けた。


「……ッ! 見つけた! あれが本物よ!」

「了解!」


 幻覚には実体がない。実体があるのは本物のぽこぽんだけ。つまり、これは索敵だ。


 名前がつけられる程のものではない。魔法の副産物。ただそれを利用しただけ。


 しかしその効果は絶大だ。無力化とまではいかなくとも何度も苦しめられた攻撃を看破したのだ。幻影に紛れて攻撃する。そのぽこぽんの常套手段を。


 そう思っていたから、それは予想外だった。


「あ――」


 ぽこぽんは学習していた。この戦闘において厄介なのは雷魔法で傷を負わせた男ではなく、それをサポートをする女の方だと。


 ぽこぽんがマレスの横を通り抜ける。その先には索敵に集中して無防備なエルがいた。


「エルっ!」


マレスが声を荒らげる。


「どうしてこっちなのよ!」


 彼女は杖をかざし、ぽこぽんの間に盾を出現させる。しかしそれは随分と小さなだった。


 消耗していたのはぽこぽんだけではなかった。彼女も、いや彼女が最も消耗が大きかった。精密な魔法を放ち続け、攻撃と防御をまかなっていた彼女の消費はこれまでに無いものだったのだ。


 強烈な横薙ぎを盾が受け止める。


「頑張りなさいよ、私……ッ!」


 なけなしの魔力を注ぐ。耐えろ、と彼女は祈る。


 しかしその盾は無慈悲にも水泡になって弾けた。


「ガ……ッ」


 豪腕が彼女を薙ぎ払う。宙空へ吹き飛ばされた身体は力なく地面を転がった。


 彼女は、動かない。


 マレスは全身の身の毛がよだつ感覚を味わった後、空気を探し求めるかのように細かく呼吸を繰り返した。両脚はしっかりと地面を掴んでいるはずなのに、身体が後ろに倒れこむような感覚に襲われた。


 ぽこぽんと目が合う。


 不安と緊張が堂々巡りするマレスの頭の中で、ある日の青年の声が鳴り響いた。


――――


「お前は考えすぎなんだよ」


 刀身を肩で支えて剣を担ぐウィタが言った。


「でも考えないと勝てないよ」

「そういうことじゃなくて、雑念が多すぎるんだよ。仮に最適解だったとしても迷いがあれば隙ができるし、最適解じゃなくても迷いがなければ相応の攻撃になる」

「ふーん」


 先手一刀――それがティーゼスの掲げる剣術理念だ。初太刀が戦いの結果を決めるとして、相手よりも早く動き、先手を取らせない。絶対的な先の先。ウィタの剣はまさにそれを体現していると言ってもいい。


「考えることが悪いとは言わないさ。ただ、少なくとも窮地に立たされたとき、迷いのせいで誰かを救えなかったら、俺は悔しい」


 彼は目を険しくして言う。


 後悔先に立たずと言う。しかしそれを理解して実行できる人間というのは多くはない。凡人は大抵、失ってから知る。つまりウィタはそちら側の人間ということだ。


「決断力と正確性。俺たちに必須の能力だ」

「簡単に言うなあ」

「簡単にできなきゃ勇者になれないからな」

「ぐぬ……」


 彼は憎たらしい表情を見せつけ、マレスを見下した。


――――


 いつかの稽古での出来事だ。なんの脈絡もないただの会話。マレスは彼の言ってることをなんとなく分かったようでいた。しかし分かってなんかいなかった。


 今、過ぎてしまった。酷く悔しい。マレスはようやく知った。


「勝たなきゃ」


 研ぎ澄ます。感覚を、極限まで。


 決断力と正確性。彼はその極地を目撃したことがある。誰でもない。己がライバル、ウィタ=ティーゼスだ。


 彼の中にはもう一人の彼がいる。それが出てくるのは彼を負かした後。彼の表情からは一切の感情が消え、じっと相手を見つめる。動きとか癖とか、そういうものよりももっと深く内側にある何かを覗くような目をするのだ。


 剣の試合で一度も勝つことができなかったそのウィタを、マレスは『怖いウィタ』と呼んだ。


 彼自身、それをコントロールできていたわけではないが、早い頃からそれを身に着けていたのは事実だ。彼の並々ならぬ才覚によるものか、それとも……。どうであれ、それこそが彼とマレスとの明確な差だ。


 どうして今まで気付けなかったのだろう。マレスは『怖いウィタ』と自分を重ね合わせる。


 深く、深く。意識の深海を泳ぐ。真っ暗闇の中、手探りで潜り続ける。自分の姿すら見えない。でも、怖くはない。なぜなら


 ――ああ、今なら簡単だ。


 ギギ……


 軋む扉のような音が聞こえた気がした。


 それと同時に世界の色が褪せた。その代わり、音が鮮明に聞こえた。体内の血液が血管を擦れる音。ぽこぽんが今、地面を蹴った音。エルの心音。それは手で掴んだ音を耳に放り込まれるような鮮明さだった。


 ぽこぽんの群れが牙を剥いている。


 ――あれだ。


 ゆらり、襲い来るぽこぽんの群れの方を向くマレスは、おもむろに剣を構えた。そしてすれ違いざま、優しく撫でるように剣を振り抜いた。


 彼が狙ったぽこぽんは雲散せず、地面に着地した。ただし、それは受身を取ることなく、身体が地面を引き摺った後、動くことはなかった。地面へ染みる大量の鮮血がぽこぽんの命が既に途絶えていることを示していた。


 マレスは死体に背を向けたまま、突っ立っていた。いつの間にか景色はいつもの色を取り戻し、静かな大空洞が広がっている。


 その瞬間、糸が切れたかのように足に力が入らなくなり、膝をついた。


「マ……レス……?」


 意識を取り戻したエルが心配そうに呼びかける。


 直撃を食らったエルだったが、盾が勢いを弱めてくれていたおかげで致命傷を避けられていたようだ。


「あはは、ちょっと疲れちゃったみたい」


 マレスはおどけてみせた。なんとか立ち上がり、ふらつく足取りでエルの元へ寄る。


 鞄から回復薬と包帯を取り出す。これでどんな怪我も一発で回復! ……などという便利な道具ではないが、無いよりはマシだ。


 エルはなんとか上体を起こして壁に寄りかかる。マレスもその隣に座り、手当てをした。


 碧灯石の柱が冷えた空洞内を青緑色に染め上げていて綺麗だ。二人で眺める。やがてそれは暗闇にフェードアウトしていった。




「……て……おきて……」


 マレスが声に反応して目を覚ます。意識が途絶えてどれくらい経っただろうか。光の差し込まない大空洞では時間の経過が分からない。


「ああ、ごめん。エル。体はもう大丈夫なの?」


 寝ぼけているマレスは目を擦って右にいるはずのエルの方へと顔を向けた。しかしエルはマレスの右横で「スー、スー」と静かに寝息を立てているだけであった。


 それじゃあ今の声は一体……。


「よかった。起きてくれました。傷だらけだからもしかしたら死んじゃってるのかと」


 よく聞けば全く知らない女性の声。エルの反対側、つまりマレスの左側からその声は聞こえてきた。


 マレスが右から左へと首を回す。


 クリーム色の柔和な髪。金色の眼。そしてゆったりとした純白の衣装を身につけた、おそらくマレスやエルと同じくらいの歳の少女がマレスの顔を覗いていた。


「助かりました。ここ、迷路みたいになってて全然出口が分からなくて……。どれくらい歩いたかな。リリィはもう、限界……です……」


 少女はそう言うと、マレスに覆いかぶさるように倒れ込んだ。慌てて少女を受け止めるマレス。


 美しい顔立ち。ツヤのある髪。上品な服。マレスはそんな少女から目が離せなかった。しかしそれは、彼女が魅力的だからというわけではない。彼女のを見て、そうならざるを得なかった。


「天人様……?」


 彼女の背中からは白くふわりとした翼。そして薄暗がりの中でよく目立つ頭上の光の輪。

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