冒険の章
第八話 冒険家
「やあぁぁぁッ!」
『ブモォッ!』
意気軒昂な声がこだますると同時に魔物の断末魔が響いた。
地面に転がるのは魔猪と呼ばれる魔物の十数体の死体。全てマレスたちが倒したものだ。
「お疲れ様」
「エルもおつかれ。思ってたよりいっぱいいたね」
「こんなに持って帰れるかしら……」
「持てるだけ持ってけばいいよ」
マレスが「ふぅ」と軽く一息ついて刃の先を下に傾けると、重力に従って魔物の血が地面へと滴り落ちる。
マレスとエルは現在、ラプラの北部にあるマル村という村に来ていた。シュタト村に勝るとも劣らない辺鄙な村である。
そびえ立つ山々からは広大な土地を区切るように川が伸び、山の麓には果樹が並んでいる。マル村は果物の特産地なのだ。
甘い果実を狙う魔物は少なくない。今回マレスたちは果樹を狙いに大量発生した魔猪を駆除するクエストを受け、ここに来ていた。
「ありがとうねぇ。怪我はないかい?」
危険だから、と後ろで待機させられていた老婆が戦闘が終わったのを見てマレスたちに話しかける。
「いえいえ、これが僕たちの仕事ですから」
「ふふ、そうねぇ。でも怪我はしないように気をつけるんだよ。はい、これ報酬。あとこれも持っていって」
「えっ、いいんですか?」
「いいのいいの」
老婆が渡したのは貨幣の入った布袋と籠に積まれた果実。赤く熟れていてとても美味しそうだ。
「おいしそう……はっ! あ、ありがとうごさいます」
エルが緩みそうになる頬を引き締めて会釈する。
冒険家はクエストを終えると報酬を受け取るのだが、依頼主によっては今回のようにオマケを貰えることがある。
冒険者の収入源は大きく受注、依頼そして持ち込みの三つに分けられる。
クエストを掲示板からギルドから貰うのが『受注』、直接依頼主から貰うのが『依頼』だ。
また、現界は陸地だけでも三割ほどしか開拓できていないと言われている。
資源や情報を持ち帰って売ることを『持ち込み』と呼ぶが、危険区域もしくは未踏区域での情報や資源は稀少で高く売れる。まさに冒険の華であり、リターンも大きい分、最悪の事態になる例も少なくない。
マレスは勇者になると宣言した日にしたユシアとの約束を律儀に守っていた。
『危険なことはしないこと』
実力を見誤らない。目的を見失わない。
危険な職業である以上、茨の道を歩まなければならない場合も時にはあるかもしれないが、それでも無駄なリスクは避けるよう心に決めていた。
「意外と早く終わったね」
「そうね。どうする?」
「んー、とりあえず村に戻ろうか」
マレスは魔猪を上手に括り付けながら答えた。
*
ギルドという、いわば冒険者と依頼主を仲介する組織が存在する。冒険者がクエストを受注したり、報酬を貰ったりする場所だ。また、冒険者の溜まり場でもあるため、情報交換をする貴重な場でもある。
ディラ街のような栄えた街であれば大抵存在するのだが、マル村のような辺境の村にはそうあるものではない。
その代わり、どの町や村にも掲示板が設置されている。掲示板とはギルドから送られてきたクエストや地域住民からの依頼を掲示する場だ。
「『牛の乳絞り』に『木こりの手伝い』、『子供との遊び相手』……なんだかパッとしないね」
「まあそれだけ平和ってことなのよ」
「そうだけどさー」
マレスは不満げにぼやいてみせた。
冒険家の頂点とも言われる勇者だが、全員が全員勇者を目指すというわけでもない。クエストに応じて様々なスキルを求められる。無論、自衛する程度の強さは必要だが、冒険家というのは大半は旅をしている便利屋みたいなものだ。
先程のように魔物を狩るクエストはそう多くはない。村や町だから危険が少ないのではなく、危険が少ないところに村や町が作られたからだ。敷地外に出れば魔物との遭遇率はぐっと高くなる。
マレスはほどよい内容の貼り紙を手に取り、そこに書いてある地点へと向かった。
*
「そっちあったー?」
「ないわねー」
人の手がほとんど付けられていない山の奥。誰かが歩いて草が剥げた箇所だけが辛うじて道として機能している。
マレスが適当にとったクエストは危険地帯まで入れない依頼主の代わりに薬草を摘んで来て欲しいという内容だった。
斜面が多く、足場が悪い中で薬草を探して積む。
地味な上に汚れる作業だ。お嬢様であるエルはこういう作業を嫌うだろう。最初はそう思っていた。しかし……。
「あったー! マレス、こっちこっち!」
「あんまり急ぐと転ぶよー」
「やったー! 薬草ゲットー! あっ、こっちにも! ここ、いっぱい生えてる!」
土にまみれてもお構い無しではしゃぐエル。
彼女はマレスよりも冒険家気質だった。
ずっと魔法の勉強だけやってきたからだろう。今でも魔法が一番の趣味なのだが、外に出かけることが少なかった分、外界への興味が人一番高かった。
エルは我先にと兎のようにぴょこぴょこと跳ねながら山道を進んでいった。
数十分後、すでに籠の半分くらいまで薬草が積まれていた。流石に動き回るのも飽きたのか、マレスと歩を合わせて探索するエル。
「ウィタとエトナさんは今どの辺りかしら」
「さあ。僕が東に行くと言ったら西に行くって言うような奴だからね。きっとーー辺りで危険区域にでも入ってるんじゃないのかな」
「あの人たちならランク以上のクエストでも平気で受けそうね……」
半ば呆れたように乾いた笑いを漏らすエル。
冒険家は自分の実力に見合ったクエストを判別しなければならない。そのため彼らにはそれぞれ階級が与えらている。
十段階あり、冒険家の証明書でもある銅板にはそれぞれの階級に応じた色の鉱石が施されている。そのため冒険者たちは青ランク、黒冒険家などのように鉱石の色で呼ばれることが一般的だ。
階級は実績に基づいて与えられる。クエストの量であったり、質であったり、特殊な技能を持っていたりなど査定要素は様々だ。
マレスのランクは現在、養成学校での成績が良かったこともあり、下から二番目だ。銅板には白色の鉱石が嵌められている。
ちなみに階級が上がるほど稀少な鉱石を使用するため、紛失するとベテランの冒険者でもギルドに結構怒られる。
危険区域にも度合いがあり、冒険家の階級はどのレベルの危険区域まで挑めるかの重要な指標になるのだ。
「まって。なんかいる」
そしてここはレベル2危険区域。当然安全な場所ではない。
マレスは何者かの気配に気付いて立ち止まった。
左右の茂みが嗤うかのように音を立てて揺れる。マレスたちはいつでも戦えるよう臨戦態勢をとった。
茂みの揺れが最大まで大きくなる。
「あれは……氷狼……!」
鬱蒼とした茂みから出てきたのは、マレスが本当に勇者を目指すことを誓ったあの日、彼を襲ったあの魔物だった。
彼は覚えている。相手を仕留めるための鋭利な牙や爪を。殺意を宿した眼光を。そして、絶望に晒されたトラウマを。
はっきりと覚えている。
「マレス……?」
不安なエルが彼の表情を窺う。その表情は明らかにあの日を思い出しているようだった。
氷狼が強く地面を蹴り、一斉にマレスへと襲いかかった。おぞましい牙が彼の喉元を捉える。
「マレスっ!」
「大丈夫。もう怖くなんてないよ。だって僕は強くなったんだから」
氷狼がマレスに喰らいつく寸前、剣を二振り。
斬撃の軌道から火の粉が舞い散り、そこに巻き込まれた二体の刻まれた傷口から炎が舞い上がる。
氷狼が地に伏し、小草に付いた霜がじんわり溶けた。
「アルドルトさんみたいにはいかないや」
マレスは振り返ると、にへらと格好悪く表情を崩しながらエルを見た。
*
「昨日はちょっと心配したわよ。氷狼ごときにビビって動けなくなったんじゃないかと思ったわ」
明朝、村の入口まで来た辺りで、エルが不機嫌なのか安心したのかよく分からないといった風に呟いた。
クエストを終えたあとは報酬を受け取り、氷狼の肉や革を売り捌いて昨日の仕事は終了した。
「あはは、ごめんごめん。でも結構高く売れてよかったじゃん」
「まあ……それはそうだけど……別にそれとこれとは関係ないでしょ」
エルは手に持つ貨幣の入っている袋をマジマジと見つめた。
「……でも怖かったってのは間違いでもなかったかな」
「そうなの?」
「あんなことがあったからね。養成学校で初めて魔物を狩りに行った時も結構怖かったんだよ」
「それ、みんな気付いてたわよ」
「えっ」
衝撃の事実に面食らうマレス。彼はごまかせていると思っていたのだ。
しかし、彼は強くなった。剣、魔法、格闘のスペシャリストに鍛え上げられ、そして自身の強い意志が彼に驚くべき成長を授けた。
それでも彼が昨日立ち止まったのは思い出したからだけではない。
比べていたから。
因縁深い魔物と立ち会い、過去の自分と今の自分がどれだけ変わったのか。それを実感するため。
「それで? 今はもう平気なわけ? パーティ仲間がへなちょこだと困るわよ?」
「きついこというなあ……。安心して。全然平気だよ」
「そ。まあ、あんたの強さは私も知ってるからそんなに心配はしてないけど」
「えへへ」
だが、過去の自分はそこに置いてきた。もう立ち止まる必要はない。
「それじゃそろそろ行こうか」
「ラプラとも今日でおさらばかあ……。それで結局次はどこに行くつもり? 東? 西?」
「ウィタに怒られるから東かな」
「別にいいじゃない」
「だめだよ。もし鉢合わせたらきっとすごく嫌な顔されるよ」
「私には被害がないから全然構わないわよ」
「なんて横暴な……とにかく東に行くよ!」
「はいはい」
生返事で返すエルはマレスを置いてけぼりにして先に歩き出す。
マレスも果実の甘さに尾を引かれながらも、ラプラに背中を向け、隣国レグリアへと足を踏み出した。
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