転生勇者は夢を見る。

桑゙

旅立ちの章

第一話 ぼくは――


 立ち並ぶ岩壁の向こう側で鈍い光が広がった。陽は沈み、周囲にしょくはおろか草木すら見当たらない荒野だ。


 光が和らぐと間もなく、轟音とともに岩壁の一角が爆ぜた。砕片は地面へ向かって崩れ落ちるが、その中を縫うように動く影が一つ。『影』は重力に逆らいながら砕片から砕片へと飛び移り、遂に岩壁の上に着地した。


 『影』の正体、それは群青色の鎧を身にまとった黒髪の男の剣士だった。しかし、その顔はなぜか靄がかかったように、見えない。そして男が剣を構えるその先にもう一人。漆黒の鎧にマント、そして銀髪から角を覗かせている――魔人の大男だ。顔は、やはり分からない。


 魔人が身の丈ほどある杖を水平に掲げると、周囲に雷を帯びた玉がひとつふたつと出現する。宙に漂うそれらは雷鳴を響かせながら、やがて槍状へと形を変えた。


 それを見た剣士が強く地面を蹴る。その瞬間、彼の姿が消え、代わりに地面には足跡が深く刻まれていた。その足跡が、砂塵を散らしながら魔人の方へ途轍もない速さで伸びてゆく。


 直後、雷槍が放たれ、剣士へ向かって一直線に空を切った。しかし、当たらない。彼は迫る槍を右へ左へ切り返して躱す。槍はそのまま地面に突き刺さり、ほどけるように消滅した。


 猛攻を凌いだ剣士は一蹴りで距離を詰め、その勢いのまま魔人に斬りかかった。が、彼らを遮るように地面がせり上がり、剣と土壁が激しく音を立ててぶつかり合う。土壁は大きく抉れたものの、斬撃は魔人に届いていない。


 それでも太刀を浴びて脆くなったであろう壁に、剣士はもう一度剣を振りかぶるが、頭上には先程と同じ無数の雷槍。魔人が腕を振り下ろしたのを合図に、勢いよく真下へ降り注ぐ。瞬時に後方へ飛び跳ね、身を翻しながら回避する剣士に対し、魔人はすかさず鋭く尖った巨大な氷塊を錬成し、追撃をかける。しかし、剣士も空中にいながらも体を強引に捻り、その勢いで氷塊を両断した。


 凄まじい剣技と魔法の応酬。土色の世界の中、群青の影はよく目立っていた。


   *


 どれだけの時間が経ったか。両者共に呼吸が荒い。それでも隙は与えまいと集中は途切れない。しばらく睨み合いが続いたあと、剣士が構え直し、「ふぅー……」とゆっくり息を吐いた。この一撃で終わらせるつもりなのだろう。それに勘づいた魔人も杖を構えて魔力を集中させる。剣士の周りを光の帯が流れるように包み込む。対して魔人の杖に辺りの大気が吸い寄せられるように渦巻いていた。


 ひとしきりの静寂。まるで示し合わせたかのように、両者は同時に動き出した。剣士は剣を水平に薙ぎ払うと帯びていた光が剥がれ、光の刃が高速で地を這う。その対面からは魔人が放ったであろう闇の塊が、不気味に、ゆっくりと宙を進んでいた。


 それらが空中で衝突する。その瞬間、爆風と衝撃波が辺り一面を襲った。砂礫が飛び散り、二人もその場に留まるのがやっとだ。


 ところが互いの攻撃は互角。少しずつ威力は弱まり、やがて白と黒が入り交じって相殺された。


 爆風が収まり、周囲は静まり返ったが、衝撃によって舞った土煙で視界が悪い。しかし土煙の向こうに微かな光がひとつ。剣士が纏っていた光の残滓だ。それを見逃す訳もなく、魔人が『光』へ躊躇なく突進する。これまで頑なに距離を取って戦っていた魔人が不意に接近戦を仕掛けたのだ。杖の先に半透明の刃を生成し、『光』を切り裂いた。


 斬撃の風圧で土煙に大きな亀裂が入る。真っ二つになった剣士の姿。それがそこに――


 無い。あったのは青白い光の玉がひとつ。


 何が起こったのか驚く間もなく、斬りかかった勢いで前のめりにバランスを崩してしまう。


 咆哮が聞こえた、気がした。魔人の背後、地に伏せるように構える勇者。


 魔人の首を、白く冷たい軌道が捉えた。



――――――――

――――



「ん、ふあぁ……」


 朝日に気づいて目が覚めた少年――マレス=オリユーズは、あくびをしながら体を起こした。上体をぐっと伸ばし窓から外の景色を眺める。しかしまだ眠いのか、こっくりこっくりとその黒い髪を揺らし、睡魔と戦っていた。


「マレスー! そろそろ起きなさーい!」

「んぁ……」


 扉の向こうから女性の声が聞こえた。マレスは口から垂れたヨダレを袖で拭くと、ぴょんとベッドから床へ飛び降りる。もう一度伸びをしてから着替えると、声がした方へ小走りで向かった。


 台所には母ユシアの後ろ姿が見えた。先ほどマレスを呼んだのは彼女である。テーブルからは美味しそうな匂いが漂ってくる。


「先に顔洗ってきなさい」

「……はーい」


 マレスは余程お腹が減っているのか、テーブルの料理を後を引くように見つめながらも外へ向かった。


 扉を開けるとぽかぽかの陽気にまたあくびが出る。井戸の底に伸びる縄を引っ張ると桶が奥から顔を出した。水面に映る少年はまだ眠そうだ。マレスは小さな手で水をすくい、ぴちゃぴちゃと顔に当てる。空気が冷たくて心地よい。井戸に掛かっていた手ぬぐいで顔を拭くと、すっかり眠気が覚めたようだ。顔を上げるとそこには村の景色がくっきりと広がっていた。


 ――この世界には十数ほどの国が存在する。マレスが住むこの『シュタト村』は、『ラプラ』という国の中にある。ラプラは魔法都市と呼ばれるほど魔法分野の研究が盛んな国だが、シュタト村は人も少なく特に何も無い……もとい、静かで平和な村だ。


 さて、家に戻り、楽しみにしていた朝食の時間だ。マレスは席に着くなり勢いよく朝食を口に詰め込み、時たま喉につかえそうになると水を飲む。向かいのユシアがそれを眺めて微笑んでいた。


「今日、変な夢見たよ」


 マレスは口に含んでいたものをごくんと飲み込むと、突然思い出したかのように話し始めた。


「どんな夢?」

「えっとね」しばらく天井を見つめる。「忘れちゃった」


  マレスはなぜか自慢げに答える。


 朝食を食べ終え、部屋へ戻る。しばらくして身支度をしたマレスが戻ってきた。


「そろそろいってきます」

「じゃあお父さんにこれ、よろしくね」


 そう言って手渡されたのは水が注がれた一杯のコップだ。


「いってらっしゃい」


 ユシアは背を向けて走るマレスを優しく見送った。


 隣町にある学校まではもっぱら徒歩だ。その途中、村の出口の近くに建っている小さな教会、マレスは通学路から外れてそこへ向かった。協会の横の広場、加工された黒い『石』がずらりと並んでいる。マレスは一つの『石』の前で立ち止まると、手に持っていたコップを傍に置いた。『石』には白字が彫られている。


≪マイオス=オリユーズ≫


 四年前、冒険家だったマレスの父マイオスは冒険中に命を落とした。殉職率の高い冒険家とはいえ、当時五歳だったマレスにとっては衝撃的な事件だった。それから毎朝、父の墓に立ち寄ることが日課になっている。


「いってきます。お父さん」


 マレスは一瞥してその場を後にした。


 通学路に戻ったマレスは腕を大きく振りながら意気揚々と行進する。ただの森林をいつも楽しそうに歩くのだ。いくらか進んで林道に差し掛かったとき――


ドンッ


 突然背中に何かがぶつかった。鼻歌を歌っていたマレスはその衝撃に思わず「うげっ」と唸り声を上げて前方によろめく。


「いってて……ってお姉ちゃん!?」

「ふっふっふ。おはようマレス。隙だらけよ」


 そこにはしたり顔でマレスを見つめる少女が立っていた。赤毛赤眼の彼女はエトナ=シトシー。家も近く、彼らの両親の仲が良いことから、小さい頃からよく遊んでいた。マレスは一つ年上のエトナを姉のように親しみ、彼女もまたマレスを弟のように可愛がっていた。


「あっ! 森へ入る前にちゃんと鈴をつけなきゃダメでしょ!」


 エトナは腰にぶら下げた鈴をちりんと鳴らす。


 自然界には猛獣や魔物が多く潜む。『魔除けの鈴』と呼ばれるこの鈴には彼らが近づいてこないよう魔力が込められている。登下校中は身につけるようにと告諭されているが、マレスはこれを鞄に入れっぱなしにしていた。


「あはは、忘れてた……」


 マレスは視線を横に流して誤魔化す。しかし彼が鈴の音が嫌いで身に付けていないことを知っていたエトナは呆れ顔を浮かべていた。


「魔物に襲われてからじゃ遅いんだからね!」

「さっき背後から襲われたけどね」

「誰が魔物よ」


 マレスの頬を餅のように引っ張りあげるエトナ。


「あでででで! ごめん! ごめんってば!」


 赤く腫れた頬を涙目で擦るマレス。エトナは「まったく……」とため息をつくと、マレスの手を引っ張って足早に林道を進むのだった。


 森を抜け、ようやく街に辿り着く。ここ『ディラ街』は見渡せば畑や川が広がっているシュタト村とは異なり、店や住宅が所狭しに立ち並んでいる。


 喧騒を抜け、開けた場所にマレスたちが通う学校はある。


「それじゃ、またあとでね」


 教室は学年ごとに分かれている。二人は手を振ると各々の教室へ向かった。


   *


「えー、この世界は大きく分けて三つに分けられますが……それぞれの世界がなんと呼ばれているか知っていますか?」


 正装で教壇に立つ、いかにも怜悧そうなその中年男性は黒板に書いた空欄を指しながら、二十数人が収まる教室を見渡して問う。彼はケイネ=レドリー。このクラスの担任教師だ。


 すると先頭の席で素早くピンと挙がる手がひとつ。


「魔界、現界、天界です」

「はい正解です。ガレミアさん」


 少女は得意げにフフンと鼻を鳴らす。鍔の広い大きなとんがり帽とローブを身に纏う、さながら魔法使いのような彼女はエル=ガレミアだ。勉強に熱心で、見てくれの通り魔法が大好きな少女である。


「私たちが暮らす現界は魔界と天界の中間にあるとされています。それぞれの世界には独自の気候や生態系、文化があるとのこと。例えばここ現界ではヒューマンのほかにエルフなど――」


 レドリー先生の使う言葉は少し堅くて難しい。マレスは延々と耳に流れ込んでくる呪文のようなソレを退屈そうに聞き流す。


「――というわけで、現人と天人の協力関係、そして魔人との確執についてでしたが・・・」


 レドリー先生はチラリと時計を覗く。


「時間ですので今回はここで終わりにしましょう」


 その言葉とともに生気を失っていたマレスの瞳が潤いを取り戻した。しかしレドリー先生は言葉を続ける。


「それと今日の当番は……ガレミアさんとオリユーズくんですね」

「あっ……」


 マレスの瞳は再び輝きを失った。このクラスでは放課後に当番の人が植物の世話をすることになっている。特段大変な仕事ではないが、むしろようやく帰宅できる安心感を横からつつくようで、その脱力感は計り知れない。


「さっさと行くわよ」

「あ、うん……」


 マレスがああだこうだ考えているうちにガレミアが冷たく呼びかける。マレスは気だるそうに立ち上がり、足早に歩くガレミアの後ろをトボトボと付いて行くのだった。度々「もうちょっと早く歩きなさいよ」と小言を言われながら。


 校舎の外にある花壇に向かう途中、森へ続く分かれ道を行くと泉が湧いている。そこで使う分の水を汲む必要がある。


「あ、僕が汲むよ」


 マレスとガレミアは特別仲が良いわけではないが、一応相手は女の子だ。マレスなりに気を使ったつもりだったが……


「いいわよ別に」


 ガレミアは伸びてきた手を避けるようにバケツを払う。普段、ガレミアが彼女の友達と話しているときは明るく優しい雰囲気を感じるのだが、男子生徒に対しては突き放すような態度をとるのだ。


「……ガレミアさんって男子のこと嫌いなの?」

「そ、そんなことは――」



 カーン  カーン  カーン  カーン



 突然、街全体を鐘の音が走った。定刻を知らせる鐘ではない。それよりも甲高い、危険を知らせる音――警鐘だ。


 普通、人間の住む街には至るところに魔除けの術が込められた柵が設置されているため基本的に安全だ。しかし警鐘が鳴ったということは、つまり街の近くもしくは内側に何かしらの脅威が出現したということだ。


「急いで戻りましょう!」


 ガレミアはそう提案すると、汲んでいる最中だったバケツを地面に置いて立ち上がる。マレスも戸惑いつつガレミアに続いて泉を後にした。しかし、歩を進めた直後――


 ガサッ


 泉の横の茂みで何かが動いた。


「な、なに……?」


 思わず二人の足が止まり、茂みに注意が向けられる。警鐘が鳴った後だ。猛獣や魔物の存在を危惧しないわけがない。もしそうであれば、背を取られたらタダでは済まない。


ガサッ ガサッ


 二人はジリジリと後退りをする。そして、緊張が極限まで高まったとき、ようやくそれが姿を現した。


 ――人だ。マレスはそっと胸を撫で下ろし、そのまま彼に話しかける。


「あの、警鐘が鳴ったので一緒に逃げ――」

「オリユーズくん! 待って!」


 ガレミアが声を荒げる。彼女は怯えていた。そう、それは人だった。しかし、現人が普通持ち合わせていないものが彼には備わっていた。


「ま、魔人……」


 角と尻尾。現人にとって禍々しさの象徴であるは彼が魔人であると知らせるとともに、マレスとガレミアを絶望させるのに十分な材料だった。現人と魔人が数百年、数千年と争ってきた事実は現界に住む者なら誰でも知っている。


 魔人はマレスより一回り大きく、腰には剣をぶら下げていた。おそらく訓練を受けているだろう。子供であるマレスやガレミアが勝てるわけがなかった。


「誰かいませんか!」


 逃げられないと悟ったマレスは大声で助けを呼んだ。しかし、この時間この場所に当番以外の人がいることは滅多にない。どれだけ叫べど誰かが来る様子はなかった。


「早く、逃げて……」


 二人で背を向けて逃げ切れるわけがない。死は確実だろう。それならば……と少年は、魔人から少女を遮るように手を広げた。共倒れするくらいなら、片方が生き残れる道を選択した。怖かった。それでも恐怖で震えるその細い腕を動かす勇気を彼は持っていた。


「う、うぅ……いやぁ……」


 しかし、エルは地面にへたり込んでしまって動けなかった。いつも気丈に振舞ってはいるが、か弱い女の子だ。恐怖に支配され、腰が抜けてしまっていた。彼女はなんとか立ち上がろうと必死に自身の足を叩く。だが動かない。動け、動けと何度も呼びかけてもまるで神経が繋がっていないかのように反応してくれないのだ。


 そして、様子を窺っていた魔人が遂にゆらりと動き出した。剣を抜き、明らかな敵意を持ってこちらに近付いて来る。いまさら自分だけ逃げることはできないだろう。応戦しようにも鞄は教室に置いてきてしまっている。持ってきたバケツは魔人を挟んだ奥にある。


(武器になりそうなもの……)


 咄嗟に足元に転がる棒切れを掴んだ。しかしそれはあまりにも頼りない。子供のマレスですら簡単にへし折れる程度のもの。対して魔人は強靭な鋼の剣。勝てるはずもない。それでも立ち向かう。無我夢中だったのか。最期に女の子に格好いいところを見せたかったのか。とにかくマレスは生きるのに必死だった。


 気付けば魔人はすぐ目の前で剣を振りかざしていた。


(お母さん……ッ!)


 死ぬ間際に思い浮かんだのは母の顔。父を失ってから一人で育ててくれた。尊敬する母。大好きな母。しかし息子も死ぬ。きっと悲しむだろう。


 頭上に構えた棒切れは無残にも砕け散る。マレスは死を覚悟した。刃が髪の毛を掠める。


 その瞬間マレスの意識がブツンと音を立てて途切れた。



――――

――――――――



『あれ……さっきの魔人は……? ここ、どこ?』


 気が付くと、先程の魔人の姿は消えていた。いや、それよりも森の中にいたはずなのに目の前には荒野が広がっている。マレスはその状況に混乱し、辺りを見回した。シュタト村とは別の意味で、何もない。が、背後から何者かの気配。振り返ると、先程の魔人よりさらに一回り大きい魔人が見下ろすように立っていた。


『うわああっ!』


 マレスは思わず叫び声を上げ、後ろに転げ回った。しかし魔人は無視……というよりもこちらに気付いていないようで、視界の悪い景色の先を睨んでいるようだった。――ようだった、というのは魔人の顔は靄のようなものに遮られてはっきりとは見えないのである。マレスは今のうちにと魔人から遠ざかるように全力で走った。


 走り出してから数秒後、突然後ろから閃光が走った。驚いて後ろを振り返ると目の前から土煙が勢いよく押し寄せてきて、あっという間にマレスを飲み込んだ。


『ひっ!? ……って、あれ?』


 あまりの爆風にマレスは咄嗟に顔を腕で庇っていたが、不思議なことにマレスは吹き飛ばされずに、それどころか土煙は体をすり抜けているようだった。


 土煙が晴れると、先程の魔人とそして、もう一人。群青色の鎧の剣士だ。剣士は魔人に向けて剣を振り抜くが、防壁がそれを遮る。たったそれだけの攻防は、彼らを中心にして衝撃波が波打つほどに凄まじい。その二人の圧倒的な強さはさながら――


 それにしてもこの景色といい、雰囲気といい、マレスは既視感を抱いていた。


(これ、夢で見た)


 夢だと分かると恐怖は薄れた。それでも震えは止まらない。彼らの戦いは壮観だ。もっと近くで見てみたい、と逃げていたはずの足はいつの間にか彼らの方へ進んでいた。


 なぜか晴れない既視感とともに。


「その程度なのか勇者ァ!」

「魔王! 必ずここでお前を討つ!」


 『勇者』と『魔王』。彼らは激しく打ち合いながら確かに互いをそう呼んだ。それは現界と魔界の最強を表す称号。しかし目の前で起こっていることを考えれば驚くことではない。上級魔法に絶技の連続。無論、マレスの目で終えるレベルの戦いではないし、魔法や剣術も素人のそれだが、この頂上決戦は理屈を超えて少年を魅了する。


 並の戦士であれば、この激しい消耗戦は数分と持たないだろう。だからこその最強。しかし彼らの体力も無限ではない。徐々に、徐々にであるが体力は消耗し、戦いの終わりが迫っていた。


 そして遂にその時は訪れた。互いの全力を込めた技の衝突。のエネルギーのぶつかりは空間が震える程の衝撃波を生み、舞台が濃い砂塵で覆われる。


『ケホッケホッ』


 そこにいないはずのマレスもその迫力に思わず不要な咳込みをしてしまう。視界が完全に煙で覆い尽くされ、左右どころか上下も見失いそうになる。彷徨えど彷徨えどそこは煙。彼らはどうなったのか。おそらく互いの人類の未来を賭けた決闘だ。しかしマレスにとってこれは夢。闘技場で見ている分と相違ない。結末が分からない見世物ほど腑に落ちないものはない。


 と、煙が吹き飛んだ。厳密に言えば、マレスの前後の土煙だけが直線状に吹き飛んでいた。何かが起きた。マレスは振り返る。最初に目に入ったのは数メートル先でこちらに向かって斬撃を繰り出していた魔王の姿。土煙が晴れたのはこれが理由だろう。


『えっ!?』


 驚いた。マレスも、そして魔王も。次に目に入ったのは魔王の目の前を漂う光の玉。斬撃の先に勇者の姿はない。一刀が空振りに終わった魔王は前のめりになる。そして最後。魔王の背後、土煙に紛れて低く構えた勇者が、そこにいた。


「はぁぁぁっ!」


 勇者は咆哮する。その瞬間、ぼやけていた勇者の顔がはっきりと、鮮明に認識できた。凛々しく精悍な面立ち。しかしその眼には確かな闘志が宿っている。


 その顔を見た途端、激しい頭痛に襲われる。マレスは頭を抱えて地面にうずくまる。唸りながら、抱いていた強すぎる既視感にようやく合点がいった。


 知っている。ぼくは知っている。この顔も、景色も。


 そうだ。そうだった。


「ぼくは、勇者だったんだ」

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