闇の中の真実

ふさふさ

第1話

 目が覚めると、そこには幾度となく見た自室の光景はなく、視界は深い闇に染まっていた。

 自分の体すらも認識できないほどの完全な闇の中で俺は目を覚ましたのだ。

 眠る前に何があったか、その前の日常、自分の名前すらもわからない。

 何故俺がこんな場所にいるのか、疑問だけが思考を支配する。

 俺は何かをしてしまったのか?事件に巻き込まれたのか?何故俺は記憶を失っている?

 自問自答が延々と続く。

 1つめの可能性は誘拐だが、親族は総じて裕福か貧乏なら貧乏に属する程度の収入なので、その可能性は極めて薄い。

 2つめは俺はすでに死んでいて、ここは死後の世界、という可能性。全く信じられないがもしかしたらあるかもしれない。

 3つめは異世界転生。こんな可能性が思いつくのは最近読んでいたラノベの内容が異世界転生モノだからだろう。ありえるかボケが。

 突然な状況の変化によって恐怖感が混乱になって現れていた。

 完全なる闇のせいで、今自分がどこにいるのか、周りに何があるのか、それらを全く認識することができない。

 視覚が完全に使えないことによって、視覚以外の五感が研ぎ澄まされていくことを感じた。

 鉄の匂い、水滴の滴る音、ザラザラとしたコンクリートであろう床材、そして何者かの息遣い。

 その呼吸音が鼓膜に届いた瞬間、それまでに少なからず感じていた恐怖がことさら大きなものへと変化した。

 その恐怖を体の中にしまい込み身体の中に押し留め、静かに、ただ静かに自分の存在がバレないよう、夜目になるのを待ちながらただ暗闇を見つめていた。

 しばらく息を殺していると、目は次第に闇に慣れていき、多少闇を見通せるようになった。

 その頃には、息遣いの主の気配はもうそこにはなかった。

「やっと、落ち着けるか?」

 口に出すことによって、やっと安堵できた。

 そして、思考は冷静なものへと切り替わる。

 先程感じた事を考えると、ここは何かの工場の可能性がある。だがそれはあまりに希望的観測だ。

 こんな真っ暗なところに俺以外の気配があった事、その違和感が俺の思考に絡みつく。

 だが、もうこの空間にいるのは自分だけという確信を持つと、違和感を思考の隅に置き、先程まで気配があった方へと向かった。

 そちらに向かうにつれて鉄の匂いは激しさを増していく。

 確かに、もうそこには気配は無かった。何かが動く音も、呼吸の音も自分以外の存在を示すものは何も聞こえなかったのだから。

 だが、先程まで感じていたものはどこかへと移動していったのではなかった。

 ここには居たのだ、人間が。そしてもう居ない。なぜなら、今俺の目の前にあるのは、先程まで生きていただろう女性の遺体があるからだ。

 その遺体は、およそ人が普通の人生を送っていたのなら、絶対にしない死に方をしていた。

 その遺体は、頭の皮を剥がされ、顔を判別することもできず、関節という関節に釘を打ち込まれ、壁に打ち付けられていた。

「ヒッ!?」

 突然のグロテスクな光景に思わず悲鳴が漏れる。

 そして俺は気づいてしまった。

 あの水滴の滴る音の理由に、気づいてしまった。

 あの音は血液がとめどなく滴る音、しかし、顔と釘以外に外傷は見られず、大量出血しているような場所はない。

 しかし、視線を落とした先に答えはあったのだ。

 この遺体には足首から先が無かった。

 その切断面からは血液が滴り続けていた。

 俺は更なる恐怖に耐えきれず、吐瀉物を撒き散らしながら血だまりに沈んでいく。

 俺の意識はそこで途切れたのだ。




 暖かな光と、ジャラジャラという金属音により、俺は意識を取り戻した。

 この空間に入って初めての光。その光は、俺に少しの希望を与えたが、それ以上に、どうしようもないほどの恐怖を与えた。

 ロウソクの火は辺りに光を与え、俺に恐怖をまざまざと見せつけた。

 首輪をつけられ、コンクリートの上を引きずられて行く死体。それを鼻歌交じりに引きずって行くロウソクを持った謎の人物。

 その人物はこの空間の扉を開け、廊下に向けて歩いて行った。

 床には死体の血、肉、髪、様々なものがこびり付いていた。

 その状況に恐怖を覚えながら、混乱しきった頭でこんな結論を見つけた。

 あいつなら出口の場所を知っているかもしれない。

 そんな事を考え、蝋燭の光を頼りに足を踏み出した。


 それが正解なのか、それとも間違いだったのか、恐怖で壊れかけた思考ではもう、分からない。

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