第22話 大貫さんご夫妻 ② 帰宅
…僕は何となく、以前青森県に旅した時に乗った夜行急行列車「津軽」の3段式B寝台を思い出しました。
(本当にあれは窮屈だったなぁ…!)
「奥さん!この病室、夜中は冷えるから風邪ひかないように気を付けて下さいよ、暖かくして寝て下さいね!」
部屋のみんなも、夫に献身する老婦人を気遣って声をかけました。
「はい、大丈夫です!…ありがとうございます」
その時奥さんは初めて僕たちに笑顔を見せてそう言ったのでした。
…そして病室の面会時間終了となる午後8時になると、
「それでは皆様、失礼してお先に休ませて頂きます… ! 」
奥さんはご主人の脇の簡易ベッドで本格的に横になり、夫婦そろって静かに眠りについたのでした。
…その姿を見たら僕たちも何だか早く寝なくちゃいけないような気持ちになり、みんな大人しくそれぞれのベッドに横になりました。
…そしてその晩、みんなが寝静まった病室の窓からは、夜空にキラキラと星たちが美しく瞬くのが見えたのでした。
「皆さん、お早うございます!…検温の時間です、体温を計ってお待ち下さい!」
…翌朝、例によって病棟内検温放送で僕たちは起こされ、みんなはベッド脇の戸棚から体温計をがさごそと出して脇に挟みます。
気になって大貫夫妻の方をチラリと見やると、2人はすでにしっかりと起き出してお茶を飲んでいたのでした。
…入院2日目を迎えると、ご主人もだいぶ身体が回復して来たのか、奥さんといろいろ言葉を交わすようになった様子でした。
「…もう儂はひとりで大丈夫だから、お前は家に帰りなさい…」
病院の朝御飯の時にはお爺さんが奥さんにそう言ったのが聞こえました。
「まだ入院したばかりなのに何を言うんです !? …心配なので私はもう少し付いていますよ!…」
奥さんはそう言いましたが、午前中の点滴からその後の昼食の時も、
「お前は主婦なんだから、帰って家事をやりなさい!…儂はひとりで療養出来る、心配など無用だ!」
お爺さんは頑固にそう言い張って、結局奥さんは昼過ぎに渋々と帰宅することにしたのでした。
「…皆様それでは失礼いたします。…主人のこと何とぞよろしくお願いいたします ! 」
「余分なことは言わんでいいから早く帰りなさい!」
旦那さんの言葉に追い立てられるように奥さんは病室を出て行ったのでした。
(あんなに献身的な奥さんに、そんな追い立てるような言い方をしなくても…)
みんながそう思いましたが、よその夫婦のことなので意見をさすことも出来ません。
…そして結果として、奥さんが居なくなった後のお爺さんは予想外にみんなを困らせる言動を始めることになって行くのです。…
…夜はまた6時過ぎくらいに検温の時間があり、それが終わればもう後は患者は基本、寝るだけとなります。
「皆さん、もう夜ですよ!…儂はこれから寝るので、皆さんも早くお休みなさい」
何と大貫さんはまだ6時半を回ったばかりだというのに、そう言って早々と眠りにつきました。
「…大貫の爺さん、いくら年寄りだからっつってもちょっと寝るのが早すぎないかぁ?」
糖尿病の中尾さんが、大貫さんの寝顔を見て呆れたように言いました。
「品行方正な患者さんですねぇ…」
僕がそう応えると、
「いや品行方正な病人って、おかしくないか?…異常だろ!ビョーキだな!」
中尾さんは真顔で冗談を言いました。
入院病棟は9時が消灯時間です。
それまで病室の患者は各自寛ぎながら好きに過ごします。
テレビを見る人、読書をする人、お茶を飲みながらオヤツをつまむ人などいろいろです。
…そんな中、早々と休んでいた大貫さんが起き出してトイレに行きました。
そして2~3分してトイレから戻ると、大貫さんが
「皆さん、今は何時ですか?」
と寛いでいる僕たちに訊きました。
「8時半ですね…」
僕が病室の壁に掛かっている時計を見て答えると、
「ではもう遅いので皆さんも早く寝て下さい!」
大貫さんはそう言って、いきなり入り口脇のスイッチを切り、病室の明かりを消したのです。
「えっ !? ちょっと!…」
突然の暗闇に驚いたみんなは枕元のスタンドを点灯させて大貫さんに何か言おうとしましたが、
「皆さんは病人なんですから早く寝て身体を休ませないといけませんよ!」
と、当然のようにコメントして大貫さんは自分のベッドに横になると、あっと言う間に寝息をたてていたのでした…。
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