第17話 志津川さんの親友 ① 会話
…志津川さんは38歳、細身で物静かな感じの人でした。
ベッドは僕の隣の廊下側で、普段はイヤホンをして音楽を聴いたり、静かに雑誌を読んだりしていました。
かと言って別に気難しい人という訳ではなく、時々サラッと僕に話しかけて来たり、部屋のみんなの会話にもスルリと参加してきたりするような、ちょっと不思議な「文学的」雰囲気の人なのです。
ちなみに入院している訳は「虫垂炎」…要するに盲腸の手術のためとのことでしたが、
「…私は子供の頃からどうも病気ばかりしててねぇ…あまり丈夫とは言えないみたいなんだ…」
特にどよんとした重い雰囲気でもなく、とても冷静にかつ抑揚の無い口調で志津川さんは僕にサラッと言うのでした。
「…森緒君は体つきも良いし、全然病人に見えないねぇ…!いったいどうして入院することになっちゃったんだい?」
「えっ !? …はぁ…」
突然の質問に僕が戸惑っていると、
「あっいや、もしも言いにくい病気なら無理に答えなくていいんだ!…興味本位で訊いただけだから…」
志津川さんは表情をほとんど変えずに言いました。
「いえ別に…実は僕、喘息持ちなんですよ ! …先日、夜中にひどい発作を起こしちゃって…それでここに」
そう答えると、
「…なるほど、喘息か ! …それはまた因果な病気だなぁ、苦しいんだろうねぇ !? 症状が出ると…」
志津川さんはまるで問診をするかのようなクールな物言いを返しました。
「まぁ、今は全く何事も無さそうに見えるでしょうけど、ひとたび発作を起こしたらもう、すぐにでも死んでしまうかのような状況になりますよ ! …とても他人には見せられない姿ですね… ! 」
僕も努めて冷静に答えました。
「そうなんだ、…まぁ持病があるっていうのはもう自分の運命なんだと思って受け入れるしかないんだろうな…その苦しみなんて他人には理解出来ないだろうし… ! 」
「でも、僕の母親なんて、病気だなんて思うから病気なんだ!これくらいのことで負けてられるか、何くそっ !! て思えば病気なんか逃げて行くんだ!って子供の頃よくそう言って怒られましたよ」
「…それは凄いね ! なかなかの女傑だ!」
「…その子供はたまったもんじゃないですよ!」
「フフフフ… ! 」
そこでようやく志津川さんが少し笑いました。
「…それにしても私もそうだが森緒君も入院見舞いに来てくれる人がいないね…まさか友達がいない訳じゃないだろう?」
「いや、さすがに友達はいますよ ! …まぁでもこの病気はもう入院しちゃえばこんな風にどこが悪いんだか分からないって感じだから…見舞いのしがいも無いでしょう」
「フフフ…だけどそれでも本当の親友と言える奴だったら来てくれるんじゃないのかい?…」
「親友ですかぁ !? …う~ん、僕には、どうだろう…志津川さんはいるんですか?親友…」
そこまで話が進んだ時、急に志津川さんの顔が曇りました。…そして悲しげな表情をあらわにして、苦しげに言ったのです。
「…私の親友は、昨年…私の目の前であっけなく死んでしまったんだ…!」
それまでクールに会話していた志津川さんがにわかに感情的に喋ったので僕はびっくりしました。
「親友が目の前で死んだって…どうして?…病気だったんですか?」
「いや、…事故だよ…病気なんて無縁な奴だったよ!…まさかあんなことが起きるなんて…私が悪かったんだ!ちくしょう !! 」
志津川さんはちょっと取り乱した感じで、僕は少し焦りました。
「志津川さん、興奮しないで…いったい何があったんですか?…良かったら話してくれませんか?」
「……………… !! 」
「辛い話なんでしょうけど…… ! 」
僕がそう言うと、
「いや、…ただ、ちょっと話が長くなるよ」
志津川さんは落ち着きを取り戻しながら言いました。
「僕らは入院患者ですよ!…時間はもて余すほどあるじゃないですか?」
そう答えると、
「…ハッ!確かにそうだな…」
ちょっとだけ笑みを浮かべて志津川さんは話し始めました。
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