第8話 中澤さんの刺繍画 ⑥ 豹変

「あれぇ… !? また中澤さん、戻って来ないなぁ!」

 僕がそう呟くと、

「いや、次に看護師さんが回って来るのは6時半頃、検温の時間だ!…その前までにベッドに戻ればセーフだよ!」

 部屋のみんなが言いました。


 その後それとなく気にしながら時間が過ぎて、ちょうど6時になる頃に、廊下からこの病室に向かう足音がペタペタと聞こえて来ました。

「中澤さんだ!帰って来たぞ!」

 みんなが思った次の瞬間、

「ただいま帰りました!」

 中澤さんが元気良く言って病室に姿を見せました。

「 !! …… !? 」

 …しかしみんなは一様に驚いた顔をして固まりました。

 中澤さんは全く別人のように変わり果てていたのです!

「…あれ~?…検温まだだよねぇ…ふ~…間に合ったよね?今日は…ふ~ !! 」

 僕たちに向けた中澤さんのその顔は明らかに赤く、口角は上がって笑みを浮かべてはいましたが、ロレツはおかしく目は焦点が怪しく、いわゆる「目が座った」状態でした。

 さらに立ち姿もまっすぐではなく、何だかゆら~りゆら~りと芯の抜けたような感じに見えました。

「中澤さん!…飲んで来たの?」

 みんなに訊かれると、

「…ん~?…飲んだよ、ちょっとね~!…外出許可もらったから外行ってぇ、俺のカネで飲んで来たんだよ…別にいいだろ?…悪いかぁ?…ん~」

 中澤さんは明らかに酩酊…それもかなり泥酔に近い状態に陥っていました。

「いや、中澤さんそりゃマズイでしょ、この状態は!…」

 部屋のみんなは当然ながら心配して言いました。

「…とにかく、中澤さん早く寝間着に着替えてさ、体温計ってベッドに潜っちゃいなよ、ねっ!」

「そうだよ!…看護師さんが来る前に寝ちゃえばいいよね!」

 みんなが懸命に気を遣ってかけた言葉でしたが、

「何でさ、看護師にそんな…ふ~、コソコソしなきゃなんないの?…ヘッ!…俺はね!…俺はさぁ!」

 中澤さんはすでにもはや僕たちにも自身にも制御不能状態に陥っているようでした。

 みんなが困惑して顔を見合わせる中、

「ちょっと俺、クソしてくるわ…!」

 中澤さんはそう言って廊下を歩いてトイレにふらふらと行きました。


「…ダメだなありゃ!」

「昨日までと全然別人ですよ…!」

「看護師さんを呼んだ方が良いかなぁ?…」

「う~ん…」

 という訳でその間に部屋内では、突発的中澤さん泥酔問題緊急対策会議が開かれそうな流れになりましたが、何しろ相手もこちらも入院治療中患者という身の上なので、結局のところ僕たちが中澤さんの状況をどうこう出来るはずも無く、みんな無意味にオタオタと慌てふためくばかりでした。

 …そうするうちに、

「ア~ッ !! 」

 廊下から中澤さんの叫ぶ声が聞こえました。

「…大変だ!」

 僕たちは青ざめながら廊下に出ました。

 そこには、全く信じられないくらいに変わり果てた中澤さんのおぞましい姿がありました。

「中澤さ、… !? 」

 みんなが声をかけるのもためらったその状況とは…!

 まず中澤さんはなぜかズボンもパンツも穿いていませんでした。…下半身は全くのむき出し状態です。

 …しかも尻には大便の一部が付着していました。

 その姿のまま奇声を発して廊下をふらつきながら歩いていたのです。

「中澤さん!ダメだよ!もう、うわ~っ !! 」

 みんなももはやどうにも対処のしようの無い状況レベルになってしまったと諦めざるを得ませんでした。

「…中澤さん !! どうしたの?…キャ~ッ !? 嫌だぁっ!」

 声を聞きつけて、ナースステーションから看護師さんが3人、こっちへ走って来るのが見えました。

(…最悪だ… !! )

 僕たちはみな心の中で同じ言葉を叫んでいました。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る