第6話 中澤さんの刺繍画 ④ 叱責

「チクショー!…中澤さん楽しそうだなぁ !! 」

「昼間自由に外出できるってんなら入院生活も良いよねぇ…!」

 病室の患者たちからはとたんに中澤さんへのヤッカミの言葉が続出しました。

(みんなやっぱりシャバに出たいんだな…!)

 僕はみんなの様子を見て、考えてみれば当然の反応に素直にそう思ったのでした。

 …患者たちの点滴が終わると、次に来るのは昼食です。

 しかし実のところ病院食というのはお世辞にも美味いとは言えず、冷めかかった味噌汁や御飯は全く病人の食欲をそそるものではありませんでした。

 そのため入院生活に馴染んだ患者さんは佃煮のビン詰めとかカップ麺にマイポットなどを用意して、食事を自分なりにグレードアップさせていました。


 午後になると先生の病室回診があり、その後はひたすらドヨンと気だるいお昼寝タイム…。

 素直に病人らしく寝てる患者もいれば、病室から出て院内どこかに行ったまま、なかなかベッドに戻ってこない患者もいます。

 …僕は眠気をもよおすことも無くミステリー小説を読みふけり、やがて昼下がりも過ぎ、日が傾いて早い病院の夕食となりました。

 みんな大して腹も減らないけれど、まるで治療のための義務のようにもそもそと食事を摂るのでした。

 …そして僕たちはふと気付いたのです!

「…そう言えば、中澤さん…帰って来ないな!」

「えっ !? …それはマズイよねぇ」

「夕方までの許可…って先生言ってたよなぁ…!」

 …みんなが囁く中、結局出されていた中澤さんの分の夕食は全く手つかずのまま回収されて行きました。

「…どうしちゃったんだろうねぇ?…まさか知らばっくれて帰って来ないつもりじゃ !? …」

「まさか!…いくら何でもそれは無いだろ… !? 」

 …部屋の人たちが心配するうちに日はどっぷりと暮れて行き、検温の時間を知らせる院内アナウンスが流れました。

「いや、ヤバいよ中澤さん!…看護師さん回って来ちゃうぜ」

「シャバに出たらとたんにもう戻りたくないってかぁ?…知らないよ、俺!」

 他人事ながら部屋内に緊迫した空気が漂うなか、ついに病室に看護師さんが回って来ました。

「皆さんお変わり無いですか~?…あれっ !? 中澤さんが居ない!まだ帰って来てないの?あらやだ、大変だわ」

 部屋に入って来た看護師さんは中澤さんのベッドが無人なのを見てそう叫びました。

「全くもうっ !! 困ったわね、…後で中澤さんが戻って来たらすぐにナースステーションに来るように言って下さい!」

 僕たちに検温と脈取りをしながら看護師さんは明らかにイラついた様子で言いました。

 みんなはまるで自分が叱られているかのように神妙な顔で頷くしかありませんでした。

「それでは皆さん、お大事に!」

 しかし看護師さんがそう言って部屋を出た瞬間、

「あらっ !? …中澤さん!今帰って来たの?…ダメよ、外出許可は夕方まででしょ?」

 と、外から声が聞こえたのです。

 彼女はようやく戻って来た中澤さんと廊下で鉢合わせしたのでした。

「うわ、最悪だな…!」

 そしてその時、部屋内のみんなからは同じ言葉が漏れていました。


 中澤さんは看護師さんと一緒に病室に戻って来ました。

「中澤さん、とりあえずお熱を計って下さい!…あと脈を取りますね、ちゃんと夕方までに戻ってもらわないと困りますよ!夕食も病院で摂ってくれないと…決まりを守れないなら先生に報告して外出許可を取り消しにしますからね!」

 看護師さんは一気にそう言って口をへの字に曲げました。

「…分かりました!…本当にすいません…今日はちょっと色々…あっ、いえ今度からはちゃんと戻りますから、どうか勘弁して下さい」

 中澤さんは体温計を脇に挟みながら謝るしかありませんでした。




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