第4部 「覚醒のズメ子編」

18話 悪夢のシグナル





※ ※ ※



これは今から一年前。聖川東学園入学式の日から間もない春の出来事だ。





『へぇ、ここが図書館かぁ。立派だなぁ』


桐生と白石茜という名前の少女は、初めて訪れる聖川東学園図書館の施設の巨大さ、圧倒的な蔵書数、そして設備の絢爛さを前に二人揃って昂奮していた。


二人が館内に入り真っ先に目に映ったのは「料理」と「政治経済」の間にある、「怪異現象」を取り扱う本のコーナーだった。


『怪異現象・・?この学校の図書館はこんな種類の本まで取り扱ってるのか』


桐生が言った。


『敢えてこのコーナーを目立つ場所に設置したのには理由があるんじゃないかなぁ・・』


白石茜が顎をさすりながら「怪異現象」のコーナーに歩みを進める。


『うーわ、どの本も文字が小さいし分かりずらいよぅ』


適当に本を手に取ってパラパラと流し読みをする茜。


普段は絵本しか読まず、活字慣れしていない茜は尚のこと、読書家(もどき)の桐生でさえも理解し難い内容の本ばかりであった。


『ん?これはなんじゃろほい』


茜の目線の先には一際目立つ本が一冊あった。目立って当然だ。何故なら、大半が白か黄色の本が並べられている中で広辞苑並みの大きさの真っ黒な本が堂々と、しかも本棚の端っこに存在しているのだから。


茜が早速黒い本を手に取ろうとしたその時。

背後から一人の男の声がした。


『おっ?もしや今、その本を読みたいと思ったね?なかなか目の付け所がいいねぇ嬢ちゃん!』


振り返ると、彼女の至近距離に中年の男が不気味な笑みを浮かべて立っていた。


『ギャアアアアアア!!!』


期待を裏切らないリアクションを取る茜。


突然の大声に周囲がガヤガヤし始める。


男は答えた。


『おっと。驚かせたね!でもここは図書館だから静かにね。』


『心臓止まったわ!!誰やねんテメェは!?』


『ちょっと茜さん?キャラ変わってるよ?』


桐生が目を丸くしている。


そしてようやく中年の男は名乗った。


『私は館長の ”六手 梨男 “(ろくで なしお) だ。』


『あ、なーんだ館長さんか』


館長六手の柔和なツラを見て胸を撫で下ろす茜。


『この本、この図書館の中でも特別でね。貸出期限が一人一週間までと決まっているんだ。』


六手が例の黒い本を手に取って説明する。


『あの、質問いいですか?』


声の主は桐生だ。


『なんだね?』


『その黒い本はどうしてわざわざこんな目立つところに置いてあるんですか?』


『・・・・』


『館長?』


ひょうきんで常に笑顔を絶やさない六手の表情が急に険しくなった。 同時に、桐生と茜の二人は背筋がゾクっとする感覚を覚えた。


そして黙っていた六手の口がゆっくり開く。


『できるだけ・・・。できるだけ沢山の生徒たちに ”ヤツ“の存在を知ってもらいたいからさ・・・』


意味深な言葉を残して六手は二人の元から静かに去って言った。以来、六手館長が姿を見せる事はなかった。その行方については未だに分からない。



二人は館内の自習室にあるやや大きめの円卓に隣り合わせに椅子をくっつけて座り、問題の「黒い本」を広げて内容を確認して見ることにした。桐生の肩と茜の肩はベッタリと密着状態である。



「不気味だねぇ」


茜の眉が自然と八の字に変わる。その本の表紙にはタイトルすら書かれておらず、真っ黒に塗りつぶされているだけであった。

桐生が恐る恐る本のページをめくる動作を、茜は不審なものを見るような目つきで真隣から見守る。


本にはこのようなことが行書体で記されていた。


“ 日本妖怪大全集 五巻


時は江戸時代、享保三年。 関東地方の四分の一の面積を占める現在の川東市にあたる曾樫藩(ひがしはん)全域にて、正体不明の能面を顔に付けた者達が人々を無差別に襲うという事件が起きた。

かつて、曾樫藩所轄領内では短期間内で能面の化け物がにわかに繁殖した。

藩内某所の祠に奉られていた能面 ”呪怨のおもて” を一人の名の知れぬ幼い少年が興味本位で自身の顔に被せてしまったことが事の発端である。その能面は一度顔につけると自我・理性といったものを失い、『面を付けた者の心の中に眠る“最も強き願い”を果たすまで人々を襲い続ける』という恐ろしい性質を持つ。 当時、関東一有名な陰陽師「フミキ」は、そのお面をつけた人間を“ズメ子 ”と呼称した。さらに厄介なことに、ズメ子に直接触れられた者も同じくズメ子と化してしまう。

幸い、早い段階で陰陽師フミキがズメ子の力を封印したことによって被害の拡大は最小限に抑える事ができたが・・・・ ”



『記述はここで途切れているわね』


『この町の近辺でこんな事件があったなんてな・・』


『つっても江戸時代っしょ?どうせ根も葉もないデマだわ。』


パタン


桐生は本を閉じる。


『・・そうだとしたらこの学校はこんな荒唐無稽な都市伝説を生徒達に信じ込ませるためにわざわざ図書館にこの本を置いたと?』


そう言いながら桐生は本を持って椅子から立ち上がり、受付窓口付近に設置してる本の返却口へと向かった。


『えっ、もう返しちゃうの?』


ガタッという音と同時に茜も続いて椅子から立ち上がり、桐生の後を追った。


『館長が言ってただろ?“出来るだけ多くの生徒に知って欲しくてこの本を置いた” って。だったら俺達もこの聖川東学園の一生徒としてみんなに協力してやるべきだと思うんだ。』


『そ、そうね』





※ ※ ※





「・・んで、その化け物ってのが最近巷で噂になってる ”ズメ子 “だって言いたいの?」


サファイが桐生に尋ねた。


「恐らくな・・。既にコウスケもソイツに襲われた可能性が高いと思う。いずれにせよ、あいつと逸れてから随分と時間が経ったのに未だ合流できないのは異常だ」


聖川東学園校舎四階の廊下で。

桐生とマナト、サファイ、江原の四人は円になり理科室で入手したアルコールランプを囲って作戦会議を開いていた。打倒ズメ子作戦、そしてコウスケ救出作戦の、2つの作戦会議だ。


「ズメ子について何か他に情報持ってる人はいないのか?」


桐生が他三人を見回す。 その中に一名、右手を挙げている者がいた。


「・・マナト、お前なんか知ってんのか?」



「ああ。桐生が話してた、お面が奉られているって言う「祠」についてなんだが心当たりがあってな・・」



ボゥッ・・・



アルコールランプの赤い火が小刻みに揺れ始めるのをその場にいた四人全員が見逃さなかった。



・・・それは、隠されてきた謎が徐々に紐解かれはじめることを知らせる信号でもあった。











































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