勇者アリシア、魔王城に住む。

無記名

1話 「世界の半分?結構です」

「よく来たな、勇者よ」


 魔王レグルスは一人の勇者を前に声を響かせる。


「さて、殺し合いを始める前にひとつ話がある」

「なんでしょうか」


 高い声が部屋に響く。勇者は可憐な少女だった。


「ほう。珍しいな、女の勇者か」

「別に珍しくもないですよ。あなたの前までたどり着けたものが少ないだけです」

「そうか」


 魔王の前に現れた勇者は彼女で13人目。

 女性の冒険者は魔法使いや神官が多く、次いで盗賊、遊び人、武闘家、賢者、戦士の順で少なくなっていく。

 さらに少ない勇者は、生まれつきの才能が物を言う職業であり、魔王までたどり着けた女性勇者は歴史上数えるほどしか存在していない。

 現に、第21代魔王であるレグルス・オルフェウスが女勇者を目にするのはこれが初めてだった。


「さて、話というのはだな。世界の半分をお前にやる代わりに私の配下に加われ、という話だ。まぁ、お前も先輩たちから聞いてはいるだろう。因習的なヘッドハンティングだ」


 人間と魔族の戦争が始まって以来、なぜかずっと続いている儀礼的なやり取り。

 20年前のとある勇者一行がこれに応じて、人間たちに大きな衝撃を与えたが、しかし勇者アリシアはこれに応じなかった。


「結構です」


 簡潔に冷たく切り捨てる。彼女が身に付けている伝説の防具は、精霊の力

 によって精神作用系統の魔法を無効化する力を持った髪飾りだ。女勇者専用の装備である。

 その顔立ちは整ってはいるが、表情が圧倒的な冷たさを保ち続けている。ここまでの戦いでくすんだのであろうブロンドの長髪は可愛らしく編み込まれており、化粧をして可愛い衣装を着た町娘であれば、誰もが振り向くのだろうと想像できるくらいの美少女だ。

 魔王らしくもないことを考えながら、魔王レグルスは話を続ける。


「まあそう言うだろうとは思った。これまでの勇者たちも即座に断っていたからな」

「強硬派の人類を敵に回すメリットがありませんからね」

「良いポストを準備しているのだがなぁ」

「あなたが良くても配下が納得しないでしょう」

「それもそうだな」


 その場に小さく落ちる沈黙。弛緩はしないものの、二人の間に短い会話が生まれたことで、空気が少しだけ軽くなる。


 数瞬の後、魔王は戦闘開始のゴングを鳴らそうと、口を開く。


「では、戦いをはじm「世界の半分ではなく、魔王レグルス。あなた自身をください」・・・・・・は?」


 流れが変わる。勇者の一言で、わけのわからない空気がその場を満たす。

 呆然とする魔王と対照的に、泰然としたままの勇者。

 この女、自分がいま言ったことの意味を理解しているのだろうか?魔王レグルスはそう思った。

 なんとか思考を取り戻し、言葉をつなぐ。


「・・・それはその、魔王の座が欲しいということか?」

「いえ。そうではなく」

「・・・もしかしてプロポーズか?」

「・・・そうですね、一目惚れです」

「えっ・・・」


 勇者は徹頭徹尾無表情だ。

 恋する乙女といった感じではないどころか、人間らしさすら感じない。

 魔王が勇者の真意を測りかねて困惑していると、


「というのは冗談です。とある目的に協力していただきたいのです。そのために、あなたの力と権威が必要です」


 と勇者が二の句を継いだ。

 ふぅ・・・真顔で冗談だと?タチの悪い女だ。

 魔王はそう思い、額に流れた汗を拭う。


「目的とはなんだ」

「魔族の絶滅を目指す組織を、滅ぼすことです」


 魔王の表情が凍りつく。

 冷や汗が背中を流れる。


「それは」

「そう。私を拾い、育て上げ、勇者としてあなたの前に送り込んだ組織。すなわち」

           

「教会の滅亡です」


 勇者の声が、石造りの城に大きく響いた。

 世界は、大きく動こうとしていた。

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