EX「苦い物と甘い物」

 目の前に鎮座している物体を見て、元気は自分の中にある感情を言葉にしようとしたが形にならなかった。物体を挟んだ向こう側には満面の笑みを浮かべた寺坂が手にしたスプーンを『それ』に近づけている。物体の上に盛られている生クリームを一匙すくって口の中に持っていくと「うーん」と満足気にうなっていた。


「やっぱりジャンボパフェデラックスミックスは美味しいわー」


 元気が理解し難い物体の正式名称を寺坂は難なく告げる。通常の五倍はありそうな容器の中にパフェの具がこれでもかと言わんばかりに詰め込まれ、生クリームでコーティングされたタワーが机の上に立っていた。それだけでも凄いのに運んできた店員がベルを鳴らして「今日の挑戦者カップルー」と宣伝したものだから、店内にいるだけで視線の針が突き刺さってくる。本来自分が食べるために来ているわけではないということだけではなく、寺坂とカップルに間違われていることも精神的に疲弊している原因の一つ。結果として、自分がげっそりとした表情を浮かべているのを想像するのは難しくなかった。


「おまえ……よく食べられるよなそれ」

「ん? 分からないよ食べれるかなんて」


 平然と言う寺坂に元気は「へ?」と間の抜けた返事を返してしまう。間の抜けた返事に対して平然と寺坂は言葉を続ける。


「食べられるか、だなんて分からないよ。ただ、食べてみたかったんだけど機会がなくてさ。今回みたいなイベントがないとねぇ」

「イベントってお前……じゃあ、これ食べられなかったらどうするんだ?」

「竹内が食べてくれる?」


 甘い物は苦手だと言おうとして、視線を向けてくる寺坂の視線に緊張した。特に何かを期待しているわけではないだろうが、自分をしっかりと見てくる視線。異性のそんな視線を受け流せない。

 気を取り直して、元気は自分の意思をちゃんと伝える。


「お、俺は甘い物苦手なんだよ……ちゃんと食べろよな」

「善処するよ」


 寺坂はそう言ってスプーンを運ぶペースを少しずつ早めていく。元気はそれを眺めながら頼んだジンジャーエールをストローで飲んだ。甘味処「桃華堂」は今日も女子中高生から大学生と広い客層が集まっていた。時間帯が変われば社会人も男女関係なくくるのだと、働いているバイトの女性に聞いたことがあった。土曜日の一時過ぎという時間帯は中高生がよく集まる。その中でカップル扱いされたことについて考えることも怖いために、別のことを考えることにした。


(まあ、一位とったっていうことのご褒美って考えるとこれくらいのものが妥当……なんだろうか? 女子の基準はよく分からん)


 自分がここにくることになった理由を思い出す。

 一週間前に行われた学年別大会。

 自分にとっては良いことと悪いことが混ざりあった大会。そこで優勝した寺坂に何かご褒美を、と乞われた結果、桃華堂のスイーツをご馳走することになった。時期は大会が終わった次の日、つまりは月曜日だったのだがいろいろな事情があったために最終的には一週間後の土曜日の午後、に落ち着いたのだ。

 むろん、中学生の小遣いには限界があるため、あまり高い物は頼めない。その点、桃華堂のスイーツは元々中高生がメインターゲットであるため安く、美味しいものであるため、元気も安心しきっていた。

 寺坂の指したメニュー上の絵が、3000円する通常の数倍はあろうかというパフェであったところまでは。

 さすがに金払うのはと渋った元気に、半分出すと寺坂が言ったところで妥協点となり、今に至る。


(さっきも言ったとおり、きっかけがほしいだけで、俺がおごるとか誰がおごるとかそういうのは関係なかったんだろうな)


 無言で次から次に生クリームを削っていく寺坂。元気は改めてジャンボパフェデラックスミックスを下から眺めた。

 大きなガラスのボウルの中に緑色と赤色のかき氷があり、その上に乗るようにとってつきの大きなコップがある。元気の親がたまに家でビールを飲んでいる『ジョッキ』の形に酷似していた。ビールのジョッキと異なるのは、底がなく、かき氷がそのままジョッキの中まで続いていること。そこから基本生クリームが満たされており、中にフルーツやチョコ。ウエハースなどパフェの構成要素がすべて盛り込まれている。元気はそれほど甘い物に興味はなく、友人や親が食べているのを見るだけだが、そんな元気でも思い浮かぶ。


(全部乗せればいいって物じゃないだろ)


 料理に気を使わない元気でも取り合わせの大事さは知っている。このパフェを食べていると、口の中が麻痺しそうだった。


「ふぅ……美味しい」

「よく食べれるよな」


 寺坂がジョッキから出ている上半分を食べきって、一度スプーンを置いていた。口が冷たいのか水を飲んで顔をしかめた後に店員に声をかける。


「ごめんなさい。コーヒーください」

「がんばってくださいね」


 店員が目を細めて微笑みながら声を寺坂に声をかける。その顔に見とれていると当の寺坂が元気をジト目で睨んでいた。


「な、なんだよ」

「あの人可愛いよね。竹内、鼻の下伸びてるよ」


 寺坂はテーブルの端に置かれていた食器入れからスプーンを取り出すと元気に向けて持つ側を差し出す。意味が分からずに寺坂の顔とスプーンを交互に見比べていると、ため息をつきながら寺坂は言った。


「コーヒー来るまで休むから、竹内食べてて」

「俺、苦手だって言ったじゃん……」

「何でも言うこと聞いてくれるって言ったでしょ」

「言ってねぇし」


 元気は告げてからスプーンを手に取る。そしてジョッキの入り口付近をすくって生クリームと輪切りにされたバナナをスプーンに乗せてから口の中に入れようとした。


「あ、バナナ好きだから私食べる。食べないでね」


 口を開いたままで呆気にとられた元気だったが、ゆっくりとスプーンをジョッキのところに戻すとバナナだけころりと転がした。


(めんどくさ……)


 生クリームだけになったスプーンを口へと運び。舌の上に置く。そこから口の中に広がる甘みに元気は崩れかけた機嫌が少しだけ戻る。


(確かに美味しい。って、俺、生クリーム苦手だからあんま食べたことはないんだけどな……これは、美味いかな)


 少ない経験から想像して、桃華堂のパフェの生クリームを美味しい部類に入れた。バナナの他にも好物があるとめんどくさいと、元気は生クリームを重点的に攻めていく。元々生クリームの下にフルーツが遭難しているように見えるほど多いのだから、食べても足りなくなることはないだろう。元気はそう決めつけてスプーンを動かす。


「お待たせしました」


 一心不乱にスプーンを動かしていると、視界の外からバイトの女性の声が聞こえた。さっき頼んだコーヒーが来たのだろうと食べるのを止める準備をする。元気の予想は当たり、寺坂は「はい、終了」と言って元気の動きを止めさせた。


「……美味いなこれ」

「そうでしょ。今度は自分で頼んでみてね」

「普通のパフェでいいだろ」


 元気の言葉に答えずに、寺坂はパフェの消化を再開する。元気が取り出したバナナの輪切りや他のフルーツを次々と口の中に入れて食べていく。女子ながら食べっぷりに感心するほどだ。元気はぼんやりと眺めながら暇になった時間をどう潰そうかと考える。


「……竹内。なんか、話しても、いいよ」


 元気の頭の中を覗いたかのように、話題を振ってきたのは寺坂だった。口の中にある食べ物が消化されてから話している。元気は苦笑しつつ言う。


「お前等、よく勝てたよな」

「ん? うん。私も。不思議」


 スプーンを一口運ぶ度に何かを話す。ゆっくりで途切れがちだが、会話のキャッチボールを開始するだけでいろんな問題が解決されそうだ。持て余した暇の消化などに。


「試合直後にも言ったと思うけど……今回はちゃんと最後にどうやって勝ったか覚えてたし。嬉しかった。一年前は、記憶飛んでたしね」

「端から見ても今北と今村のほうが上手く見えるんだけど

。強いのは、菊池とお前のペアってことなんだろうな」

「なによそれ。かっこよさそうなこと言ってるけど内容分かってるの?」

「バドミントンはさ、強い方が勝てるってわけじゃないってことなんだよな。前に相沢さんから聞いたんだけど」


 ダブルスの、目指したい相手の名前を言った瞬間に寺坂の顔つきが険しくなる。だが、元気は気づかないまま話を先に進める。


「相沢先輩達も、全道や全国で自分より強いペアと当たったけれど、最後は粘って、隙を捕らえたってさ。弱い相手と戦うと、ある意味勝つのは当たり前だけど、強い敵と戦うってことは一分一秒でも考えることを止めないことと同じだって」

「考える、かぁ……確かに人生ですっごく考えてるほうかも。あの二人とダブルスやってると」


 寺坂が口の中をリセットする為がコーヒーを飲む。元気はバドミントンの流れになって調子が戻ってきたのか、さらに続ける。


「寺坂は外から見てると、どうやって相手に菊池へとシャトルをあげて、スマッシュさせるかってのが見えるよな」

「そうなの?」

「そうそう。たぶん、相手にもそれが分かりやすいと思う。だから、寺坂がそうやってシャトルをコントロールしようとするのを止めたり、逆に利用したりできちゃうんだと思うんだ。一回目も二回目も見てなかったけど、両方とも菊池じゃなくて寺坂のショットで決まってるってところを見ると、その時だけは寺坂も自分で決めようって思って、結果的に相手の隙を突けたんじゃないか……ってなんでそんな黙って聞いてんの?」


 自分だけが話している状況に気恥ずかしさを感じた竹内は、話を切って寺坂に尋ねる。寺坂はコーヒーを飲んだ後にパフェを静かに食べていた。それでも視線は竹内へと集中させている。


「よく見てるねって思って。竹内、ほんと成長したね」

「すごく母親に言われてる気分だけど、ありがとうよ」

「母親って。せめて彼女にしてよ」


 寺坂の物言いに喉が詰まる。彼女という慣れない単語。その瞬間、決勝戦直前に自分が寺坂へと贈った言葉とやりとりが思い出される。

 負けたら俺とつき合え。嫌だから、頑張れるだろ

 別に嫌じゃないよ。人としては好きだし。付き合う理由がないだけで。

 もう自分でも何故、付き合うなんて言葉が浮かんだのか理解できない。雰囲気に流されてしまっただけなのか。他に自分でも分からない理由があるのか。寺坂の返答も癪には触ったが、それだけに信じられた。


「彼女ってなぁ。さすがに無理。恥ずかしすぎる」

「負けたら彼女にとか言ってたけど、実は恥ずかしがり屋とかなの?」

「お前はずいぶん軽く言うんだな……。相沢先輩以外は眼中にないからか?」


 元気の言葉に寺坂は黙り込む。しまったと思ったが、寺坂は意外にも起こらずに話を続ける。


「そうだね。そうかも。結局、諦めきれてなくて。玉砕する覚悟もないからさ。結論を出さないことにしたんだよ。引きずってるけど、さ。やっぱり前までと同じような関係を自分から崩すの、嫌だし」

「そっか……俺は何も言えないな」

「私も言ってほしくないしね。サンキュ」


 寺坂がパフェの制圧を再開したところで、元気もまた食事を眺める作業に入った。序盤よりもペースは遅いが、確実に減っていくパフェを見ていると、最初は興味がなかったにも関わらず出所がよく分からない感動に包まれる。しばらく無言を貫いてパフェを食べる邪魔をしないようにすると、十数分もしたら残るは一番下のかき氷だけとなった。


「……ごめん。さすがに頭がきーんって痛いから。どっちか食べてくれる?」


 頭を押さえながら言う寺坂に従って元気はガラスのボウルを見る。中身がなくなったジョッキ型のグラスをテーブルの上にどかすと、ボウルの中に赤色と黄緑色がついた氷が入っている。ストロベリーとメロン味と判断して、元気はメロン味を取る。


「寺坂はイチゴでいいか?」

「うん。いいよ」


 同意が得られたところで最後のかき氷を食べきる。寺坂よりも先に食べ終えてから元気は水を最後まで飲む。氷の方が冷たく、水は温く感じた。


「ふぅ。ごちそうさま」

「私も食べたぁ」


 大容量のパフェが全て二人の腹に収まる。すると店員がやってきてベルを鳴らしながら言った。


「カップル様。完食おめでとうございますー。記念写真をどうぞ」

「え、いやあの」


 カップルと間違われている上に記念写真まで撮られたら何を言われるか分からない。しかし、寺坂はすんなりとお願いして願いは受理された。

 店員が構えるポラロイドカメラに向けてピースをする寺坂に、もう少し元気の方へと寄るように伝えるアルバイト。元気も顔をひきつらせながらピースをしていると、すぐ傍まで寺坂の顔が近づく。


「はい、チィーズ」


 少し間延びした声の後でシャッターが切られた。元気はすぐに寺坂から離れて写真を受け取る。写り出された写真はまだ薄く、徐々に浮かび上がってくるらしい。

 写真を見てしまうと、元気はもう気にするのはどうでもよくなった。


(いいか……こうやって彼氏彼女っぽいシチュエーションを楽しむのも。わざわざ緊張する必要は、ないかもしれん)


 元気は何度か行ってきた寺坂との話し合いも悪くなかったと思える。部活のこと、恋愛のこと。テストのことなど、部長としてお互いの知っていることや経験を生かそうと話していた。部活の仲間として他者を支えること。それを身を持って経験している。


(俺も、寺坂と付き合うなんてことは想像つかないし。いいんだよ。これで)


 考えているうちに完全に浮かび上がって、ピースサインの二人が映っている。満足そうに写真を眺めている寺坂へと元気は口にする。


「これからもまあ、よろしく頼む」


 寺坂は元気の言葉を聞いて頭の中で整理しているのか少しの間、時間が開く。元気の心の中でまとまったことに対する結果なのだから分からなくても当然。しかし、寺坂は笑顔で頷く。


「うん。私こそ、よろしく」


 互いによろしくと言い合って、口と胃に残るパフェの余韻が収まるまでじっとしておく。部活の中での部長職やバドミントンプレイヤーとしてのプレッシャー。それらを、一時でも忘れていられるこの関係に名前は思いつかない。それでもいいと思いつつ、ジンジャーエールを口に運ぶ。すっかり炭酸が抜けてしまった飲み物。

 それでも、美味い物は美味いのだった。

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