形のない街を目指して

紅月赤哉

第一部

第零章『物語』

 星祭の夜に相応しい星空だった。

 黒い海に浮かぶ様々な星々。

 至る所に点在して瞬く様子を、リンクは素直に綺麗だと思った。

 ショートカットの下にある大きな瞳。

 ボーイッシュな雰囲気が強いためにあまりそうとは捉えられないが、美人に入る顔だち。

 その顔が今、真っ赤に染まっている。

 目の前には祭を祝うために焚かれた火。

 丸太が幾重にも重ねられて天へと屹立する様は、さながら天へと昇る階段のよう。

 そして、その周りを踊る人々。

 空には星。

 地上から伸びる炎。

 その下に位置する、踊る村人。

 その光景は一枚の絵となってリンクの眼に飛び込んでくる。

 この村に、おそらくこの大陸全土に広がっているであろう星祭。

 その起源は定かではないが、こうして一歩離れた所から見ていると滑稽に映る。

 しかし炎を囲んで踊る村人達の顔は、驚くほど笑顔だ。

 何故ここまで幸せな笑顔を浮かべる事が出来るのか?

 リンクは眺めながらぼんやりと考えていた。

 丸太の隙間から洩れ出る炎によって、リンクの影は後ろに伸びている。

 その影を踏むようにして、男が一人後ろに立った。

「楽しそうじゃないな」

「別に……そんなわけじゃないけど」

 リンクは考えを見透かされたような気分になって、しかめっ面になっていた。

 男は前にまわりこんでリンクの眼の前に座る。

「ビフ」

「ん? なんだ?」

(前に座らないでよ……)

 心の中で思ったが言えない。元々注意して観ていたのではないから、どことなく後ろめたい気持ちになって顔を背ける。

「面白いよな」

 ビフはリンクの横に移動して腰をおろし、踊っている村人達を指差した。

「大人達はどうしてさ、こんなにつまらない踊りを一生懸命踊るんだろうな?」

「……わたしも、そう思った」

 喧嘩友達のビフに、素直に自分の気持ちを言えたのはリンク自身にも不思議だった。

 このどこか幻想的な、非現実的な光景を目にしていたからであろうか?

 ビフの顔を気づかれないように覗き見る。

 村の若者の中で、別に美形に位置するわけではない。リンク自体、美人に入るほうの割には人の外見の評価というのに無頓着な所があり、ビフが不細工と言われている理由は分からない。

 しかしリンクは、その横顔を見て格好良いと思っていた。

 炎に照らされて赤く染まっている顔はいつもの何倍も凛々しく、思わず見とれた。

「何、見てるんだ?」

「な……何でもないよ」

 リンクは照れを隠すように短く切った前髪に手を触れる。

「お前さ、嘘つくときに前髪に手をやる癖、直した方がいいぞ」

「えっ……? そうなの?」

 慌てて髪から手を放してビフの方を見る。するとビフは腹を抱えて笑っていた。

「流石にあんなに喧嘩してれば、癖ぐらい分かるさ」

「……」

 リンクは気を取り直して目の前の炎に目を戻す。

 すると視界の外から声が聞こえてきた。もちろんビフだ。

 気配からしてビフも視線を丸太の炎に向けたまま話しているようだ。

「村の若い奴等は皆、俺達と同じように考えてるんだぜ。どうして特に面白みも無い祭りを大人達は毎年してんのか」

「お母さん達は、大事な意味があるからって言ってるけど教えてはくれないのよね」

「俺さ、爺さんに聞いてみたんだ。親じゃ埒があかないからな。そしたら一応教えてくれたよ」

「なんて?」

「二十歳になったら、『継承の儀』があるだろ」

 ビフの言葉にリンクはそう言えば、と思い出した。

『継承の儀』とは、二十歳になった子供達を大人と認めて、大人の証である木で作られた短刀を貰う事だ。特に意味のある行為ではないように思えるが、それも『しきたり』だからしょうがない。

「その時にさ、一緒に教えてもらう物なんだってよ」

「星祭の意味?」

「いや」

 ビフの言葉が途切れた後、しばらく続きを待っていたがいっこうにビフは話さない。

「ちょっと、ビフ……」

 リンクがビフを見ると、ビフは空を眺めていた。つられてリンクが空を見ると、言葉を失った。

「綺麗……」

 言葉は、なんと表現力の乏しい物なのか。

 今、目に映っている光景を綺麗としか表現できないこのもどかしさ。

 様々な形容詞をつけることは可能だ。

 しかし、それが何の解決になるのか。

 真に美しいものには、単純に綺麗としか言えないという事をリンクは知った。

 空を星が駆けていく。

 一つだけではなく、幾つも。

 空を駆ける鳥の群のように、星々が軌跡を描いて進んでいく。

 リンク達からの視線だと、炎の中に星々が吸い込まれていくようにも見え、それがなおさら美しさをかもし出した。

「見事な流星群じゃ」

 不意に聞こえてきた第三者の声に驚いて二人は振り向く。

「アルさん」

「爺ちゃん」

 ビフは嬉しそうにアルを見、隣に座るように即した。

 アルは頷いてビフの横に座る。リンクの反対側だ。

 年のために既に頭に頭髪は無いが、杖を使わずに歩き、走れるアルをビフが敬愛しているのは知っている。

(おじいちゃん子なのよね)

 本当に今日は不思議な日だ。

 いつもからは考えられないほど穏やかな思考。

 祭りの日はやはり特別らしい。

「二人とも、どうして星祭が行われているか知りたいのか?」

 アルの言葉に二人は頷く。アルはそうか、と呟いてしばらく黙っていたが、意を決したようによし、と息を吐き出した。

「よし。なら教えてあげよう。ただし、聞くからにはけして聞き逃さないようにな」

「そんなに長いの?」

「いや、確かに長いが……」

 ビフの問にアルは顔をしかめた。

「本来なら簡単に、大まかな事しか話はしない。でも、ビフよ。儂はお前には全部知ってほしいと思っている。しかし全部聞くには耐えがたいものもある」

 あまりにもアルが真剣な顔なのでリンクは緊張から動けない。

 ビフも顔を青ざめさせて訊ねた。

「そんなに、怖い話なのか? 伝記か何か?」

「いや。事実じゃよ」

 アルは二人の前に腰を降ろした。そして二人の顔を交互に見つめてから言葉を発する。

「この大陸全土の村に必ず一つは置いてある本がある。それは代々村の長が継承し、後世へと伝える役目を持っている。この星祭はな、有史からあったとされているが、最初はた

いした意味も無かった。それに意味が加えられたのは今から五百年前」

「五百年前?」

「確か歴史の授業で習ったわ。『退魔聖戦』があった頃でしょ? でもあれは……」

「そうじゃな。山奥から出てきた凶暴な動物どもをその頃のエレンス王国が討伐した、最大規模の魔物狩りの事。しかしその内容はまったく別じゃったんじゃ」

「どういうことだよ?」

「『退魔聖戦』と言うのはエレンス王国と当時、双璧をなしていた国との大戦の事じゃったんじゃよ」

 アルの口から静かに物語が紐解かれようとしていた。

 リンクもビフも、アルの話を聞きのがさまいと真剣な顔つきになる。



 そして、『物語』は語られる。



 この物語は、ある悲劇である。

 いや、喜劇といっても過言ではないだろう。

 戦いの運命に翻弄された者達を笑う喜劇。

 自らの命を賭け、戦って、闘って、戦い抜いて。

 その先に何があるのか、手探りのまま戦い続けた者達の記録。

『平和』と言う名の理想郷を目指した者達の記録

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