25.真打登場・其の三

 二六本の〈蒸奇爆砕銃剣〉が乱数機動で自在に飛ぶ。都市の壁面を二六の蒸奇光線砲が這い回り、一秒間に九六発の光線を放つ。二二の爆炎が帝都の空を焦がす。そして四本が市街へと突き刺さる。

 ビルの外壁装甲を突き破ったものや路面の舗装を吹き飛ばしたもの。雨空に黒煙が上がる。被害は着弾点の一箇所では終わらない。火災による延焼を防ぐために消防隊に無線が飛ぶ。まだ戦闘機動を行える憲兵隊の超電装が消防車を抱えて市街を飛び越え、そうでない超電装は動く片腕で寺の鐘を奪い、水路の水を汲み上げる。

 夜の街に剣が舞い、光線が閃く。爆音が帝都のすべての硝子を震わせる。そして炎の華が乱れる下で、二体の星鋳物が激突する。

 片や、黒鋼。無数の光線砲を従えて、光の一刀を振り被る。

 片や、白鋼。無数の銃剣を従えて、鉄錆の二刀を振り被る。

 斬り合う両者から波動となって蒸奇が迸り、周辺の蒸奇機関を狂わせる。鍔迫り合いに削り取られた両者の刀の破片が街路に降り注ぎ、ひとつひとつが小さな爆弾となって街を焦がした。

「殲滅艦が来た」と法月八雲が言った。「あれを止められる戦力は翠光艦隊にはない。君を今まで足止めした私の勝ちだ」

「さて、どうかな」と新九郎は応じた。

 宇宙空間の戦況は混沌としていた。超々高出力の蒸奇光線砲、おそらくは敵味方に分たれた万能戦艦二隻のいずれかまたは両方の主砲が使用されたのだ。当面の間探査は困難であり、殲滅艦の出現理由が安全が確保されたためなのか、それとも時刻通りに現れただけで翠光艦隊は健在なのか、わからない。

 しかし新九郎は後者を信じていた。

 刀と刀が弾け、黒白二体の星鋳物が間合いを取る。

「なあ、八雲」不意に新九郎が言った。「お前はなぜ、僕に向かってくる? チレインの意識の話はいい。そこに溶けた、お前の心の話だ。依子のためか? 彼女は僕の妻だ。お前がとやかく言う筋合いじゃない。学生時代のことだってそうだ。確かに僕はお前より優秀だった。今はご覧の通りの貧乏探偵だから、人生ってやつはままならないが……それにしたって、お前が僕を恨むのは筋違いだ。つまりな、八雲」

「何が言いたい」

「お前の下らんルサンチマンに付き合ってやるほど、僕は暇じゃないってことだ」

「挑発のつもりか?」

「まあね。そちらに自己修復機能がある以上、長引くほど僕に不利だ」

「そして、全ての銃剣を撃ち落とし続けることなどできない」

 〈闢光〉が刀を解き、偃月飾りを頭部に収めた。

 対する〈殲光〉は二刀を再び権丈に変え、無数の銃剣を空中に生成する。全ての切先が〈闢光〉を向く。

 更に新九郎は、自身の両腕を固めていた操縦装置まで外し、煙草に火を着けた。

「実はね、ひとつだけ手段があるんだ。しかしこれが、やると天樹の大将にこっぴどく怒られる。機密の塊の星鋳物だからねえ。彼の思いもよくわかるのだけど」

「何を隠している」

「いやいや、僕とお前との戦いなら、そちらの勝ちだ。参ったよ」

「何を言っている。君が私を容易く勝たせるわけがない。まして刀を置いて負けを認めるだと? ありえない」

 新九郎は大きく煙を吐く。「僕を殺すなら今のうちだぞ。今なら僕は考え中で、無防備だ」

「そう言って密かに罠を張っているのだろう。気づかない私ではない」

「いやいや、僕はこう見えて正直者だ。〈禁術・朧諸星〉で撃ち落とし続けるのも限界がある。蒸奇光線はもとより、〈蒸奇殺刀〉で斬ったところで〈殲光〉は修復するし、そもそも斬らせてもらえない。中々の強敵だ。そしてこの裏稼業は困ったことに、常に最善の結果を得ることを要求される。まあ法的な理屈は、あとで星団憲章をひっくり返せばどうにかなるだろう。超法規的措置も致し方なしだな。言い訳はつく。彼は何かと危ないから、今回もなるべく仕事を預けなかったのだが、こうなっては仕方ない。そう、最善を尽くした上で、

「何を言っている」

「後日査問になった時のためにね。彼らに深層意識を読まれて証言を取られるのは御免だから、録音を残しているのさ」

「いい辞世の句だったな」〈殲光〉が権丈を振り上げ、大地を打った。「さらばだ、新九郎」

 数えて一〇八の〈蒸奇爆砕銃剣〉が一斉に〈闢光〉めがけて飛来する。その瞬間、新九郎が呟いた。


 戦闘の経過に伴い〈殲光〉と〈闢光〉の会合地点は移動を重ね、今は蔵前橋の西側だった。北に浅草仲見世通り、北東に天樹。使命を果たした〈斬光〉が擱座した東本願寺からは南東にあたる。上野駅からは徒歩一〇分程度の位置だ。

 そして、上野駅前の喧騒から通り数本を隔てた、帝都東京、上野は入谷の三丁目に、〈純喫茶・熊猫〉は店を構えている。店主の大熊武志は、珍妙な白黒猫の描かれた看板を畳み、窓に飛び散り防止の新聞紙を張り、本日休業の看板を作っていたら外出禁止になって帰宅できなくなり、日も沈んでしまった。結局鍋を被ってテーブルの下に身を潜め、妻と友人の無事を祈っていた。

 その彼は、建物全体に走る異様な振動を感じた。

 戦闘のものとは明らかに違う。地震にしては、周囲の建物は揺れていない。

「な、なんだこりゃあ」と呟くも、応じる者はひとりもいない。警察に従って避難した妻はもちろん、二階に巣を作る探偵とその助手は帝都を襲う非常事態を解決すべく東奔西走の真っ最中である。いつもは無駄口しか叩かない侍気取りの小電装も、店で一番偉いのは自分だと思っているに違いない雄猫もいない。

 致し方なく、最後に残った、一番得体の知れない一体に、武志は恐る恐る話しかけた。

「おおい、フレイマー。フレイマーちゃんや」

「申し訳ございません、ご店主」どこからともなく声がした。部屋そのものが震えていた。「少し留守にいたします。屋根裏の配管が数本飛ぶと思われますので、ご迷惑おかけしますが、修繕をお願いしたく。おお、震えてきました」

「何、一体何が。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……」

「何がと申されますと、僭越ながらわたくしめは今、次元状態を少しずつ実体側へと遷移させております。一気にやると建物が壊れてしまうのです。もう出発いたしますので、ご安心ください。敢えて文学的に申し上げるならば、これは武者震いです」

 ずり落ちたロイド眼鏡を直す武志。「なんだなんだ、戦いにでも行くのか」

「いかにも。たった今からわたくしは、新九郎さまの炎です」


 曇り夜空を横切る一条の火の玉を見上げ、財前剛太郎は狸腹を揺らして無線機に取りついた。

「動ける消防車を全部集めろ! 超電装にも水持ってこさせるんだ! 場所? 見りゃわかんだろ、あの白いのを中心に、十文字だ!」


 装甲ビルの屋上。銃を収め、小電装軍団に偽装皮膜で紛れていた被潜脳者の工作員を縛り上げつつ、二ッ森焔は頭上を見上げて言った。

「マジかよ。奥の手の奥の手を使うっぽいぜ」

「奥の奥なんてあんのかよ」機械の手脚を失った小林剣一は、早坂あかりに肩を借りてようやく立っている。「駅の方から飛んできたぜ。なんだありゃ」

「フレイマー」とあかりは呟く。「あの子が奥の手……?」

「二年ぶりですわ、彼が外出するの」同じく工作員を縛り上げて椅子にしていた二ッ森凍が立ち上がる。「わたくしたちも参りましょう、お姉さま」

「ああ。こうしちゃいらんねえ。とうとう真打登場だぜ」


 上野の一角にある煙草屋の屋上東屋に、汗染みた司祭服の男の姿があった。穴だらけのトタン屋根の下で、胡座をかいて頭上を見上げ、夜空を貫く火の玉を見る。傍らには放り出された二刀と、茶碗と、吸い殻だらけの灰皿と、空になったいくつもの四合瓶。火の消えかけた七輪で炙られたスルメは、食べ頃をとうの昔に逃している。

 その背後に、優雅かつ謎めいた沈香が香った。

「こんなところにいらしたんですか、大先生」

「紅緒ちゃん」束ねた白髪の後ろ姿がゆるりと振り向く。葉隠幻之丞だった。「お前さんこそ、こんなところで油売ってていいのかい?」

「あたしの仕事はこれからですから」

「一本どうよ」煙草の箱を差し出す幻之丞。

「頂戴します」

 紅緒は煙草を咥え、燐寸で火を着けた。

「隠密衆はどうした?」

「無事、連中の工作員を何人かひっ捕らえましたよ。後で警察に引き渡します」

「新九郎はどうだ」

「よくやってると思いますよ。少なくとも大先生より、味方が多いですねえ」

「そうじゃねえよ。あいつと、お前さんのことさ」

「そっちですかい」紅緒は煙草を吹かす。「何かと難しいんですよ。あたしとあの人は」

「愛しているなら甘んじるな。また横から掻っ攫われても知らねえぞ」

「あたしはあくまで黒子ですよ」

「でもこう思ったことがあるんじゃねえのかい? 

 紅緒の手元から灰が落ちた。

「そんなこと、これっぽっちも思っちゃいませんよ」

「これでも聖職者の端くれ、告解の秘密は守るぜ」

「いつから告解になったんです」

最初はなから」

「付き合っちゃいられませんね。そんなことより」紅緒は屋上の縁へと歩みを進めた。「ようやく真打登場です。待たしてくれましたこと」

「俺の出番は残っちゃいねえな。めでたいめでたい」

「サボり癖まで師弟で似たんですねえ」

「人聞きが悪ぃな。俺は弟子の成長を喜んでいるんだぜ」幻之丞はにやりと笑った。目線の先に、炎を纏った黒鋼があった。「ちょっと見ねえ間に、デカくなりやがったな、坊主」


 星鋳物への電子的侵入は即ち〈奇跡の一族〉への敵対行動とみなされる。物理的侵入も同様である。その防止のために表面のペンローズ・バリアがあり、星鋳物と外部との通信回線は限定されている。

 では、スターダスターの意志により、敢えて招き入れたらどうなるか。

 たとえば全身を駆動させる蒸奇に極めて近い性質の肉体を持つ知的生命体を敢えて取り込んだら。

 過去に一度だけ新九郎はこれを実行し、そして大いに叱責された。だが最終的には緊急時の超法規的措置として、処罰を免れた。そして新九郎の中では、超法規的措置という言い訳が利く状況に限って使うことができる奥の手となった。

 なぜ事務所に太陽生まれの活力生命体を住まわせているか。

 ひとつに、冷めた珈琲を温めるため。

 ひとつに、煙草の火種が切れたときの備えのため。

 そしてもうひとつ。最後の切り札である。

 頭上から飛来した火球が〈闢光〉に取り込まれ、高熱と衝撃波を放った。

「なんだこれは」と法月八雲が瞠目し、〈殲光〉が後退する。

 今まさに〈闢光〉の全身を貫かんとしていた〈蒸奇爆砕銃剣〉が全て空中で爆散する。それどころか、両手に構えていた二刀さえもペンローズ・バリアの軛を破られて爆散する。空を塞いでいた雲が〈闢光〉を中心に吹き散らかされ、雨の代わりに月光が降り注ぐ。

 操縦席の温度が上昇する。煙草を足元で踏み消した新九郎は、再び操縦装置に腕を通した。

「クロックマン! 早坂くんに伝えろ。この通りの耐熱性を限界まで上げるんだ」

「もうやっています。まったく、あなたという人は一度ならず二度までも……」

 通信を一方的に打ち切り、〈闢光〉が歩みを進めた。

 足元で半ば溶解する舗装。鎧武者のような姿が様変わりしていた。

 炎だ。

 全身から断続的に吹き出していた翠緑色の蒸奇は、全てが炎の橙色に変わっている。露出しているビームレンズの色も、両眼の色も、全てが橙色。身動ぎすれば、あまりの高温に街路樹が発火した。

 人が〈闢光〉を悪鬼と呼ぶのは、この姿ゆえだった。

「名づけて〈闢光・鬼火〉」と新九郎が言った。「さっさと終わらせよう。僕は汗をかくのが嫌いだ」

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