第13話 ネイトン二世

「旧世紀の西大陸を白の恐怖で被い尽くした一人の王がいました。『混血王。ネイトン二世』です。彼はまたの名を「皮剥ぎ王」といいました。

 ネイトン二世は確かに王族の血を引いていたのですが、どういうわけか、鳶色の肌で産まれてきました。その為に、後継者争いは熾烈をきわめることとなりました。幼い頃、自分の肌の色から骨肉の争いを引き起こしたのだとのトラウマは、ネイトン二世に過剰なまでの白色愛好癖を植え付けたのです。

 白色の優位性を成文化した最初の王として、現在彼の名は歴史から黙殺されています。彼は白のために紡績、鉱工業、遺伝子学、医学、なめし工芸、博物学、芸術、特に絵画の分野を厚く保護しました。しかし、本質的には恐怖政治だったといわれています。純粋な白を作ることが王の最大の命令であり、失敗には死を与えられたのです。それぞれの分野で様々な白が発見、生成され、その純度で等級が決定しました。 医学の分野ではアルビノ種の研究、肌の漂白技術などが研究されました。もちろん、当時が第一次産業革命期に重なったことは、研究者や職工達にとっては、ある意味で、幸せだったといえるでしょう。

 そんな中、白でなくてはならないのに、白が作り出せない一つの分野がありました。

 王は、自分の身の回りを全て白で統一していました。自分の肌を隠すために、白い肌を持つ娘の皮を剥ぎ、衣服を作らせたという伝説もあります。

 全国から集められたえり抜きの美女、特に肌の美しい女たちと七日七夜に及ぶ宴を催し、娘達の中で酔いつぶれた者から順番に、生きながら皮を剥ぐのです。阿鼻叫喚が宴をいよいよ盛り上げて行き、白色大理石の鉱脈を磨きぬいて作られた地下室からは、血が溢れたといわれています。最高のなめし職人が皮をなめし、染み抜き、漂白を施した人皮の衣類は、王の身体にあわせて縫い合わされていたといいます。

 それほどまでに白に執着した王が、歯がゆくてならなかったのが、「磁器」だったのです。

 現在の白磁が、ボーンチャイナと言い習わされている事はご存知でしょう。東の果てから、シルクロードを通って塩と共に交易されはじめたのが、冷ややかでいながら、透明な内部に人肌のぬくもりを保持した白磁器でした。

 王はこの技術を盗み出そうと密偵を送りこみ、さらに軍勢をしかけようとした程でした。

 ところが、ある時、隣国のストラビヌが、その外交手腕によってまんまとこの技術を輸入することに成功してしまったのです。ネイトン二世は、使者を遣わしてこの技術を手に入れようと試みました。しかし、ストラビヌはチャイナとの条約によって、『門外不出』を遵守し続けたのです。

 大陸において薄く硬質な白い肌は一大ブームとなりました。ネイトン二世は、諦めて、ストラビヌからの輸入で、欲望を満たせたでしょうか? 

 王は白馬を駆り、白い羽飾りをつけた甲冑に身を固めて、ストラビヌへ侵攻したのです。

 王はいかなる矢をも貫けないように加工を施された乙女の皮を纏っていました。五千からなる白馬の進軍。だがそれは無謀な行軍でした。

 ストラビヌの首都までの辺境地帯には自然の要塞、イフガメの黒砂漠が横たわっていたのです。

 ストラビヌ軍は、砂に潜んでネイトン二世の軍勢を迎え撃ちました。黒い砂漠で、『白』は砂中艦からの格好の的となりました。王は、戦に望んでなお、白を捨てられなかったのです。迷彩を施したストラビヌの兵士達は、囲いの中の白色レグホンを捻るよりも容易く、王の軍を殲滅できたでしょう。王の甲冑は砕け、人皮は日に焼かれ、防護機能が停止していました。

 ネイトン二世は、このイフガメ砂漠の中ほどで、全身を赤い塩に被われて息絶えたといわれています。今でもその赤い塔を見ることができるそうです」

 隊毛氏は、語り終えると眼鏡のブリッジに手をやって、しばらく瞑目していました。

「人間の肌の色は簡単には変わりません。それが白となると非常に困難です。今の話は、この雑誌に掲載されている「空想技術の悲劇」の抜粋を要約したものです。

 釜名見先生は、純粋空想と人工純白とをアナロジカルに捉えているようです。あなたの肌は、あの王が着ていた白皮の衣のように、私には見えます。先生のところにご案内しましょう」

 私は一夜にして変貌した自分の肌を見つめながら、あっけに取られていました。

 純粋空想と人工純白とがアナロジカルな関係を持つ?

 釜名見煙とは一体どういう人物なのでしょうか。そして、「空想技術体系全20巻」がいかに難解なものかは、この小文を聞いただけで想像がつきます。私はどうしても釜名見煙に会わなくてはならないと思いました。

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