ドライブ

リーマン一号

ドライブ

これは今より少々昔の出来事で、それこそ私が新入社員として働き始めた頃に遡る。


子供の頃には永遠に来ないと思っていた新社会人という立場も、いつの間にやら一月が経ち、そろそろ自分の車が必要かと思い始めていた時のこと。


私は週末を利用して車屋へと足を運んだ。


「いらっしゃいませ!」


店内に足を踏み入れた私を、近くの店員がさわやかに迎え入れる。


「あのー。車を買いに来まして・・・」


「畏まりました。どうぞこちらへお掛けください」


店員は車が良く見える大きな鏡張りのテラス席に私をいざなうと、幾つかのカタログを持ち込んだ。


「めぼしい車種はすでにお決まりですか?」


「いえ、まだ、ほとんど決めていなくて・・・」


「そうですか。では、この辺りはどうですか?今、一番人気のモデルです」


勧められたのは町でよく見かけるハイブリッド式。


実用性も高く、非常に魅力的なデザインをしていたが・・・


「その・・・。実は持ち合わせが、あまり・・・」


なんと言っても高かった。


車はローンを組んで買うのが一般的だというが、私の給料から毎月数万円も飛び交っていては、普通に暮らしていくことすらままならない。


「さようですか。では、中古車はいかがでしょうか?新車ではございませんので型番は古いものが多いですが、その分お値段は抑えられますよ。それに、当店では買取の際にメンテナンスも行っていますので、安全性も保証いたします」


なるほど・・・。


車といえばピカピカの新車というイメージが先行していたが、中古車だって立派な車である。


「是非、見せていただけますか?」


「もちろんです。店内のガレージに止めてありますので、そこまでご案内致します」


見栄えの良い新車は店頭で、それに劣る中古車は店内のガレージということか・・・。


私はちょっとした車屋の裏事情を垣間見たようで少しだけ浮き足立ったが、実際にガレージで車を目の当たりにすると、そんな小さな陽気はどこかへ霧散した。


「いかがでしょうか?プレートの金額がそのままフルプライスとなりますので、だいぶ安く感じませんか?」


「・・・安いには安いんですが、」


「あまりお気に召さない?」


「うーん。そうですね・・・」


最初に新車を見てしまったのが悪かったのかもしれない。


ガレージに止められている車はどこか不格好で、私のイメージとは遠く離れていた。


しかし・・・


「あれ?この車・・・」


「ん?あっ。そちらは・・・」


人目をはばかるように止められていた一台の車に私の目は釘付けになった。


「これ、さっきのやつですよね!?」


それはまさしく私が先ほど見たハイブリッド式の最新機であった。


その上、掲示されているプレートの価格は新車の半分にも満たない。


「ええ。まぁ、そうなんですが・・・」


「これ!これにします!!」


「あ、いやー。えーと・・・」


私が掘り出し物を見つけたと興奮気味なのに対して、店員の反応はまるでまずいものでも見られてしまったかのような雰囲気である。


「・・・もしかして、何かあるんですか?」


私が怪訝そうにすると、店員は気まずそうにしながらも答えてくれた。


「あると言えばありますね・・・。正直、非常に申しづらいんですが、こちらはいわゆる事故車両でして、納車してすぐに若い女性が心筋梗塞で亡くなったと聞いております・・・」


「構いません!買います!」


普段から霊だのプラズマだの非科学的なものを一切信じていない私にとって、この車こそが運命の相手だと思えた。


「え!正気ですか?あ、いえ、失礼いたしました。・・・やめておいたほうがいいと思いますよ。大きい声では言えませんが、我々スタッフの中にもテストドライブ中に若い女性が後部座席に見えたなんて声もありまして・・・」


「大丈夫ですよ。私は霊感ゼロですから!」


結局、渋る店員をよそめに私はどんどん手続きを進めていき、晴れて車を買うこととなったのだが、事件が起きたのは初ドライブの日。


せっかくなら遠出してみようと、県境の観光スポットまで鼻歌交じりに山道を駆け抜けていた時のこと、私は見てしまったのだ。


後続車を確認するために、ふとバックミラーを確認した時、白い服の女を一瞬だけ。


「え・・・」


それまでの楽しいドライブはどこへやら、顔面蒼白になった私はすぐさま車を路肩に寄せると、女がいたはずのシートを確認した。


・・・


でも、そこには誰かが座っていたような痕跡は見つけられなかった。


「気のせい・・・だよな・・・」


おそらく店員の話を聞いたせいで、幻覚でも見たのだろう。


私はそう自分に言い聞かせて運転を再開した。


それからしばらく、私はおっかなびっくりにバックミラーを確認したが、女の姿なんて見ることは全くなく、やはり気のせいだったのだろうと怖気づいていた自分を笑った時、・・・異変に気付いた。


そう。


確かに、後部座席には女の姿は無い。


でも、それは当たり前だった。


なぜなら・・・


私の心臓は早鐘を打ち、冷たい汗が頬を伝う。


視界の端、ギリギリ見えるか見えないかぐらいに白い布切れのようなものがちらちらと映る。


ぜえぜえと浅い呼吸が繰り返され、ごくりと生唾を飲み込んだ後、私は恐る恐る視線を助手席に向ける。


ゆっくりと、ほんとうにゆっくりと・・・


そして、私ははっきりと見た。


後部座席に座る女の霊を。


自分の口から声にならない悲鳴を上がり、それと同時に前方から大型トラックのクラクションが鳴った・・・


・・・


私はその時気を失ったらしく、そのあとの記憶は無い。


だが、暫くして目を覚ました私は、自分が間一髪で危機から逃れていたことに気が付いた。


ガードレールすれすれで車は停車していた。


後ろを振り返れば、車が残したタイヤ跡がまざまざと道路に焼き付いていて、それを見れば、トラックとの正面衝突直前に車は勝手に左にカーブし、それでも勢いづいた車がガードレールとぶつかりかけた時に急ブレーキがかった事が分かった。


当然、簡単に意識を失った自分がとっさに取った行動なはずはないし、もとより普段からどんくさい私にこんな芸当できないだろう。


では、だれが・・・?


私は助手席に視線を向けたが、そこには誰もいない。


結局、私はそのまますぐに家へと引き返したが、


今になって考えてみればわかる。


きっと、彼女は別に私を怖がらせるつもりも、ましてや事故に合わせるつもりもなかったのだろう。


ただ、どうしても、ドライブしてみたかったのだ。


初めて買った自分の車を。


一度も乗ることができなかったあの車を。


ただ・・・


私と同じように・・・。

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ドライブ リーマン一号 @abouther

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