アルキュール帝国紀

nogino

転生者

「・・・僕は、転生者?」


10歳の誕生日。

その朝、シオンは長い長い夢を見た。

しかし、それは夢ではない。

シオンの前世、山田 東助の記憶だった。


前世のシオン・・・ つまり東助は、日本という国で働くサラリーマンだった。

年齢33歳にして、大手ビール会社の係長。

といっても、課長から毎日のように仕事を渡され、それを部下に手伝ってもらいながら、何とか終わらす。

そんな毎日を過ごす、ただのしがないサラリーマンだ。

実は結婚しており、もうすぐ10歳になる息子がいた。

だが、不意な事故で家族と離ればなれになってしまった。


そんな東助が事故後、初めて気付いた時、目の前に一人の少女がいた。

「あなたは事故で死にましたが、運よく新たな人生を選ぶ事が出来ます」

「新たな人生?」

「はい。あなたの世界でいう、【転生】というものです」

「転生か・・・ 何でもいいよ」

「そう言われましても・・・ 好きなものとか事とかないのですか?」

「うーん・・・ 息子くらいかな。 後は、仕事ばっかりで」

「では、異世界で息子さんと同じような少年として過ごしていただきますね」

「ああ、それでいいよ」

「条件を同じにするため、10歳になる直前にこれらの会話を思い出すことにします」

そう言って、少女は笑顔で、いってらっしゃいと言った。

シオンの夢はそこで終わりだった。


「とりあえず思い出したはいいけど、まさかこんな世界に飛ばされるとはな」

そうして、今度はシオンの方の記憶を辿っていった。


シオン・レーボル。

彼は国中で最も権力のある大貴族の息子だ。

その国とはアルキュール帝国。

大陸西部に位置する、世界一の軍事大国だ。

そんなアルキュール帝国は皇帝の親政の元、貴族や宦官達によって成り立っている。

貴族・・・。

そう、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の5つに階級に分けられ、特権階級として平民達を支配している者のことだ。

なんで33歳係長止まりだった俺が大貴族の御曹司なんだよ!と、心の中で悪態をつきつつも、もう少し詳しく思い返してみる。


シオンの人生は、必ずしも順調とは言えない。

5歳のころ、母親を無くすと、父であるウォーカーは側室の一人を正室とした。

その女性には息子がいて(腹違いの弟)、今年で9歳となる。

体が弱かった母よりも社交的で、身分が高い彼女を支持する者も多く、その息子を次期当主にと押す者までおり、シオンにはあまり味方となるような人がいなかった。

そんなシオンは、母が死ぬ間際に遺した言葉、

「民の事を考え、民と共に歩む貴族になりなさい」

という言葉通りに、勉学に励み、剣術を鍛錬し続けた。

そして今、10歳の誕生日を迎えようとしているのである。


「折角転生したんだし、シオンの・・・ いや、僕自身の夢を叶えないとな」

そう決心すると同時に、コンコンと扉を叩く音が聞こえ、「シオン様、朝食の準備が出来ております」と使用人が言った。

「今、行きます」

と軽く答え、荷支度をして部屋を出た。


誕生日ということで、屋敷の中はかなり騒がしかった。

いくつもの御祝い品が届き、帝国内の有力な貴族・皇族が訪ねては祝辞を言い、何とか笑顔でやり過ごすも、記憶が戻った身としてはかなり大変だった。

だがもっとも疲れるイベントが待ち受けている。

もちろん、夜に行われる誕生日舞踏会のことだ。


夕方、陽もかなり暮れてきた頃、出席者たちが続々と訪れた。

よく見ると、ウォーカーの叔母であり、先代皇帝の正室でもあった方まで来ている。

これから、そんな人たちの中で、喋らなければならないのかと思うと、シオンは本当に胃が痛む思いだった。

そしていよいよ、その時が・・・。

壇上に上がり、まずは、

「皆様、本日はお越しいただきありがとうございます」

そう言ってお辞儀した。

その後、何とか噛まずに言い終わると、改めて御礼を言って壇上から降りようとしたその時、ウォーカーが口を開いた。

「シオン、お前ももう10歳になった。今、そなたの欲しいものを何でも上げよう。何が欲しい?」

予定になかったその発言に戸惑う。

が、母のあの言葉が脳裏に甦ってきた。

「民の事を考え、民と共に歩む貴族になりなさい」

そんな貴族になるために今必要な事、それは・・・

「父上。それでは私に領土をください。2年以内に見事治めて見せましょう」

場内にざわめきが広がった。

ウォーカー自身も、不意打ち的な発言に困惑の表情を浮かべている。

と、一人の人物が口を開いた。

「シオン、あなたは領地を治めるという事がどういう事か分かっているのですか?」

その人物とは、父の叔母、まさにその人だ。

「勿論です。幾つもの苦労が待ち構えていることも承知です。ですが、それでもなおしたいことなのです。これ以外に、今私が望む物はありません」

「分かりました・・・」

そう言って、少し間を置いて喋り始めた。

「ウォーカー公爵、貴殿の息子は確固たる覚悟をお持ちのようです。ここは一つ、任せてみてはいかがでしょう。もし何か問題が生じれば、全て私が何とか致しますわ」

場内の全ての者に聞こえるよう、彼女は大声で誓った。

「分かりました」

そう答えると、ウォーカーはシオンの方に向き直って、

「お前への10歳のプレゼントは領地だ。この場で宣言した以上、責任を持って職務を全うするように」

と声高く発した。

シオンは、

「ありがとうございます、父上」

そう言って跪いた。

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