第8話 契約完了?
「以上で私の回想は終了です」
「……つまり、元々はあんな狭い路地に
「はい、そうです。そして、そのぼろい祠もあなたに破壊されて、哀れな女神ウケモチノカミちゃんはいまや宿なしなのです」
「神様が世俗の
「嘘泣きして誤魔化さないでください! いいですか、あなたには私のお家を破壊した責任を取ってもらいますからね! 縁結びの神としての実績を積んで人々の信仰心を集め、新しい神社を建てるまでは、あなたは私の
「あんな犬小屋みたいな祠だったら、そこらへんの木材を拾ってきて私が建て直しますよ? 私、こう見えて手先は器用なのです」
「私は犬じゃないですぅー! 第一、私が欲しいのは、たった一人の小娘に簡単に破壊されてしまうような小屋ではありません! 火災や地震があってもビクともしない鉄筋コンクリート建築の社殿を建てたいのですよぉ~!」
「鉄筋コンクリートって……。そんなわがままな……」
「わ、わがままじゃありませんよぉ~! 田舎者のあなたは知らないでしょうが、関東大震災の復興を支援する団体が鉄筋コンクリート造りの高級アパートメントを東京のあちこちに建てようと計画しているらしいのですよ。人間が鉄筋コンクリートの建物でぜいたくな生活をするのに、神様が鉄筋コンクリートの社殿が欲しいと願ってもいいじゃないですかぁ~!」
「は、はぁ……」
望子が目にいっぱいの涙をためてキャンキャン吠えたため、
「ウケモチノカミ様、オイラたちもたくさん弁当を売ってお金を稼ぎますブヒヒーン」
「だから、元気を出してくださいませブヒ~ン。馬が人間相手に商売するのはなかなか大変で、毎月赤字ばかりですが、儲かるようになったら寄付させていただきますブヒ~ン」
ちなみに、この夫婦の弁当屋が毎月赤字なのは、弁当にニンジンばかり入れているせいである。ニンジンで真っ赤に染まった弁当を食べたがるのは、よほどのニンジン好きか、馬だけだろう。
「…………あの。ウケモチノカミ様? ひとつだけ、お伺いしてもいいですか?」
「じゅびびび~ん(鼻水をすする音)。……何でじゅか?」
「ウケモチノカミ様が縁結びの神としての力を取り戻すことができたら、嫁に行き遅れそうな哀れな娘を救うこともできるのでしょうか?」
「そりゃぁ、銀座の人々の信仰心が十分に集まったら、それぐらいのことは朝飯前です」
望子はまな板みたいな胸をふんぞり返らせ、鼻息荒く言った。さっきまで泣きべそをかいていたのに、切り替わりの早い駄女神である。
「……私みたいな
「丙午生まれだろうが、異国生まれだろうが……いいえ、地球外生命体でも結婚させてあげますよ。アハハハハ!」
三つめは絶対に無理だろう。適当なことを言うな。
しかし、どうやら恵美子は真に受けてしまったようだ。目をキラーンと輝かせ、望子の両肩をガシッとつかんだ。
「お手伝いしましょう‼ ウケモチノカミ様の野望を叶えるためなら、犬馬の労も
「え? え? 急にやる気になってどうしたのです?」
望子は恵美子の迫力に気圧され、後ろに下がろうとした。しかし、体をガッシリとつかまれているため、逃げられない。
「そ・の・か・わ・り‼ ウケモチノカミ様の望みが叶ったあかつきには、私の望みも叶えてくだいませ‼」
恵美子の鬼気迫る顔が間近にあって、恐い。望子はちびりそうなのを我慢しながら、「恵美子さんの望み……ですか? それって、もしかして……」と言った。
「はい! 結婚‼ I want to get married! 私の! 素敵な! 旦那様を! 探してください! ウケモチノカミ様なら朝飯前なのですよね⁉」
「あ……あう。そ、それは……さっきの発言はちょっと調子に乗りすぎて……。私、本業は食物神だから、実は縁結びはそんなに得意では……」
「神様は! 嘘を! つきませんよね!」
「……は、はい! 縁結びは女神にお任せあれ、なのですぅ!」
ここで「やっぱり、さっきの発言はなし!」などと言ったら、色んな意味で追いつめられている恵美子が望子に対してデンジャラスな行為に及ぶかも知れない。望子はコクリと
「これでようやく希望が見えてきました……。人間よくなるも悪くなるも
(人間の協力者ができたのはよかったけれど……。恵美子さんを結婚させられなかったら、私、殺されるかも……)
ぶるるっ、と望子は身震いするのであった。
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