第3話 洗脳タイム

 黙り込む藤島。対して、森がさらに続けていく。

『そもそも、藤島さんは田村のことをどれほど知っている? わたしは解放者として共闘していた時期があった。

 ま、裏切られたけどね』


『……』


『田村のこと自体は、きな臭い人物だとは思っていたよ。実際にしてやられた以上……あまり説得力はないし、負けた腹いせに田村を陥れているようにしか見えないかもしれない。


 だからこそ、実際にどうすればいいのかは、君自身が決めるべきだ。あの田村を見て、君はどう思っていた? 君にとって田村が信用たる人物であるなら、わたしを無視してついていけばいい。

 君が信用する側に付けばいい話。簡単なことだ」


 こうして、あくまでも選択は藤島本人させる。ただし、本当に考えさせて選択させるわけではない。誘導し、考えた気にさせたうえで、こちらが望むほうを選択させる。

 そうすれば、心理的に受け入れやすくなる。


『……確かに……田村先輩は……何を考えているのか良く分からない人です……。危険な感じは……しています。


 でも……長井先輩は田村先輩のことを確かに信用されているんです。ここで田村先輩を敵視するということは……、

 やっぱり、分からないです……。あたしはどうしたら?』


『前にわたしが聞いたとき、藤島さんは答えたよね? 長井くんの思想に共感したから、彼を手伝う事にしたと……。その共感は、楽しいからゲームをする、なんてことに対してではなかったはずだ。


 少なくとも、みんなを解放するといった長井くんに共感したのだろう?


 確かに、長井くんは田村と組んでいる。だが、長井くんもまた、田村の正体を知りながら、なおも君たちに偽りの目標を掲げていたのだろうか……』


『……それは……』

 しばらく待つが、答えを出そうとしない。出せないのだろう。


 なので、代わりに森が背中を押すという誘導のため答えを出す。


『わたしはそうは思わない。わたしもまた長井くんの演説をずっと聞いてきた。あの演説に噓偽りがあるとは思えない。むろん、偽物の解放者という部分は偽りだが……思想だけは本心のはずだ。それこそ、君が共感した思想のはずだよ』


 あくまで長井は正しい思想を……藤島が持つ思想と同じであること、藤島が望んでいる姿であることを肯定する。

 藤島の中で、長井こそが正しい存在であることをしっかり確定させる。


『となれば、田村は長井くんの思想を脅かす存在なのではないか? 田村みたいな穢れた偽りの思想がリーダーとなっていては、長井くんが抱いている純真な思想を崩しかねない。田村が長井くんを騙しているのだとすれば、待っているのは最悪な結末だと思わない?』


 そして、田村が正しいはずの長井を貶めようとしている人物だと思わせる。田村が何も知らない長井を利用しようとしている図を……友人を騙しているという悪に仕立て上げていく。


『藤島さん……田村か……長井くん、君はどちらを信用する? 誰についていく? それを決めるのは君しかいないんだ』


 ここまで森が誘導してきた。そうすれば、藤島が決める答えはおのずと決まる。

『あたしは……長井先輩を信じたい。あたしは……長井先輩に協力することを望んで長井先輩の隣に付いたから』


 はい、見事誘導完了。もし、ここで流されなければ、田村か長井のどちらを信用するか、という二択に違和感を持てただろう。だが、すでに藤島はそこまで冷静ではない。


 本来なら、田村を信用するかどうかの二択であり、田村か長井という選択肢は筋違いだ。長井を信用しないという手はありえない。田村を信用することは、同時にそれに賛同する長井にも賛同することになるのだから。


 だが、田村が間違いで長井が正しいという考え……すなわち敵対しているという関係性を提示したことで、思考が乱れてしまう。結果、田村か長井という選択の違和感が薄れてしまったわけだ。


 しかも、藤島としては長井を信用しないという手は論外であるため、田村は信用できないという形が確定されてしまう。


 本当に、清々しいくらい圭と森の手のひらで転がってくれるよ、藤島奈美。


 だが、ここで手を休めてはいけない。次に来るのは分かっている。

『じゃぁ……まずは長井先輩にこのことを相談して……』


『う~ん、わたしはそれには賛成しないな』


 こういうことになる。現状、藤島が長井に相談を持ち掛ける展開になるのはよろしくない。この話を第三者、すなわち長井が聞けば、長井は間違いなく騙されていることに気づき、藤島の目を覚まさせにくる。


 それに、田村が疑われていると知れば、長井ならば躊躇なく直接本人に質問をぶつけるだろう。

 あってはならない展開だ。


『……どうして?』


 しかし、頭ごなしにこれを否定すればたちまち怪しさは森のほうに移っていく。ここで重要なのは長井を持ち上げて、あくまで長井のことを思っての提案であることをアピールしなければならない。


『長井くんは長井くんで、考えていることが多いはず。田村の手によって真の王の的にされている状態だぞ? しかも、無関係らしい男子生徒一人を巻き込んでのだ。その状況でこの話を持ち掛けたら……、パンクしてしまうとは思わない?


 そもそも、長井くんは田村のことを友人だと思っているはずだよね? そんな中で裏切られているなんて話を聞かせるのは……どうかと思う』


『……そ……それは……確かに……』


『長井くんに頼りすぎてはだめだと思う。この現状を長井くん一人に負わせるのはあまりに……』


 うまく誘導はできたらしい。藤島は次の案を出す。

『……武井くんは……今田村先輩のペアだし……じゃぁ、あたしだけで……?』


『わたしがいるだろう? 藤島さん、君は今やニューキングダムの中核だ。君がひとまず、田村を倒して、本当にみんなを救い出せる、解放するこができる真のニューキングダムを共に作り上げようじゃないか!』


『あ……あたしが? 田村先輩を……倒す?』


『あぁ、大丈夫だ。田村はここでの反逆は想定外のはず。あたしと藤島さんが組めば絶対に倒せる。そしてこれは、長井くんの思想を後押しすることにつながる。この行動は、間違いなく長井くんの役に立つよ。


 すべてを丸く収めた後、長井くんを迎え入れよう。そうすれば、本当の意味でみんなの解放に導くことができるニューキングダムが誕生する。そうは思わない?』


『あ……あたしが……長井先輩の役に……立てるんですか? ……もし、役に立つんであれば……あたしは……田村先輩を……倒したい……。なので……アリスさん……。手伝ってくれますか?』


 ふっ……落ちた。


『あぁ、もちろんだとも』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る