第11話 演説の後

 あの演説から数日がたったころ、圭と長井は一つの空き教室で会うことになっていた。待ち合わせの時間、教室に入ると長井は優しい笑顔でこちらにまで手招きをしてくれる。


「小林くん。来てくれてありがとう」

「あぁ、いや……」


 軽く首と手を横に振って促すと長井の近くにまで寄って行った。


 そんな圭に向かってそっと手を広げてくる。

「この前の演説はご苦労様」

「……って言っても、俺……後ろで本当に突っ立っていただけですけどね」


「いやいや、それでもだよ。人が集まる中、中庭の中心に立つだけでも相当なストレスなのは僕も重々承知しているよ」


「……まぁ、そう出来ない経験だったのでしょうね……今思えば」


 ……本当に、田村と言い、この人と言い、基本的に人当りがいいのだから……何とも言えない。少なくとも、おいそれと周りに敵を作るような人たちではない。

 今回は味方に徹するつもりだから、むしろそれでいいのだろうが。


「ちなみに、あれから日数立ちましたけど、なにか演説の成果って得られたんでしょうか?」


「さぁ、どうだろう。もし効果があったとしても、僕より藤島さんのところのほうだからね。こればっかりは報告を待つしかないんじゃないかな。

 それよりは、僕たちは僕たちでやるべきことしていきたいんだけどね」


 やるべきこと……ね。

「といっても、田村先輩の話から考えれば、基本的に俺たちは受け身にしかならないですよね? 黙って向こうから来るのを待つしかない」


「まぁ、確かにそうだろうね。影武者に対しては零士くんたちが対応してくれるんだから。でも、零士くんが考えたことだから。おそらく、重要な意味はあるはずだよ。


 といっても、君からしたら不服な話なのかもしれないけどね。王たちに自分を本物の解放者だと思わせるなんて……」


「いや……別にそれは構わないですけど……。悪人にされているわけでもないし……直接迷惑被るわけでもないですから」


 そのように当たり障りがない答えを選んではいていると、長井は「そうか。悪いね」と言って、そのまま黙り始めた。


 そのまましばし訪れる沈黙。


 圭も黙ってただ突っ立っていたが、さすがにしびれを切らし、一度長井としっかり顔を合わせに行った。


「長井先輩……。なぜ……わざわざ俺を呼び出したんです? 少なくとも、たったこれだけの会話であとは沈黙するためだけに、呼んだのではありませんよね?」


 少し強めの口調でそれを告げると、長井は少し驚いたように見開いて見せた。しかし、すぐに手を顎に当て小さく頷く。


「ごめんごめん。そうだったね」

 少し自分の頭を撫でた長井は圭と同じように、視線をしっかり合わせてきた。


「といっても、内容は至極簡単な話。あの演説の後、君になにか変わりはあったのかなって思ってね。君が最初僕にしてきた質問、僕もしようと思っていたからね。タイミングを失って、そのまま忘れかけていたよ」


 それが本当なのか、嘘なのか、圭には計り知れないし、図る必要もない。圭はうなずいて理解したようにしぐさを見せた。

「それについては、先輩も十分お察し頂いているのでしょうね。残念ながら、これっぽちも」


「だよね……あったら真っ先に教えてくれたはずだからね」


 ……果たして、本当にそうだろうか……。もし仮に、真の王じきじきに、圭へ接近してきた場合、圭は長井や田村にそれを伝えるだろうか……。……今の立場なら伝えることのほうが……メリットあるのか……。


 今までは、そんな可能性はほぼゼロで来ていたがゆえに、実際そうなった場合、どう対処したらいいのか、想像しづらい。


「念のために言っておくけど、少しでも何かあったら、すぐに僕へ連絡してほしい。真の王らしきものが近づいてきたときはもちろん……そうだね……、コントラクトに関することについて話かけようとしてきた人物がいれば、その都度教えてもらいたいかな」


「今、長井先輩にコントラスト関係の話を持ち掛けられていることを報告しておきます」


「……うん。ありがとう。僕たちメンバー以外の……まで付け加えておくとしようかな」



 長井との会談を終えた圭は、自宅に帰った後、自分のスマホのメッセージ着信を確認した。

 森からのLIONチャット。


『こちらは順調に進みだした。藤島先輩の元に、それなりのメンバーが集まり始めている。ただ、中にはすでにキングダムの支配下にあり、三分の一ルール上直接グループに参加できない人たちもいるみたいだね。


 でも、仲間意識こそが大切だということで。それぞれを話をして着実に信頼を集め始めている。


 そっちはどう?』


 なるほどね……、動き始めているのか……。だけど、長井はまだ情報をもらっていなかったらしいのだが……。いや、それもフェイクだったのかも……。

 本来なら、ただの小林圭がこの情報を長井以外から知る術はないのだから。


『こっちは特に何も。と言いうか、相手が真の王である以上、そう簡単に進みはしないだろうな』


 そんなメッセージを返し、スマホを机に置いた。

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