第5話 圭と次郎、そして田村

 学校に入ると亜壽香と別れ、自分の教室に入った。さらりと見渡せば普段と変わりがないように思える。だが、昨日あったことを考えてみれば、その雰囲気には何か違うものを感じられる気がする。


 それはストレート言えば、希望ということなのだろう。無論中には解放者に対して不信な思いを持った人物もいるかもしれない。しかし、全体としては解放者を歓迎する空気になっていることに違いはなかった。


 それは次郎もなんとなく感じたらしい。圭の顔を見ると、小さく首を横に振る仕草を見せてきていた。


 そんな日の放課後、次郎は圭に声をかけてきた。


「圭、帰ろうぜ」


 だけど、圭は次郎に対して首を横に振った。

「悪いけど、一人で先に帰っててくれ。先約があるんだ」

「先約?」


 聞き返してくる次郎に頷き返すと、自分のカバンを手に持った。そのまま教室に出ていこうとする圭に、次郎があとを付いてくる。


「先約って、あれか? 泉か?」

 泉、すなわち亜壽香の苗字を上げる次郎。だけど、圭の目の前を亜壽香が友だちと喋りながら通り過ぎた。

 明らかにそのまま下校する態度。


「……違うらしいな。じゃ、誰だ?」

 次郎が俺の後ろをついて来ながら首をひねる。

「まさか、森か?」


 そこまで聞いてくる次郎に対して、ため息をつきながら足を止めた。そして、振り向き次郎を見る。

「別に次郎が知る必要ないだろ? 普段のお前なら、「ふ~ん」で終わらせていたと思うんだが?」


 少なくとも圭が知る次郎はそんな細かいことを気にしないタイプだった。


 だが、圭の質問に対し、次郎もまたため息をついた。

「あのなあ。昨日、あの演説があったんだぜ? で、今日、いきなり先約があるから? 今の俺たちの間柄を考えたら、何かしらあると思うのは当然だろ?」


 今の圭たち、解放者としての圭たち。

 それを言われたら、圭に返せる言葉はなかった。ある意味、次郎の雰囲気というか、行動を変えているのは、今の状況が大きく影響しているのは間違いないだろう。


「次郎もまた、俺の行動に不穏なものを感じていたりするのか?」

「不穏? それはないけど……」


「けど?」

 次郎はしばらく圭から視線を外し、空を見る。だが、意を決したように圭のほうに顔を向きなおした。


「まぁ、なんか一人が抱え込もうとしているんじゃないだろうな?」

 次郎はそう言いながら自分の胸に親指を当てた。


「お前は俺の親友だ。アレの関係がどうであれな。どう言う状況になっても、それだけは忘れるなよ?」

 その次郎のセリフで、前に次郎としたエンゲームがフラッシュバックしてきた。


「……お前……あの時から変わらず、恥ずかしいことを平然と話すよな」

「ま、こういう状況だからなおさらだな」

 次郎は圭の肩を叩いた。


「その先約に俺がいるのは邪魔なんだろ?」

「……まぁ、ちょっとな……」


 とそこまで言って、ふと顔をひねらせた。次郎と田村の関係を今、洗い出す。

「別に問題はないな……」

「……え?」


 すでに次郎と田村はそれなりの仲になっている。田村もまた、圭と次郎の中を当然知っているのだから、そのまま連れて行っても変なことではないだろう。次郎が勝手についてきたことにすれば、なんの違和感もない。


 変わらず、奴が圭を呼び出す目的は分からないが、次郎がいることになんら厄介なことはない。

 今は解放者として田村と会うわけではないんだ。


「次郎、お前がついてきたいなら、勝手についてきてもらって構わないぞ」

「いいのか?」

「あぁ。お前の好きにすればいい。ただ、俺は田村先輩と待ち合わせをしているだけだからな」


「た……田村先輩!?」

 次郎の驚き顔を見たあと、圭は笑いながら再び歩み始めた。


 次郎は最初こそ面食らったような顔をしていたが、それでも圭のあとを付いてくる。


「ずっと気になっていたんだが……結局のところ、圭と田村先輩ってどういう仲なんだ?

 お前は部活とかもしてないし、先輩と仲良くなるような機会なんて持ち合わせていないだろ?」


「……う~ん、それは本当に難しい質問だな」

 本当に難しい。少なくとも一言で言えるような間柄ではないからだ。ただの一生徒である圭と田村としてもだ。


「まぁ、強いて言うなら、向こうが勝手に近寄ってきた、っていうのが唯一言葉にして説明できることかな」


 そんな、感じで圭はフライハイトにたどり着いた。フライハイトには何人か人がいたが、その中で、一人の人物に視線を向けた。

 当然、田村零士だ。


 田村が座る席に近寄り、声をかける。

「先輩、お待たせしました」

「いいや、待っていなですよ。……おや?」


 田村がスマホから顔を上げて圭を見ると、すぐその横に視線を流した。


「……どうも」

 次郎が横で頭をそっと下げる。田村は突然やってきた次郎に対して何かしら驚きの反応を示すのかと思っていた。


 だが、想定と違い、田村はずっといい笑顔で立ち上がると次郎と顔を合わせた。


「次郎くん、君も来てくれたんですね。さぁ、どうぞどうぞ。まずは座りましょうよ」


 そう言って、田村はは圭と次郎二人を相手に、躊躇することなく前にある椅子を進めてきた。

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