第8話 共闘契約

 少なくとも、目の前にいる田村はエンゲームに圭たちの勝利を促したことは事実。

 で、あるならば、少なくとも田村もまた、単純にキングダムの指示を聞くだけの犬ということではないのだろう。


 そして、田村もまた、キングダムに抗おうとするもの。


 田村は一歩、圭のほうに近づいた。

「別にわたしは、君から信頼を勝ち取ろうとは思っていません。そもそも、わたしたちの関係で、信頼など、どうやっても得られないでしょうね。

 それは、コントラクトを交わしたとしても……ね」


 圭の仮面を覗き込むように見てくる田村に対し、圭はさっと後ろに下がる。

「だから、共通の敵、共通の目的を持とう、というわけか?」


「はい。そういうことです。もちろん、あなたの目的の邪魔などは一切しません。契約すれば絶対できないですし。

 お互い、キングダムの真の王という共通の敵を、協力して倒すということ、それだけの関係です」


 そうであるならば、話としては簡単だ。少なくとも、圭の正体をこいつに教える必要もないし、別にこいつに情報をくれてやる必要もないわけだ。

 必要以上に、馴れ合う必要は一切ない。


 実に合理的だ。解放者ボブという立場とキングダムの一人でかつての敵ロミオという立場が、手を組むのにこれ以上ない関係だろう。

 いや、これ以外の関係性はありえない。


 解放者の目的を邪魔しないという契約さえ取れれば、なんとかなりそうだな……。


「それでいいだろう。……一応聞いておく、アリス、お前はどう思う?」

 もともと田村と手を組むことに乗り気ではなかった森に視線を向ける。森は少しそっぽを向いたが、すぐに圭のほうに顔を向けた。


「ボブがいいなら、それでいい。契約さえしっかりしておけば……いいんじゃないかな。警戒は必須だろうけど」

 そう言って森はちらっと田村のほうを見た。


「大丈夫ですよ。逆にこれで警戒をやめるようなら、真の王にはどのみち勝てないと思いますから」


 このやりとりで三人ともに了承したと判断した圭は自分のスマホで契約分を作り始めた。


『共闘契約』集団契約

第一条 仮面ファイター5103(以下、甲という。)、543レイン(以下、乙という。)及びレクス(以下、丙という。)はキングダムの真の王なる人物を打倒することをこの契約で誓う。

 2.そのためこの三人は共闘関係にある。


第二条 甲、乙及び丙はお互いに、キングダムの真の王なる人物を打倒するという目的を邪魔するような行動をしてはならない。


第三条 甲、乙及び丙は、この契約に関する情報を一切、口外及び発信してはならない。


「ふむ、まぁ、妥当でしょうね。ですが……」

 田村が圭の作った契約分を見てギロリと圭に視線を向ける。

「これ、各個人ですよね? 解放者というグループと契約を結ぶといったはずだったんですが?」


 田村がそう言う。そのセリフに圭もギクリとしていただろう、そして次郎、三人目の存在を田村に確信させていたかもしれない。

 冷静でなければ。コントラクトのルールをしっかり覚えていなければ。


「ルール上、グループや団体を契約当事者にするのは不可能だろうが。ルール、一度見直してみるといい」


・契約当事者の対象は個々のアカウントのみである。それぞれの契約者本人以外のアカウント、グループ及び団体を契約当事者とすることはできない。よって、代理アカウントを利用しての契約は不可である。


 このルールに基づく。


「そう言われたら、そうだった気がしますね」

 田村は圭に広角の片方をこれでもかと釣り上げ、引き下がった。


 ちなみに、この第三条、この契約をすることにより、圭と森は次郎にこの契約のことを話せないことになる。

 だが、それでいい。次郎に、わざわざ田村のことを話す必要はなかろう。あくまで、田村は解放者グループと協力するだけ。仲間になるわけではない。


 もし、ここで変に次郎へ情報を流せるような契約をしたら、三人目を田村に疑われる。であれば、この契約がこちらとしても妥当だ。


 三人の同意がえられたことで、契約が成立。

 これで、田村と圭と森は共闘関係にあることになった。


 契約が終わったあと、圭はまた、田村の前に立った。

「俺たちはお前のことをなんて呼べばいい?」

 念のため、聞いてみる。もし、本名を言ってくれたら儲けものだが。


「わたしの名前はとっくにご存知でしょう?」

「いや、知らないな?」

「あれ? わたしのこと、君はどう呼んでいましたか?」

「……ロミオだ」

「なら、それでいいんじゃないですか?」


 ま、想定内か……。ここで田村零士と名乗ってくれたら、解放者として田村といるとき、圭として田村といるとき、呼び方を変えなくてよくなる。

 いろいろ楽だったんだが。


 しかたない。決して仮面をかぶっているときに田村なんて名前を出さないよう最新の注意は払うとしよう。


「逆にわたしはあなたのことをどう呼んだらいいでしょうか?」

「ボブでいい」

「……う~ん、それだと味気ない。ケーと呼んでいいですか?」


 ……はっ!? 圭は唐突な名前に跳ね上がる心臓をぐっと押さえ込む。

「……なぜだ?」

 冷静を装い言葉を返す。対して、田村、不敵な笑み。


「解放者……頭文字がKじゃないですか」

「アルファベットのKか……だが断る。それだと、二人ともKだろうが。なぜ、そんな呼び方をしたがる?」


「いや……ジョークですよ。実はわたしの知り合いに圭という名前の人がいましてね。ちょっと引っ掛けただけです。

 むしろ、その呼び方だとわたしも混乱しちゃいますよ」


 こいつの不敵な笑み。間違いなくわざと……そしてなによりこいつは……解放者ボブのことを……小林圭の可能性が高いと……考えている。

 しかも、それをはっきりと解放者ボブに言葉で伝えてきた。


「……分かりにくいジョークだ」


 本当に圭である以上、これは確かなプレッシャーだ。

 可能性としては十二分に考えていたが……、こいつの一番の目的は……これだったりするのか? いや、だとしても真の王打倒は契約したんだ、意地でも共闘してもらうぞ。


 悪いな、田村零士、いや、ロミオ。ボロは……出さん。

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