第10話 ネイティブの取立て
「さて、随分堂々とした滞納宣言だったが……お前、どういうつもりだ?」
ヘルメットをかぶったまま、ネイティブは近づいてくる。相変わらずその姿に異様さと恐怖が込上がってくるが、平然のふりをかまして、前に立つ。
「いやあ、払えないものは払えませんからね。だって、ないんですから」
自分の財布を振ってみせる。当然、中には千円も入っていない。
「だったら、黙って待てばいいのに、わざわざ俺に宣言した。それは……俺をここに引っ張り出したかったってわけだろう? さしずめ、尾行はいくらやっても無駄だったから、別の方法として、この形をとったといったところか」
ゆっくりと近づいてくるネイティブは、そっと圭に手を伸ばしてくる。かと思えば、一瞬のうちに圭の襟元を掴み、引き上げてきた。
「いいかげんにしろよ、てめえ。いいから、黙ってさっさと金払え。ねえなら、他人の財布からパクってくるなり、自分もまた誰かを支配して金を毟り取ればいい」
「……後輩に犯罪を促すなんて、最低な先輩ですね」
「犯罪が嫌なら、後者でも選べ。てめえなら、割と簡単に従者を作ることできるんじゃねんのか? うまくやら、自分だって儲けられるぜ」
「なるほど……そうやって、ピラミッド式に支配領域を伸ばすわけか。そして、あなたのことだ、いずれそいつらも含めて自分の直下に置こうとでもするんでしょうね」
「さあな。今はどうでもいいことだろう? それよりは……」
ネイティブはそこらにある椅子を乱暴に引っ張り出し、座り込む。
「お前にある選択肢はふたつだ。ひとつは、返金の契約を結ぶこと。さっき言ったような方法を取って意地でも、支払ってもらう」
「……で? もうひとつの選択肢は? なんです?」
ネイティブは圭の問に対して、ヘルメット越しにため息をついた。
「俺の下につくやつが毎日、お前のもとに来る。お前が支払いを終えるまで、毎日だ」
随分と乱暴なやり方だな……へたすりゃ法に触りかねないというのに……いや、コントラクトというアプリ自体がグレーを通り越しているようなもの、今更か……。
「そうか、そいつは都合がいいですね。あなたの正体に近づけるきっかけが毎日向こうからやってきてるんだったら、願ったり叶ったりですよ」
「そんな甘いものだと思うなよ。強引に行くぞ」
「楽しみですね」
「ちっ」
ネイティブがヘルメット越しにでもわかるほどにイライラを見せていた。
「言っとくが、俺の顔は誰も知らないぞ。誰ひとりとして俺の正体は知っていない。俺の正体を知るすべはねえ。お前じゃ無理だ」
だろうな、そんな気はしていた。
ネイティブは性格からして、明らかに誰も信用しないタイプだ。そんなやつの周りにいるのは、ネイティブより下の人物だけ。まあ、周りの人をいくら引っ掛けようが、こいつにとったら、全てトカゲのしっぽみたいなものなのだろう。
尾行に対して強気でいたのは、その意味もあるということか。
そう考えながら、自分のポケットにこっそり意識を向けた。既にそこにはもともと入っていた発信機はない。やつのポケットの中。
さっき、近づいて襟元を掴み上げてきた時に、入れておくことに成功していた。この様子だと、気づかれていないのだろうか……。
「なぜ、無理なんですか? 目の前にあなたがいるのに、その正体を知ることはできない? 可能性なら間違いなくあると思いますよ。少なくとも、あなたは思いつけないのでしょうけどね」
「……あくまでも、こっちの指示には従わないと? 契約もしないと?」
「当然です。する理由がない」
「なぜだ? 毎日知らない奴らからの取立てが続けば、きついのは目に見えている。契約をしてしまえば、あとは契約による強制力で否応でも金は集まる。それを払えばいいだけだ」
「さっき言いましたよね? あなたの正体に近づけるチャンスを自ら逃すなんて、馬鹿な選択肢は選ばないというだけのことですよ」
そこまで言うとネイティブは黙り込んだ。しばらく、無言でいたかと思えば、おもむろに立ち上がり、数歩分圭に近づいてくる。
「その選択こそ、馬鹿だったと後に後悔することになるぞ」
そのセリフを吐いたと思えば、静かに教室の出口に向かって歩み始める。静かに、一歩一歩丁寧に歩ませている。まるで、こっちに猶予でも与えるかのように。
だが、その猶予に圭が手を伸ばすことはない。ただ、黙ってやつが教室を出ていくのを待つのみ。
やがて、ネイティブは出口のドアに手をかけ……
「あ、そうそう」
手をかける振りして、自分のポケットへと手を伸ばした。そして、そっと引き出される黒い箱。それを数回振ったかと思えば、床に投げ捨てた。
「発信機、納金箱にもつけたりして、結構あがいていたみたいだが、無駄だったみたいだな。確かに俺に発信機をつければ、特定……までできなくても絞ることはできたろう」
圭の視線は否応なく床に落ちた発信機に向けられてしまう。簡単に見破られていたそれは、既に役目を終えていた。
「だが、バレたら意味がない。もっと上手にやるべきだったな」
そう言ってネイティブは今度こそ、教室を出て行った。
ネイティブが出て行ったあと、床に捨てられた発信機を手に取り、強く握り締める。全てに役目を終えたその発信機から、視線を外しネイティブが出て行った廊下のほうをみた。
「ここまでは……計画通り」
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