第2話 契約アプリ
「……は?」
亜壽香がする唐突な発言にマヌケな声が漏れた。
いきなり契約ってなんだ? なに、僕と契約して魔法○女になってよってか? うん?
亜壽香はおもむろにスマホを取り出す。そこで初めてスタンプに気づいたようで、右手でグッドサインをよこしてくる。
「スタンプも送れたね。よくできました!」
「……遅い」
圭の突っ込みという口頭返信には既読をつけようともせず、スマホをいじり続ける亜壽香。やがてアプリを立ち上げたみたいで圭の目の前に画面を持ってきた。
「コントラクト?」
「そう、契約アプリ。これでお金を借りる契約をつくっちゃえばいい」
「契約アプリ? なんだそりゃ?」
圭のスマホを奪い取った亜壽香がさっと操作。すぐにインストール中の画面を圭に見せてきた。
「スマホで契約書が作れますよ、って感じ。はい、アカウント名を入力して」
いくつか出た画面はタッチで流され、アカウント名入力画面がでてくる。
「なあ、利用規約吹っ飛ばしたよな?」
「大丈夫、普通に使う分には無料のアプリだから」
ちょっと引っかかったが、そんな程度かと、画面に意識を向ける。で、『ああああ』と言ってみた。しかし、「既にこのアカウント名は使用済みです」とのこと。
「すでにある同じアカウント名はだめなんだよ。別のにして」
「じゃあ……」
指を動かし『仮面ファイター』と入力した。これは有名な特撮ヒーローの名前だ。なんとなくヒーローとか圭は好きだったのでそれにしてみる。
当然、それは使用済みの名前だったが、後ろに数字をいろいろ付け足してみた。
『仮面ファイター5103』
問題なくアカウント名が通った。素晴らしい。
いろいろ設定を入力し終えるとマイページらしきところに飛んだ。
アカウント名やら白紙のプロフィールやらに、アバターのイラスト。Tシャツ短パンで仁王立ちする姿。ザ・初期状態のアバター。
しかし、亜壽香はそんなところには一切触れずスマホをいじりだす。
しばらくすると圭のマイページ画面に「契約の申請が来ました。受けますか?」の文字がでた。
受諾をすると、簡単な契約書みたいな画面に映り変わる。何事かと思っていると亜壽香が入れたらしく、契約書の表題と書かれた部分が切り替わった。
『借用契約書』
「これで契約しよう。ね、これで」
しばらく悩んだが、やがて首を縦に振る。
「まあ、とにかくこれで契約するから、ちゃんと返すって言いたいわけだよな? 分かった、いいよ。……貸すよ。じゃあ、どうすりゃいい?」
「ありがとう、ちょっとまっててね」
スマホをいじり続ける亜壽香。
その間に少し画面を眺める。表題「借用契約書」の下に『1』から『6』の数字が縦一列に並んでいる。しばらくすると『1』の横に文字が並んだ。
『仮面ファイター5103(以下「甲」という。)はAAフラワー(以下「乙」という。)に対して、3万円を貸し渡す。』
「それと……第二条で」
『乙は甲に対し、借用金3万円を高校卒業までに返金すること。』
「これでOK。とにかくこういう風に契約条文を連ねて契約すればいい。後は成立させるだけ。これでいい?」
「うん……まあ、いいと思う」
軽い気持ちでそういった。今は二人とも高校二年。卒業まではあと一年半以上あるし、何とかなるだろう。貸したって事実も残るんだし……ってあれ?
こういうのってデジタルデータとしてあるだけで適応されるものか? いや、しょせんお遊びみたいな契約だろうし関係ないのか。
「ああ、そうだ。ごめん、これも付け足しさせてよ」
亜壽香はそう言うと第三条に以下の条文が付け加えられた。
『甲乙双方は、この契約内容に関することを発信及び口外しないこと。』
「……これはどういう意味だ?」
突如来た借用とは直接かかわり合わなそうな条文に戸惑いを見せつつ尋ねると、亜壽香は両手を合わせて頼んできた。
「この通り、だって圭に三万円も借りているなんてうちの親や圭のおじさん、おばさんに知られたくないじゃん」
「なるほど……まあいいよ」
「そう、本当に? ありがとう」
再度両手を何度もすり合わせて頭を下げる亜壽香。こちとら仏様じゃねえっつうの。
その後、亜壽香の指示通り、確認ボタンを押すと完成された契約書が現れた。
『借用契約書』
第一条 仮面ファイター5103(以下「甲」という。)はAAフラワー(以下「乙」という。)に対して、3万円を貸し渡す。
第二条 乙は甲に対し、借用金3万円を高校卒業までに返金すること。
第三条 甲乙双方は、この契約内容に関することを発信及び口外しないこと。
圭が亜壽香に貸すことも、亜壽香が圭に貸した金を返すこともしっかりつづられている。
「いいよ、問題ない」
最後に成立ボタンを押すことで、契約が完了した。
「マイページからこの契約内容を後でも確認できるから。と言うわけで」
「ああ、分かった」
圭は立ち上がると並べてあった三万を亜壽香に手渡す。それを亜壽香は丁寧に受け取った。
「契約通り、確かに受け取りました」
そう言って自分の財布の中にしまいこんだ。
「ありがとうね。じゃ、必ず返すから! あ、あとお水もありがとう」
最後に軽く手を振る亜壽香はそのまま圭の部屋から出ていく。しばらくスマホの画面を見てそのアプリの動作を確認していたが、あわてて亜壽香を見送ろうとしたときは既に玄関を出て家に向かって走っていた。
あのあと、亜壽香と連絡を取ることも、契約に関して話が切り出されることもなかった。
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