コンプレックス・ネクロマンサー 「神の迎え方」

真風玉葉(まかぜたまは)

第1話 頭屋御輿

 その御輿みこしは一風変わった姿をしていた。

 台座の上には大きなおけが一つあるだけの、とても簡素な構造である。風呂桶にでも使えそうなくらい大きな桶だ。

 隣には、よく見かける胴と屋根からなる神殿形式の金色の御輿が並べられており、いかに桶の御輿が異様な姿かよく分かる。

 亀ちゃんこと亀澤ゆか里は、馬と呼ばれる木枠の台に乗せられた桶の御輿に目を奪われていて、自分が呼ばれているのにしばらく気が付かないでいた。

「亀澤さん、そんなにその御輿が気になりますか?」

 と声をかけたのは、黒縁メガネが特徴の山崎葵衣やまさきあおいだった。髪を短く切りそろえ化粧っ気のない顔立ちに、黒のジャージとグレーのポロシャツ姿。ポロシャツの背中には実行委員という文字がプリントされている。二十歳だということだが、まだ高校生のように童顔で、真面目そうな容姿である。黙っていれば生徒会執行部、といった出で立ちである。

 一方の声をかけられた亀ちゃんは、小柄で長い黒髪と白い肌が目を引く高校生アイドルである。Q県S市の緑ヶ山高校アイドル研究部の研究生で、日夜レッスンを行い、地元のイベント等に出演している。こちらも葵衣同様に見た目だけなら年相応には見えない。同じ童顔でもこちらは幼さが全面に出ていてどこか頼りない。

 この日亀ちゃんは、S市に隣接する山間やまあいのU村で行われている秋祭りに招待されていた。田畑の収穫を前にして毎年行われている伝統のお祭り、というのは事前に葵衣から聞かされていた。

 古くから伝わる神事が行われるのに加え、近隣の地域から観光客を呼ぶために、ご当地グルメの屋台が集まったり、ステージイベントも行われている。葵衣は祭りの実行委員の一人であり、ステージイベントの進行係の補佐を担っていた。亀ちゃんはそのステージに緑ヶ山高校代表として歌を披露する予定で、その打ち合わせを葵衣と行っているところだった。この日の亀ちゃんは学校代表ということで制服姿である。

「亀ちゃん、ちゃんと話を聞かないと。すぐそうやってよそ見をするのは悪いクセだぞ」

 と亀ちゃんを叱責しっせきするのはアイドル研究部部長の小笠原強司おがさわらつよしだった。大柄で体格のいい彼は、見た目通りに声も大きい。強司は学校外であっても制服姿を崩さない。というより服装に無頓着なのである。

「まあまあ部長さん。今ちょうど御輿の説明をしようと思っていたところなんです。その御輿は頭屋御輿とうやみこしと言って、お祭りの最大の目玉なんです。本来は一般非公開なんですが、特別にこうして展示しているんです。御輿のおりも見物はできますが、参列したり担ぐことは残念ながら氏子しか出来ません」

 葵衣の口調は忙しい様子で早口だった。

「頭屋御輿ってなんですか?」

 亀ちゃんと強司がほぼ同時に質問した。亀ちゃんは首をひねり、強司は手をあごにやっている。

「頭屋とは、一年交代で神事のお手伝いをする人のことで、この村では神様をもてなす役割をする人のことを言います。毎年、村から頭屋を一人選んで、桶に乗せて神社まで運ぶんです」

「変わった神事ですね。おととしくらいからU村の祭りは有名になった印象ですが、そんな神事があるというのは初耳です。そういえば女の人を桶に乗せる神事があるって聞いたことあります。それがここの祭りだったのですね」

 神事に関して多少の知識がある強司は思い出したように言った。一方の亀ちゃんは他人事のように感心している。

「そうですね。若い女性が選ばれることが多いです。でもこの村も過疎化が進んでいる影響もあってか、頭屋のなりてがなかなかいないんです。そこで、祭りに訪れたお客さんの中から頭屋に選ぼうと、今年から始めてみることになりまして」

「ふーん」

 亀ちゃんは興味があるのかないのか、もう一度頭屋御輿を見つめる。大きな桶に人間がすっぽり収まる様子を想像してみる。その後ろから強司が肩をつかむ。

「ということは亀ちゃんも頭屋に選ばれるチャンスがあるわけですね?」

 強司は意気込んだ調子で身を乗り出した。

「え? ちょっと待ってください?」

 不意に自分の名前が出て、亀ちゃんは慌てた表情を見せる。

「そうですね。神主と氏子たちで決めるみたいで、まあミスコンみたいな感じかもしれません」

 ミスコン、と聞いてますます強司は前のめりで出てくる。

「それは興味深いですね。ぜひ選出されたいです」

 強司はまるで自分が出場するような勢いで鼻息を荒くした。だが視線は亀ちゃんに注がれている。チャンス到来とばかりに、亀ちゃんを売り出そうと強司の頭の中は計算が始まっていた。

「あのー、私、まだ出場するなんて言ってませんけど」

「ちなみにおととしは私が頭屋に選ばれました。というよりも立候補したんです。誰もなりてがいなかったから。なので御輿にも乗りましたよ」

 葵衣は照れくさそうにはにかんだ。

「御輿が練り歩くと結構揺れて怖いですよ」

 体を揺らしながらおどけて見せる葵衣。

「ほうほう。亀ちゃんここ要チェックだな」

「ですから……」

 明らかに迷惑顔の亀ちゃん。

「おととしが葵衣さん。去年は誰だったんです? 村の人ですか?」

「え、ええ……。私の妹でした。結衣ゆいって言うんですが」

「妹さんですか。その結衣さんは今日は? 祭りには参加されていないんですか?」

「え、ええ……。結衣は今遠くの方に行ってまして……」

 葵衣は答えにくそうに言うと目を伏せてしまった。語尾がハッキリと聞き取れなかった。その表情は先ほどまでとは明らかに違う暗い影を落としていた。小脇に挟んだバインダーをぎゅっと握りしめている。

「ああ……村を出ていかれたのですね」

 強司は聞いてはいけない事柄だったかな、と質問を後悔した。少し間があった後、亀ちゃんが一歩前に出てきた。

「そういえば葵衣さんって、緑ヶ山高校の卒業生なんですよね?」

 何気なく亀ちゃんがたずねた。どこまで空気を読んでいるのか分からない亀ちゃんの発言に、再び葵衣に笑顔が戻った。

「はい。そうですね。U村からバスで通うのは大変でしたが、三年間無遅刻無欠席の皆勤でした。今では車を運転して、やはりS市の会社に通っています。在学中私は演劇部でしたが、アイドル研究部があったな、というのを覚えていたので、今回ステージイベントにお誘いしたんです。本当は去年も申し入れしていたんですが、その時は研究生がいらっしゃらなかったとかで実現しませんでした」

「先代の部長の時ですね。その話は聞いてます。亀ちゃんが入部するまで、しばらく研究生が不在になってました」

 あごに手をやりながら強司は明快に答える。

「今回、亀澤さんをお呼びできて良かったです。祭りの実行委員として後輩にステージイベントに出場していただけるなんて嬉しいです……」

 その時、携帯電話の呼び出し音が鳴りだした。強司と亀ちゃんはお互い振り向いたが、首を横に振った。

「あ、すみません。ちょっと待ってください、私の電話です。あ、いっけない、先輩からの電話だ」

 慌てて葵衣が電話に出ると、なにやらひたすら謝り始めた。丁寧に頭までさげている。電話を切るとまたしても落ち込んだ表情に変わった。

「申し訳ありません。時間がとても押してるみたいです。ステージの進行係なのに、つい話し込んでしまって。早く帰って来いと、上の人から怒られてしまいました。私いつもこうで……。それでは部長さん、亀澤さん、ステージは十一時半からですのでよろしくお願いします」

 腕時計を見ながら葵衣は駆け足で、川沿いの広場に設置された野外ステージに向かっていった。まだ早朝だったが関係者や客を含め、すでに祭りのにぎわいでいっぱいになっていた。

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