第28話 憤怒、盗まれた名剣

 ――一行は『イトの国』の温泉に浸かり、体を休めていた。

前回の冒険で冷えた体と、疲れた体を癒すためである。

温泉は露天になっており、そこから見上げるクナ火山の噴煙は格別なものだった。

「エリっち、温泉の中で食べ物は禁止だよ」

「フェイはお酒飲んでるじゃん!」

「飲み物はいいの!」

「一口ちょうだい!」

「ダメ! 自分で頼みなよ!」

この二人はどこへ行ってもやかましい。

リノはタオルの下に銃を隠し持ち、頭の上に乗せ、首まで浸かっていた。

ヒナは座禅を組み目を閉じ、おゆに打たれつつ何かの修行をしているようだった。

 たまにはこうしてのんびりするのも悪くない。一行はそう思っていた。

温泉から上がり、脱衣所で浴衣に着替える女性陣。

突然、男子脱衣所からクロウの叫びが聞こえてきた。

「ああっ! やばい! 盗まれた! 俺の『フルティン』が!!」

(下ネタにしか聞こえないわ……)

フェイはそう思ったが、黙っていた。

 浴衣姿で旅館の廊下を駆け抜けるクロウ。

女性陣はその姿に呆れつつも、浴衣で彼の後を追った。


 クロウは旅館の玄関の外で左右を見て、何かを探している。

そこへ女性陣がやってきた。

「剣、盗まれたの?」

「ああ……」

「股の下でしっかり持っておけば良かったのに」

「あんな大きい物ぶら下げてられるか!」

「盗んだ人は見たのですか?」

「忍者らしい、旅館の人が洋剣を持った忍者が走って行くのを見たそうだ。」

「忍者か……、目立たぬ恰好をしているから見つけにくいな……」

「それが、全身赤い装束をしていたらしい……」

「忍んでないよね……」

「通常の三倍の速さかもしれないわね」

「そんなに目立つ格好をしているなら、目撃した人も多そうですよね」

「見ろ! あれは!」

ヒナが叫び、指差した。

その方向には全身赤い装束の忍者が、長い物を持ち、屋根の上を走っていた。

((((あれか!))))

四人は思った。目立ちすぎだろ、と。

だが逃げられる訳にはいかない。

クロウは、

「追うぞ!」

と叫んで、彼を追って行った。

戸惑う女性陣。

ヒナは、

それがしが情報を集めてくる、クロウを頼む」

そう言って、別な方へ走って行った。

残された三人は、仕方なく、クロウを追った。


 道の真ん中で左右を見廻し、忍者を探すクロウ。

そこに三人が追い付いてきた。

「どうしたの? 逃げられた?」

「あの建物の向こう側に飛び降りて行った」

「撒かれたのね。でもあの格好なら誰か見ているはずよ」

「だといいんだが……」

「ヒナさんが情報を集めに行っているそうです」

「そうか、助かるな……」

「一度合流したら? 浴衣で街中歩くわけにもいかないしね」

「そうだな……」

諦めきれないクロウをなだめつつ、四人は旅館へ戻って行った。


 旅館の部屋に戻り、ヒナと合流した一行。

ヒナは聞いてきた情報を皆に話した。

「奴はこの国で最近有名になった、忍者の泥棒らしい」

「あの格好じゃ目立つしね……」

「なんでも、彗星のように逃げ足が速いことから、『赤い彗星』という異名で呼ばれているようだ」

「やっぱり通常の三倍速いのかしら?」

「否、精々三割増し程度だそうだ」

「どこに住んでいるかとかの情報は無いのでしょうか?」

「クナ火山の麓の森の中にいるらしいが、詳しくは聞けなかった」

「とりあえず、そこに行ってみるしかないな」

「待て、奴は既に手配されている。冒険者ギルドでクエストを受けられるはずだ」

ヒナの助言に従い、ギルドでクエストを受け、五人はクナ火山の麓の森へ向かった。



 クナ火山の麓の森は広くは無いが、同じような木が乱立していて迷い易いようだ。

一行は盗まれた『フルティン』の手がかりを探しに、この森へ来たのだ。

そして、それはすぐに見つかった。

森の入り口に看板が掛けてあり、その看板には、

[忍者商店・レッド ~各種名刀名剣販売します~ この先百メートル左折]

と書かれていた。

「これ……、やっぱりアイツかな?」

「そうかも……、目立ちたがりっぽいしね……」

「手配されてるのにこんなに目立ってどうするのかしら?」

「どうなんでしょう……」

「まだ捕まってないということは、逃げ切れる自信があるのかもしれんな……」

看板の表示に従い、百米進み、左折する。そして進むと、粗末な小屋が見えてきた。

「ここか……」

そう思い、小屋の扉を開ける。中は色々な武器が展示されてあり、店になっていた。

小屋に客が来たのを察知した赤装束の忍者が、天井から降りてきた。

「いらっしゃい、何か欲しいのはあるかい?」

彼はそう言った。

「盗んだ俺の剣を返してもらおうか!」

クロウは怒りを抑えつつ、彼に言い放った。

「あんた、何を言ってるんだい? この店は盗品なんか扱っちゃいないし、置いてもない。冷やかしならとっとと帰るんだな」

「お前……、その赤い忍者装束、見ていたぞ!」

「赤い忍者装束ならどこにでもあるだろ? それだけで因縁つけるのは勘弁してほしいね。客じゃ無いなら帰ってくれ」

「くっ……」

「クロウ、一旦出よう」

ヒナにそう言われ、一行は店の外に出ることにした。


 その店から離れ、一行は相談し始めた。

「くそっ! 何なんだあいつは!」

クロウは怒りを抑えきれず、木の幹に蹴りを入れる。

「ま~ま~、そう怒らないで冷静になろうよ」

「あの赤忍者が盗んだ事を認めるか、証拠を見つけるかしないと、堂々巡りだわね」

「そうですね……、どうしたらいいのでしょう?」

「ふむ、奴が捕まらないのはこういう理由だったのか……」

「じゃあどうするの? 盗み返す?」

「盗み返してボコボコにして海に沈めたい!」

「知性のかけらも無いわね~」

「俺の怒りが有頂天に達したんだよ!」

「盗まれた証拠か、剣を見つけないとですね」

「そうだな、奴を尾行してみるとか?」

「う~む、そうするしかないか……」

「二手に分かれようよ、ここを見張る役と、街中を見張る役」

「分かった、こうしよう……」

こうしてエリー、フェイ、リノがここに残り、クロウ、ヒナが街を見張ることにした。


 ――そしてその夜、小屋を見張る三人……。

 夜になると、赤忍者は小屋を出て、どこかへ向かった。

街の方ではないようだが……。

「あたしが赤忍者を追うから、フェイとリノはここをお願い」

「ウチは召喚魔法であの小屋を調べてみるわ」

「私は小屋の周囲を見張りますね」

こうして三人はそれぞれ散った。

 赤忍者を追うエリー。

(あいつ足速いな……、三倍ほど早くは無いけど……)

(どこに向かってるんだろ? 街の方向じゃないよね……)

そう思いつつ、赤忍者を追跡していた。

 フェイは召喚ミニゴーレムに赤忍者の小屋を調べさせていた。

(クロっちの剣はここにないみたいね……)

(ここにあるのは全部盗品なのかな? 盗品リストでも貰ってくればよかった……)

フェイは手がかりになるものを何も見つけていないようだ。

 リノは小屋の周囲を警戒していた。

(おかしいですね、小屋になんの罠も仕掛けられてないなんて)

(中の物を盗まれてもいいのでしょうか?)

(……! あれは……?)

リノは何か見つけたようだ。

 ヒナはイトの国の街中で、さらに情報を集めていた。

(おかしい、あの小屋にあるのが盗品ならば、誰かが気づくはずだ……)

(誰も気づかないという事は、あれは盗品ではないのか? 否、そんなはずは……)

(そこの武器屋でも聞いてみるか……)

ヒナは街中で情報を集めているが、今のところ成果はなかった。

 クロウは街中の繁華街の茶屋から屋根を見上げ、赤忍者を探していた。

(しかし、どうしたもんかな……。あの剣に目印でもつけておけばよかった)

(赤忍者は街へ来るのかな……? まさか一晩中小屋にいるわけじゃないよな……)

「あなた、何か探しているのね?」

クロウに声をかける女がいた。

「えっ……!? 君は?」

知らない女だった。彼女は巫女の装束を身に纏い、神秘的な雰囲気を持っていた。

「フフッ、あなたの探し物はすぐ見つかるわ。仲間を信用しなさい」

その女はそう言い残し、去って行った。

(誰だ、あれ……?)

クロウは見ず知らずの巫女に声をかけられ、ナンパされてるのかと期待した。

だが、違ったようなので、がっかりしてしまった……。



 ――時は深夜、日付が変わる頃。

 一行は予定通り、小屋の外れの森の中で集まった。情報を整理する為である。

その場には、エリーを除く四人がいた。

「ウチはあの小屋調べたけど、手がかりは無かったわ」

「某も街の中で聞き込みをしたが、何も得られなかった」

「私は小屋の近くの井戸に何か仕掛けがあるのを見ましたが、専門ではないので……」

「俺は……」

その時、エリーが駆けつけてきた。

「ゴメン、遅くなって。途中で赤忍者に撒かれちゃってさ~」

クロウはおもむろに腰の袋から包みを取り出し、地面に投げた。

……その包みからは、おはぎがこぼれ落ち、土の上を転がった。

「おい、どうしたんだ、一体……」

エリーがそう言い終わらないうちに、リノが内股に隠してあった銃を抜き、エリーの肩を撃った。

「痛っ……な……、これは……?」

戸惑うエリー。だが次の瞬間、クロウがエリーの顔面を殴り飛ばした。

彼に殴り飛ばされ、地面を転がるエリー……。

彼女はゆっくりと起き上がると、

「バレていたか……」

エリーの声では無い、別の声で言った。

「エリーはどこだ?」

クロウが静かに言った。

「さあな? 撒いちまったよ」

ヒナが刀を抜き、エリーの前髪を切り落とす。

その頭からかぶり物の髪が落ち、顔の覆面がはがれ始めた。

「知らねぇよ……」

フェイの合図と共に、赤忍者の小屋が爆発、炎上した。

赤忍者は小屋の方を見つめ、

「あんたら、こんな……うぐっ」

再びリノの銃撃が、今度は赤忍者の腿を撃ち抜く。

「いいか、もう一度だけ聞く、エリーはどこだ?」

「地下だ……」

赤忍者は観念したのか、そう呟いた。

四人は赤忍者を縛り上げ、井戸の下の地下へと降りて行った。


 地下は小屋と同じくらいの広さの部屋があった。

数々の盗まれた武器が置いてあり、その陰の方にエリーは倒れていた。

リノはエリーを助け起こした。眠っていただけらしい。

「ん……、朝……?」

エリーは寝ぼけていたが、無事なようだ。

「へへっ、もういいだろ?」

赤忍者はそう言い、逃げようとした。

「いや、今までが質問タイム。これからがお仕置きタイムだ」

クロウはそう言うと、赤忍者を部屋の柱に縛り付けた。

そしてエリーに近づき、その安否を自分の目で確認すると、やっと安心したようだ。

 次に、盗品の武器の方へ目を向ける……。

……さっき縛り付けた赤忍者がいない。

「『空蝉の術』だ……」

赤忍者はそう言いつつ、リノの背後に立ち、彼女を人質に取ろうとした。

「おっと、動くなよ!」

……三人が赤忍者を憐れむような目で見つめた。

次の瞬間、赤忍者はリノに投げ飛ばされる。

彼は背中から床に落ち、肺の中の空気を一気に吐き出し、悶絶した。

「げぇほっ!」

そこへリノの銃撃が続けて二発、撃ち込まれた。

「ぐぁっ!」

完全治癒コンプリートヒール!」

リノの回復魔法が赤忍者の傷を癒した。そのことに驚く赤忍者。

だが、リノはさらに立て続けに四発発砲して、彼の四肢を撃ち抜いたのだった。

「ひいっ……、た、助けてくれ……」

赤忍者はその恐ろしさに、思わず命乞いをしてしまう。

その赤忍者の額に銃を近づけるリノ。

「私の後ろに立たないでもらえますか……」

(撃つ前に言ったほうが……)

クロウはそう思ったが、とても口を挟める雰囲気ではなかった。

それからリノの回復魔法が赤忍者に何回かけられたかは、知らない方がいいだろう……。



 その後、一行は冒険者ギルドに報告し、赤忍者と盗品と引き取ってもらった。

クロウは『フルティン』を取り戻し、クエストの報告もこの時に終わらせた。

こうして盗まれた剣は元に戻り、イトの街にも平和が戻った。

 五人はこの街でもう一泊することにし、ゆっくり休む事にしたのであった。

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