その十四 イチゴパフェ

【暁side】


「もう! ちょっと聞いてよ、田代くん!」


 教室の扉を開くや否や待ち構えていたように、三田村が顔を息のかかる距離に近づけて迫ってきた。

シャンプーの匂いか甘い香りが鼻孔をくすぐる。

しかし、三田村の顔は香りとは違い、眉を吊り上げ怒りの表情を見せていた。


「ちょ……近いって! 話は聞くから」


 話を聞いてくれると聞いた三田村は、ようやく俺と顔の距離が近すぎるのに気付き慌てて離れる。

顔を真っ赤にするくらい怒っていたのだろう。


「で、何を怒ってんの?」


 俺は目の前の三田村の横をすり抜け、自分の席に座ると前の席に三田村が脚を広げて、こちらを向いて座り話始める。


「ほら、今日校門でエボル教がビラを配ってるじゃない?」

「ああ、断ったら舌打ちされたな」

「田代くんも!?」


 どうやら三田村も断ったら「ブス!」って投げかけられて怒っているらしい。


「田代くん!」


 再び三田村が前のめりになり、顔を俺に近づけてくるとブラウス越しに胸が揺れた。


「な、何?」

「私、ブスかな?」


 さっきまで怒っていたが、急に不安げな表情で聞いてくるので、そんな事ないと思うと答えたのだが、今度は不満そうな顔をして「思う?」と睨まれた。


「いやいや! 可愛いです、はい!」と慌てて訂正すると、「そっか、そっか」とニコニコと笑顔に変わる。


 目まぐるしく変わる表情が、ルスカと変わらず面白い。


「はい。みんなー、席に着いて!」


 真鍋先生なべちゃんが教室に入ってくると、手を叩いて着席を急かせる。


 黒板上の時計を見るとホームルームの時間はとうに過ぎていた。


「えーっと、時間が押しているので、簡潔にホームルームを終わらせます。

皆さんも登校時気づいたと思いますが、エボル教の信者がビラを配っていますが、無視するように。

当学園の方針ではエボル教を認めておりません。

あくまで真封は人々を助けるためにあります。

それを差別の道具にするのはいけません!」


 なべちゃんが、そう忠告するとクラス内が騒がしくなる。

公表はされていないものの、学園の教師や生徒の中にもエボル教の信者がいるとの噂は、みんな知っているのだ。


 昨日の木場さんの話から、再び活発になっていたのは聞いていたが、なべちゃんが直々に話すところから、学園でも問題になっているのだろう。


「それじゃ、ホームルームはこれで終わります。各チームのリーダーは昨日のゴブリン騒動の報告書を出すために用紙を取りに来てください」


 すっかり忘れていた俺は、いやいや用紙を取りに行く。


「はい! 田代くん、明らかに面倒みたいな顔をしない!」


 ほのかとそう変わらない背丈の先生が俺を指差し凄んでみせる。

思わず、先生の頭を撫でてしまった。


「にゃー! 田代くん、何するんですかぁ!」

「あ、つい……」

「私も先生撫でたーい」


 ワッと教室が笑いに包まれる中、一部の男子生徒から嫉妬の視線を感じながら俺は席に戻るのだった。



◇◇◇



【ルスカside】


 ママさんが、珍しく忙しなく動いておる。

今からお昼を食べにいくのじゃが、ママさんは女性は支度に時間がかかるものよと、化粧したり服を選んだりと、まだ時間はかかりそう。


 ワシはというと、ほのかのお古でもある、てぃーしゃつとかいうものと、ひらひらと布がついたミニ丈のスカートを履き、今か今かと床に座り、有名らしいパンの頭を持つヒーローのあにめとかいうのを見ながら待っていた。


「ママさん、まだなのじゃ?」

「あとちょっとー」


 一時間前にも同じ事を言っておったのだがの。

しかし、こやつ。

自分の頭をあげるなど、とんでもなく優しい魔物じゃな。

『ぱんぱーんち!』

『まみむめもー!!』

(な、なんじゃ? パンチ一つであそこまで吹き飛ばすとは、凄い魔物なのじゃ!)

気づくと、ワシはテレビの前にかじりついて観ておった。


「準備出来たよー」


 なかなか興味深いあにめだと、ワシは気に入り、ママさんの声が聴こえていなかった。


「ルスカちゃん、行くよー」


 ママさんが、ワシの体を揺すりようやく気づく。


「そういえば、ママさんとお出かけは初めてなのじゃ」

「そうだねー。じゃ、手を繋いで行こっか」

「そうするのじゃ」


 ワシはママさんと手を繋ぎ、駅の方へと向かう。


「な、なんじゃこれは?」


 ママさんから電車と教えられたが初めて乗った電車にワシは興奮しっぱなし。

外の景色が凄い速さで流れていくのを、乗っている間、ずっと見ていた。


 二回ほど停まった後、「降りるよ」とママさんに言われて惜しみながら渋々電車を降りる。


 駅の周りも中も人、人、人と凄い人数に驚いていると、昔はもっと凄かったらしいと教えてくれた。


 やはりワームや魔物に、だいぶ痛手を負ったらしく昔に比べて半分ほどだという。


「ここで、お昼にしよっか」

「うむ、腹ペコなのじゃ」


 勝手に開くドアに驚くワシを連れ、店に入ると席へと案内される。


「こちらメニューになります。お決まりなりましたらお呼びください」


 メイドのような格好をした女性は、去っていきメニューを確認する。

よくわからぬ料理の名前だが、旨そうなのは絵を見たらわかる。


「ママさん。絵がずいぶん上手い人がいるのじゃ。まるで本物みたいじゃ」

「んー。そうだね、今度一緒に写真撮ろっか?」


 何でも本物そっくりに写す“でじかめ”という亀がいるらしい。

この世界の亀は凄いと感心するのじゃ。


「ルスカちゃんは、こっちから選んだら?」


 ママさんに別のメニューを渡される。そのメニューには“お子様”の文字が。


「ワシは子供じゃないのじゃ!!」


 ワシはお子様メニューを突き返し、最初のメニューから“デミグラスハンバーグセット”を頼むことにした。


「量、多いと思うけど大丈夫?」

「大丈夫なのじゃ! 食べれるのじゃ!!」


 注文を終え、十五分ほどでやってきた“デミグラスハンバーグセット”は、鉄板に熱されており茶色いソースが鉄板の上で煮えていた。


「いただきますなのじゃ」


 ワシは教えてもらった食事前の挨拶を済ませるて、ハンバーグをナイフとフォークで早速切る。

中から流れてくる光輝く肉汁が溢れでくる。


「熱っ、熱っ! ふー、ふー!」


 ワシは口を目一杯開けて、熱いのを少し我慢しながら頬張った。


「んーーっ!!」


 口一杯に肉汁が溢れてくる。少し苦味のあるソースと肉汁の甘さがほどよい。


「上手いのじゃ!! ママさん、ありがとうなのじゃ」

「うふふ、どういたしまして」


 ワシが一心不乱に食べておるのをママさんはとても優しい笑顔でずっと見ておった。


 ママさんも、ワシも食べ終えて少し休んでいるとママさんが「ルスカちゃん、まだ食べれる?」と聞いてきた。


 少しぽっこりした気がする自分のお腹と相談した結果、ワシは頷く。


「じゃあ、イチゴパフェ頼もっか」

「いちご!! いちごって、あのいちごか!?」


 ママさんがそうだと頷き、ワシの目は恐らく期待で輝いているはず。


 そして遂にワシの前にいちごぱふぇなる物が置かれた。


「ふおおぉ!! これが、これが、いちごぱふぇなんじゃな?」


 白と赤のコントラストが美しい。料理は見た目も大事と聞いたことがある。まさしくそれを体現している。


「食べてもいいのじゃ? 食べてもいいのじゃ?」

「どうぞー」


 ママさんの笑顔がワシのハッピータイムの口火を切った。

まずは一番上の赤い木の実みたいなのを口に入れた。


「ふおおお!! 甘い、それに少しの酸味が効いていてしつこくない! それに、これが……もしかして?」

「それが、イチゴよ。ルスカちゃん」

「やはり、やはりそうか! それじゃ、つ、次は……」


 ワシは真っ白な山に赤いものがかかってある所を細長いスプーンで掬い口に入れた。


「あま、あま、甘い! この赤いのもいちごじゃ! いちごの甘さだけを取り出しているみたいじゃ! それにこの白いのも甘いのじゃ!! 甘さの二重奏なのじゃ」

「それは生クリームよ」


 ワシがいちごぱふぇに感動していると、隣の席の若い女二人がクスクス笑っているではないか。


「そこ、何がおかしいのじゃ! 旨いものを旨いと伝えるのは当たり前なのじゃ! むしろ作ってくれた者に感謝するのは当然じゃ!」

「うふふ。ルスカちゃんの言う通りだねぇ」


 何故か店内で拍手が沸き起こる。隣の女も「ごめんね」と謝り反省しているのはいいのじゃが、ワシの頭を撫でていいのは、アカツキとママさんとほのかだけだと言いたい。


 帰宅する際に「イチゴパフェ食べたのナイショだからね」とママさんは念を押す。


 ワシは家に帰ってからも幸福感にずっと包まれておった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る