その十五 学園生活

 真封まほう使いを育成すると言っても、もちろん実技の他に通常の教科書を扱うような授業もある。

大体実技八割勉学二割って、ところだ。


 勉学の方は、主にワーム出現からの歴史と、過去から今まで現れた真封の解説など。


 ワームが現れて百年余りしか歴史がない分、詳細にやっているはずだが、俺自身が勝手に抱いていた疑問がある。


 まず、最初に“羽”を発現した第一世代。協会のエンブレムにもなっている“蝶”を持ち、短命で全員亡くなったとなっている。


 どこかおかしく感じている。


 第一世代と呼ばれる“蝶”を持った人は、これ以降現れていない。第二世代の“蜻蛉”でも極稀だ。

そんな、稀少も稀少なのが同時期に複数現れるものだろうか。

エボル教なんかは、「神の使いだ」とか言っているが。


 第一、その人達は所謂英雄と呼んでもいい。

しかし、その名前が一人も公表されていないのだ。


「田代くん! 授業中にボーッとしない!」

「イテェッ!」


 飛んできた教科書の角がおでこに当たる。

確かに俺のおでこは広いのは認めよう。

だが、決して的ではないのだよ、なべちゃんよ。


 今は、なべちゃんによる真封の歴史の授業だったのをすっかり忘れていた俺は、自分の教科書を開けると意味のない事をしているみたいで嫌な気分になる。


 真封には三系統三種類あり、俺ならリリース系統のサポートという種類にあたる。

極々稀にだが、二系統使えたり二種類使えたりする人などもいるみたいだが、基本一系統一種類。

ただ、一系統一種類の中から複数の真封を覚えることは出来る。

残念ながら俺には覚えれる“枠”みたいなものが、既に無いのだ。


 だから、真封の授業ほど退屈なものはない。


 甲高いチャイムが鳴り響き、なべちゃんが帰っていく。


「帰りたい……」


 普段通り、窓にもたれかかり呟く。一時間目が終わったところだってのに、真封関係の授業が終わるといつも不毛に感じてしまい、一人愚痴ってしまう。


「まだ一時間終わったところじゃない」


 呆れた顔をした三田村が話かけてくる。話しかけてくれるのは嬉しいが、三田村の背後から恨めしそうに見てくる男子生徒には文句の一つでも言いたい。


「そうだ。今日、一緒に帰らないか?」

「うん、いいよ……えっ? 一緒に!?」


 何故そんなに驚くのかわからずに俺はただ頷く。


「あ、そうか。田代くんの家までだよね」とホッとしたような顔をする三田村だけど、何か勘違いしているみたいなので「いや、一旦家には寄るけど三田村の家までだけど」と訂正しておく。


「うへぇ」と奇妙な声を出し、体調がおかしいのか三田村の頬が赤くなる。


「ごめん、用事があるなら別日にするけど」と言うと首が取れるかと思うほどに横に振る。


 昨日頼んだブラジャーを受け取りに行くだけなのに、何故か嬉しそうな三田村だった。

そんなにお古のブラジャーが余っていて邪魔だったのだろうか。


 一緒に帰る約束を終えると、俺も三田村も次の実技に向けて、訓練所に移動する。

訓練と言っても真封の威力を上げる訓練ではない。


 真封は基本誰が使っても同じ威力。俺が使う“癒体疲滅”も第三世代の人が使う“癒体疲滅”も威力は一緒だ。

では、何を訓練するかというと、回数を増やす訓練になる。


 俺が使える回数は十一回。俺のクラスにいる同じリリースサポートで第三世代の奴が使える回数は二百近い。


 威力はいわば、重ねがけで上がると思ってくれればいい。

つまり使える回数が多ければ威力は自然と上げれるわけだ。


 回数を増やす訓練以外にも真封の扱いの訓練などもある。

俺には関係のない話だが、例えば馬渕が使うエンプティガンズだと銃の扱い方が必要になる。


 馬渕を例に出してので、もう一つ。

馬渕のエンプティガンズは銃を具現化するわけだが、銃を具現化出来る回数を増やしても威力は上がらない。


 では、どうするのか。


 馬渕のエンプティガンズには、現在二個の空スロットが空いている。

前回のゴブリンで、はめていたのはレーザーと高速充填。

他にも種類があるみたいで、それを切り換えるのに、回数が必要なのだ。

しかも、馬渕の場合は二丁の銃だ。

威力もバリエーションも豊富だし、これからもっと増えるだろう。

羨ましくなんかないこともない。


「ほらほら、手を休めるんじゃなくて僕を休ませて欲しいんだけど」


 馬渕と二人一組で、回数を増やす訓練をしている俺は、もう限界に近い。


「はぁ……はぁ、す、少し休ませて……」


 回数の少ない俺は、すぐに根を上げてしまう。

この学園に入って三ヶ月以上経ったが、俺が伸びた回数は、僅かに一回だけ。

他の第四世代に比べても、かなり成長が遅い。


 一度悩んで、なべちゃんに相談したのだが多分俺の持つもう一つの真封“制限”が成長を妨げているのじゃないかと言う。


 本当になんなんだ、この“制限”って真封は?


 昼休みを終えた俺は、次の授業の稽古場へと向かう。

今日は柔道なんだけれども、何故武道をやるのかというと、やはり体を鍛えなければならない。

特にあのワームの巨体に対抗するには、ずっと動き続けなければならないし、それに最近だと真封を犯罪に使う人間もいる。


 そのためか、本来男女別れて行うものだろうが、異性の相手も想定しており、学園で男女別れてやる授業は水泳ぐらいしかない。


「ちょっとー、何で私だけこんなに集まるのよー」


 愚痴っているのは三田村だ。三田村の対戦相手に希望者が続出している。

もちろん、ほぼ男子生徒。

クラス内の年齢は、“羽”の発現時期が異なることからバラバラで最高三十三歳の人もいるのだが、もちろん、その人も列に並んでいた。


 たしか、勝田登かつたのぼるだったか。

いいオッサンが女子高生と同じ歳の女子相手に、何を考えているんだか。


 並ばないのは俺と馬渕くらいで、案の定馬渕が相手なのかと思っていたのだが。


「田代くん、空いているなら私とやろ」


 赤く細長いフレームのメガネを掛けた、赤茶けたポニーテールを揺らしながら、一人の女子生徒が俺の元にやってくる。


 たしか、名前は……忘れた。よく見る気がするのだけど。


「田代くん、聞いてる?」


 馬渕の方を見ると、既に他の女子生徒が相手するみたいだ。


「ああ、空いているよ。えーっと……」


 駄目だ、よく見る気がするのに名前が出てこない。


「え! もしかして、私が分からないとか!? 嘘でしょ!? 入学してからずっと隣の席なのに!」


 確かによく見る気がしたはずだわ、隣の席にいたとは。


「もう、曽我かほるよ! 忘れないでよね!」

「ごめん、曽我ね。うん、覚えた」


 頭を下げて謝る俺に「もう、いいよ」と曽我が構えを取る。

そういや、授業中だったのを忘れていた。


 俺はこの手の体を動かすことなら、多少自信はある。

俺も構えると、曽我の手が俺の奥襟を狙って手を伸ばす。

俺と曽我では身長が違う。

容易く伸びた手を払うと、今度は俺が曽我の襟を取る。


「ねぇ、田代くん?」


 いきなり話かけてきた曽我に「舌、噛むぞ」と注意をしてから、足を内側から払うと、曽我がバランスを崩す。


 チャンスと見た俺が続けて、曽我の袖を引っ張り曽我の体を自分の腰に乗せる。袖釣り込み腰というやつだ。


 ところがタイミングも申し分なかったはずなのに、曽我は俺の足に自分の足を絡ませて耐えた。


「げっ!」


 耐えきった曽我と共に床に倒れこむと、本当にあっという間だった。

俺の腕を両腕でしっかり抱き締めると、足を絡ませてうつぶせの俺をひっくり返す。


「いででででで!!!!」


 間接技。いわゆる腕ひしぎ十字固め。

完全にロックされた俺は、タップして降参する。が、曽我は離そうとしない。


「田代くんは、やよちゃんのこと好き?」

「いだだだ! 何? 何が好きって!?」

「だから、やよちゃん」


 やよちゃんって、あっ三田村弥生のことか!


「好きも何も嫌いではないけど……って、イダダダダ!! 何故、強める!?」


 不満そうだが先生に止められ曽我は、外す。

これは後で三田村に聞いたのが、彼女曽我かほるは、柔道で全国優勝者だと教えられた。


 曽我が何を言いたかったのかわからなかったが、二人は中学からの友達らしい。


 放課後、俺は一緒に帰る約束をした三田村を教室に残し、昨日の報告書を提出するべく、なべちゃんの所に向かう。


「おい、田代」


 職員室のある一階へ向かう階段の前で呼び止められる。

振り返ると、クラスメイトの勝田がいた。


「何? 急いでいるんだけど」

「ちょっと、ツラ貸せ」


 面倒臭そうで、無視したらしたで何か言われそうなので、ついていくと屋上前の踊り場に。


「で? 何か用?」

「三田村に付きまとうな」


 ハ? と言いたい。付きまとうもなにも、付きまとっては来るのだけれども。


「三田村に、お前は相応しくねぇ」

「ハ? オッサンの方が相応しくねぇよ」


 思わず思ったままを口にしてしまう。

勝田は肩を震わせて怒っているのか、とうとう左手の甲が輝く。


「てめぇ! 生意気なんだよ!」


 もちろん喧嘩に“真封”を使うのは禁止だ。


 勝田の肌の色が赤黒く変わっていく。勝田の真封は知っている。

ストレングスディフェンダーで、“アイアンボディ”という自らの体を盾にする真封。

殴ってもこちらにダメージが受けるだけ、今にも殴りかかってきそうなので、俺は先制に出た。

彼の制服の襟をつかむと、股の間に手を差し込んで持ち上げた。

“アイアンボディ”と言っても重さは変わらない。


 勝田を持ち上げた俺は踊り場の縁へ。


「お、おい! なにする気だ! やめろ!」


 人に喧嘩ふっかけてやめろとは、おかしな話だ。

俺は勝田を三階と二階の踊り場へと続く階段に向けて落とした。


「グアァッ!!」


 勝田を落とした時の衝撃音の後、階段を落ちていく音が、人の少なくなった放課後の校内に響く。


 少なくなったとはいえ、人は残っており、生徒と教師が何事かと集まってきた。


「田代くん、何があったの?」


 教室にいた三田村も駆け寄ってきた。俺は勝田が喧嘩をふっかけてきたことだけを話し、理由は言わなかった。

あまりに情けない理由だし、勝田の名誉まで傷つけるつもりはない。

だけど、三田村も馬鹿ではない。

教師に問い詰められかけていた俺を、代わりに勝田が喧嘩をふっかけてきた理由を教師に話す。


 俺はお咎め無しで解放され、勝田は自ら恥を教師内で知られることになった。


「さ、帰ろっか。田代くん」


 一旦、教室に鞄を取りに戻った後、俺達は並んで校門を出た。

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